蒼天の霹靂;終章


 

 

竜の姿に似た稲妻が一筋、空から堕ちてきたように見えた。

気になり、落ちた場所に向かうと、
壁に凭れ気を失って座り込んでいる姿があった。

目を凝らすまでもない。捜していた人物。





政宗はいつの間にか意識を失っていた。

「…んな? 旦那!」

呼び掛ける声には聞き覚えがあった。
つい、先刻まで聴いていた、声。
けれど微妙な違和感がある。

「旦那。ね、ちょっ、大丈夫?」

ぺちぺちと軽く頬を叩かれる感覚に自分に対するものだと知り、
応じるように一つしかない瞳をゆっくりと開く。

「あ、気が付いた?」
「…さ、すけ…?」
「……竜の旦那?」

口にした名前に戸惑いが返ってくる。
政宗は嗚呼、と嘆息した。
自分をそう呼ぶのは。

「真田の忍か…」

戻ってきたのか。
あの平和な世界は、
黄泉の国に片足を突っ込んだために視た夢か幻だったのか。

佐助は政宗の意識かしっかりしているようだと観てとると
屈んでいた身を起こし距離を取った。

「今、いっぺん俺様の名前呼んだよね?
何でわざわざ言い直してるの?」
偉そうな姿勢で見下ろされ、
政宗は憮然とする。

「Ah? てめーだけの名前じゃねーだろーが。
てめーと同じ名前の、別のやつかと思って間違えたんだよ」
これとあれを同一人物だとは思えない。
多分に似通った部分があるとしても。

「はあ? なにその間違え方?!
てかどこのどちら様なのさそのさすけさん!
気になるから紹介してよ!」
勢い込んで訊かれる。
佐助にしてみれば俄かには信じられない理屈だろう。

「てめーにゃ関係ねー…
……?」
言葉を呑み込み、政宗は眉を潜めた。

ぐるりと周囲を見回す。
間違いない。戦場だ。
雷鳴のように轟いていた砲撃は止んでいたが、
奇異な世界に飛ばされる前にいた場所。
政宗が傷を負い、身を潜ませていた物陰から少しも動いていなかった。

視線を目の前の人物へと向ける。
だから真田の忍がいるのか、と納得しかけ、
それはおかしい、と頭を振った。

「…何してやがんだ?」
「へ? もしかして俺様?」

大袈裟に驚き自分の顔を指差す忍に、
相も変わらず喰えない男だ、と軽く睨み付ける。
同じ名前と同じ容姿と同じ声を持つ男とは正反対だ。

「てめぇ以外誰がいるってんだよ。
隙がありまくりの敵将の首も獲らずにいた忍の行動に
疑問を感じて当然だろうが。
You see?」
「え、だって」
佐助はへらりと笑う。
腹の中を覗かせない、仮面のような笑い。

「真田の大将が
あんたが来るのがあんまりにも遅いから心配してて
捜して来いって言うもんだから」
「……」

ぽかん。
そう表現するしかない政宗の表情に、
佐助はその心中を察し
思わず作り物ではない笑みを浮かる。

それを観てか、政宗は一瞬、
佐助には不可解としか思えない表情をした。
いつものようなふてぶてしさを表面に貼り付けたので目の錯覚かと思ったが、
それはとても、印象に残った。

「…あの男の規格外っぷりはある程度知ってはいたが…
ならあの馬鹿みてぇな砲撃ちったぁ抑えろっての。
てめーも副将ならそんな無茶な命令にほいほい従わねーで断れ」
「副将なんて承諾した覚えないんだけどねぇ。
『忍ごとき』が副将なんておかしいでしょ」
ね、と同意を求められる。

わかりやすく含みのある言い方は、
昔、政宗が佐助にいった言葉への揶揄だ。
政宗の記憶の片隅にもそのやり取りは刻まれていた。

「忍の癖に随分執念深いんじゃねーか?」
「なんのこと?」
にこにこと。
能面のような笑顔が政宗は苦手だった。
いや。警戒するのはそこにではない。

思い出す。
忍に対する苦手意識が根付いたのは、ずっと昔―子供の頃。
内乱の中、首謀者が自ら手を下すことはまずない。
闇に紛れ、幼い政宗の生命を奪おうとしたのは
おしなべて闇に生きるもの達だった。
即ち―

「戦忍として表に出まくってるアンタなら
副将として立てられてもおかしくねーんじゃねーのか?
無駄に腕の立つあんたみてーなのが暗躍する暇がなくなるのは俺としちゃぁ大歓迎だ」

その科白に、佐助はおや。と真面目な顔になる。
褒められたようだった。
皮肉にも取れるが。
政宗の声に含まれた真実の響きは確かなもので。

「戦場で死ぬ覚悟はいつだって出来てるが
日常に潜んで来るヤツに殺されるのだけは辛抱ならねぇからな」
「……」

耳が痛い。
佐助の主たる幸村は、暗殺の命は下さないが
幸村に仕える前や
頼まれた偵察ついでに佐助が奪った生命は
数えきれない程、ある。

それが、
忍に対する不信感や…ともすれば恐れが
政宗の佐助に対する冷たい態度に顕れていたたとして
果たして責める権利があるのか。

「だが確かに忍だからと一括りにすんのは間違いだな。
悪かったな、猿飛」

「…止してよ急にそんな調子狂うから。
何でアンタいきなり。
大体、怪我もしてないのになんでこんなとこ座り込んでんの。
野垂れ死んじゃってんのかと思ったじゃない。
右目の旦那も半狂乱…極殺状態って言うんだっけ? でアンタの事捜し回ってるよ。
戦場大混乱。」
その結果が真田丸停止である。

