蒼天の霹靂;参

 


取り急ぎ、防具を全て外し終えた元親は、顔を上げ元就に尋ねる。
「今連絡入れたのってよ、」
「猿だ」
元就は邪魔な物がなくなった腕の状態を確認すると、
今度こそ用意していた点滴を付ける準備をする。

針を刺す様子から目をそらし、
元親は己の、銀色の逆立てた髪をくしゃりと撫でるように触った。
「あぁ?
あいつ、なんとかって武将の研究家やってるんだよな?
そいつの地元に骨を埋める覚悟とかっつって
引っ越してったよなぁ?
なんで戻ってきてんだ?」

元就はちらりと向けた視線で顔をそむけている元親を
惰弱な、とこっそり責めると
針の刺さり具合を確認をし液が落ちる具合を調節して一つ頷き
ふん、と鼻を鳴らす。

「あやつが一処にじっとし続けられる訳がなかろう。
フィールドワークにも手を出すことにしたそうだ。
かの御仁も生まれ育った所ばかりに留まっていたわけではない、とな」
「はー、成程なぁ。
で、なんで呼んだんだ?」
問い掛けに、元就は目を細めた。

「否定させるためよ」
「は?」
思いがけない答えに、元親は思わず間の抜けた声が出た。

「我の知識ではこやつがその御仁ではないと断じることが出来ぬ。
だが専門家なら些細な違いも気付こうものよ。
刀も鎧も本物のようだが、
我は時空を越えてきたなどと言う荒唐無稽な話は好かぬ」
「ああ。
…で、だがよ、
万が一一個も違うところがなくて、その荒唐無稽なお話になっちまったら
お前さんどーすんだ?」
「……む。」

返答に窮する元就に、元親は右目を瞬く。
「考えてなかったのかよ?」
「そうなった場合、むしろ専門家は邪魔な事に思い至ったわ。」
「おいおい。そりゃたった今って事かい」
「っくく…ってて」

元親の呆れ声にかぶさるように、
小さな笑いと、
それを発したせいで生じた痛みのため零れた声があった。

「気付いていたか」
静かに確認する声に密かに怒りが滲んでいるのを感じ取ったのか
意識を取り戻した青年―政宗は
「sorry」
と素直に謝る。
だが、続けた言葉が
「そっちの兄さん、見た目と違ってわりかしcuteで驚いたぜ」
で、
元就と長い付き合いの元親はぎょっと目を丸くした。

「愚弄するか」
「褒めてんだぜ?
俺が知ってるアンタと瓜二つの男は可愛げってのが見当たらなかったからな」
「そやつも貴様に可愛いなどと思われたくあるまい」
「ha,違いねぇ」

もう一人、西海の鬼に似ている男は何から何まで似ていた。
必要を感じなかったので口にしなかったが。
crazyな地獄だな、と思った。
着ている服も屋内も機材も、視界に入るもの全て見慣れないものばかりだった。
目の前の、二人の男の顔以外は。

横たわったまま元就の顔を見上げ、ゆっくりと唇を動かす。
どうしても確かめずにはいられない事がある。

「…hey兄さん。
さっきの話、本当か?」
「どれの事だ」
「俺がかかった病気が、
もう存在していない、みてーに言ってたヤツだ」
「……貴様が患った病が天然痘…疱瘡であるならば、
そうだ。」
「そうかい」

一つきりの瞳を閉じ、静かにもう一度繰り返す。
噛み締めるように。
「…そうかい。」
ふうっと息を漏らし、ゆっくりと瞼を開いていく。

「oh my…
行き先は地獄だとばかり思ってたが
ってことは間違って天国に来ちまったか、な」
呟くと、
気が弛んだのか政宗は再びすうっと意識を手離した。

「……」
元就は思い返す。
病気云々は元親が鎧を剥がしている最中、
元就が点滴を打つ前に口にした事だ。
気が付いていて、
大人しくされるがままになっていたのか。
体力がなくても抵抗する時は本気で抗うタイプに見受けられた。
ならば、信頼して身を委ねたのか。

何より。
「天国と申したか…」
自然にこぼれた笑みは、どんな心の動きから来たものか。

「おい? どーしたよ」
「気が変わった。
面倒そうなこやつのことは
偽者であるなら拾い主である貴様に、
万に一つでも本物であったならばこれから来る猿に押し付けようかと思っておったが
何者であろうと我が預かろう」
「おいおい!
俺は最初から最後まで面倒見るつもりで拾ったんだぜ?
なんであんたが」
慌てて食って掛かろうとする元親の科白は、
ばーんと開かれた扉の音と

「政宗公っ?!」

息を切らせた大声に遮られた。


                                                     【肆】

  
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あれ? 元就×政宗っぽく…
医療関係の対処とか間違ってたらすみません。
天然痘の事はうぃきさんで調べたので間違ってたらメンゴ。(軽い)

                                         【20100927;初出】