「…怪我…。」
言われ、
政宗は斬られた筈の太股をそっと撫でた。
痛みはない。
意識を保っていられない程の倦怠感も消えていた。
被っていた筈の兜も。

「…ah、休憩だ休憩。」
よっと立ち上がる。
やはり痛みは感じなかった。

「…怪我、してない、よね?
でもアンタの血の匂い…?」

佐助は気になって地面に視線を落とすと
政宗の足許には乾きかけた血だまりがあった。
だが政宗は平気で、しっかりと立っている。
猛々しい気迫を纏って。

「誰の血か嗅ぎ分けられんのか?
中中にcrazyな特技だな」
「茶化さないでくんない?
…で、どーすんの?」
深く追求する気をそがれ、佐助は仕方なく進退を問う。
そもそもその用で出向いてきたのだ。

「俺様としちゃあアンタ以外には手に負えそうになくなっちゃった右目の旦那を
とっとと連れて帰って欲しいんだけど
帰んないなら予定とは違っちゃうけどここで俺様がお相手するよ?」
「ならお言葉に甘えて帰るか。
っつっ言ったら素直に帰すのか?」
「…真田の大将がそう仰せだからねー
従うっきゃないっしょ。
万全なアンタとじゃなきゃ決着つける意味がないんだってさ」
「ah…」

政宗は天を仰いだ。
純粋も過ぎると大物か。

「なら今日のところは引き上げとくぜ。
勝つならcoolに勝たねーと後の歴史家に馬鹿にされそーだしな」
「…その決断は、
あんたが言う後の歴史家にしてみれば『謎の撤退』になるんじゃない?」
「good job!
粋なフレーズ思い付くじゃねーか猿飛。
真田幸村にもそう伝えといてくれや。
また来る、ってな」
「もう来なくていーって。
…でもそうなると真田の大将が意気消沈しちゃうよねぇ……」

がっくりと肩を落とす佐助に、
政宗は裏のない陽気さを持った同じ名前の人物が重なって見えた。

すぐさまそれを頭から追い出し、切り替える。
いつまでも、二度と見れない夢のことを憶えていても仕方がない。

「小十郎! 引き上げるぞ!」
戦場に響き渡るような大声で、どこかにいる自分の右目に告げる。

「政宗様?! 御無事で!
…わかりました。迎えに上がります! 何処に?!」
直ぐに返事があったが、
「問題ねぇ! 案内人が居る!」
政宗はその申し出を蹴った。

「…案内?」
ひきつった顔で自分を指差し尋ねる佐助に、
政宗はにやりと嗤って頷く。

「案内、してくれるんだろ?
真田幸村から頼まれたんだもんなあ?
きっちりescortしてくれよ? 猿飛」
「そういう意味じゃ…
…?」

今日はやけに表情が良くわかる。
漸く違和感に気付き、佐助は首を傾げた。

「アンタ、兜どーしたの?
それにその羽織、来た時と違ってない?
妙に似合ってはいるけど、いつ着替えたのさ」

良く観てるもんだ、と感心しながら
政宗は見せびらかすようにポーズをとった。
「ああ。
こいつは小太郎が俺のために作ってくれたらしいぜ」
「こた…
……伝説の忍?!
確かにそいつなら出来なくはない芸当だけど何で?!」

当然と言えば当然の疑問をぶつけてける佐助に、
政宗は唇を尖らせ、人差し指を当てた。

「It’s SECRET!
気になんのか? けど忍なら自分で探り出してみな」
「気になんて…
…ならないこともないけど」

佐助はあれ? と心中密かに首を傾げる。
それがどんな起因によるものか
咄嗟にはわからなかったのだ。
自分でも。

ただ。

合流した従者を連れ一時撤退を決めた政宗の背中を見送る。
佐助は門の手前で姿を隠し、一人往かせ、だがずっと観ていた。

交わした会話の中見せた表情が
懐に潜り込むのを許してくれているように見えて、
入り込みたくなったのだ。

何故?

自問自答し、ああ、と納得する。
自分の事を棚上げにして、観たかったのだ。ずっと。
「奥州筆頭」の奥の貌を。
垣間見えた。だから自分もどこかで仮面が外れた。

軽んじられるのも疎まれるのも慣れている。
幸村や信玄が人のように扱ってくれていたので麻痺しかけていたが
所詮忍は忍。草だ。
だというのに政宗の言葉がずっとしこりのように残っていたのは。
「嫌い」と口に出さずにはいられなかったのはつまり。

「…今更…」
佐助は口許に手を被せる。
もういない背中を思い出す。
顔が熱い。きっと紅くなっている。
忍にあるまじき感情の発露。

「気付かせたりなんか、
しないでくんない…?」

仰ぎ見た天は、目が眩みそうなほど蒼かった。




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敗戦(討ち死に)ではなくリトライ。(ゲームシステムで言う所の)
途中で衣装変えられないけどっつーか第二衣装をこんなネタにして申し訳なく。

今回の現代&戦国両方のテーマは「佐助の自覚」でした。
番外篇とか続篇とかあるんじゃないだろうか。

                                                       【20101010】