竜飛疾駆;最終章

 

一騎討ちの立会人は小十郎と佐助の二人だけであった。
下手に人が集まると面倒が起こりかねない。

勝負は、思ったよりも短時間で着いた。

「アンタ、やっぱ強ぇな。
そして誰より熱く、俺の心を燃やしてくれる…!」
「政宗殿こそ、本当に、お強い…!
強く、華麗で、某の身体中を痺れさせる…」
「世辞を言って油断させようって腹か?」
「何を。もう決したではござらぬか」

地に足を着いた状態の幸村の頭の上、
政宗は六爪を寸止めにしていた。
幸村は息を乱しながらもにこりと笑顔を浮かべた。
向日葵のような―否、空に燃える太陽のような。

「お見事でござる政宗殿…!」
「…ああ。アンタもNice fightだったぜ。真田幸村」
それぞれの武器を
幸村は地面に刺し、政宗は鞘に収め
右手を固くぐっと握り合う。

その様子を、小十郎は誇らしげな表情で眺めていた。

宙に腰掛けるような姿勢で、無表情のまま観戦していた佐助は、
戦いの余韻が去ったと観るとすっと二人に近付く。

「竜の旦那」
「どうした猿飛」

戦いの場所と日時は真田側が決めた。
幸村独りで、うんうん唸り頭を抱えながら。
その間、佐助はやたらと働いていたのだ。
この瞬間のために。

「武田の大将が、アンタに話があるってさ」
「お館様っ?!」
反応してしまうのは仕方がないが今は幸村を相手にする場合ではない。
佐助は心を鬼にして無視する。

「虎のオッサンが?
…大丈夫なのか?」
「うん。結構元気」
「なんと…!」
思わず涙ぐむ幸村は
「良かったじゃねーか真田幸村」
政宗に穏やかな笑みを向けられ
「…まこと…」
言葉をつまらせた。

佐助は二人から視線を反らす。
幸村にすら嫉妬の念を感じてしまう心の狭い自分に
やれやれと肩を竦めるしかない。

後日。
奥州まで迎えに来た佐助に連れられ、
武田の屋敷を訪れた政宗は
信玄の変わらぬ姿を観て笑みを浮かべた。
戦場で浮かべるものと同質の。

他に誰もいない二人きりでの会談で、
信玄が自分を招いた理由を聞いた政宗は左目を丸くした。

「良いのか?」
政宗の問いに
信玄は「うむ。」と威厳たっぷりに、ゆっくりと深く頷いた。
「軍神とも話し合いは済んでおる。
お主が幸村に勝ったならば、
お主の天下を後押ししようとな」
「そりゃあ…願ったりだが」

顔に、信じられない、とはっきりくっきり描いている政宗に、
信玄はさもありなん、と薄く微笑む。

「此度の戦振りを観れば誰も文句はなかろう。
既にお主を中心とした同盟も成っておるようだしな。
お主の奥州での治世を観るに、反対する理由もない。
期待しておるぞ。」
「よせよ。褒めてもなんも出ねーぜ?
…アンタには後ろで難癖付けてて貰わねーと困るんだ。」
「独眼竜。それは」

今度は信玄が目を見開く番だった。

「俺は、自分が若造だって事は知ってる。
間違いをおこさねぇなんて確約できないぐらいに。
小十郎も俺には甘い…つーより無駄な気遣いをしやがる。
アンタなら、そんな遠慮はしねーだろ?
その代わり、
アンタんとこの元気なのと忍をきっちり可愛がってやるぜ?」

ニッと歯を見せ笑う政宗に信玄は一瞬間を空けた後、
「はははは!」
と豪快に声を上げ、笑った。

「成程な! うむ、
馬を欲するため将を射んとするのはお主ぐらいのものぞ」
ぽん、と膝を叩く信玄に、
「ham?
何言ってんだオッサン。
アレはもう俺のモンだろ?」
政宗はしれっと言い返す。

「そうさの。両名ともお主に骨抜きじゃ。
淋しいものよな」
「アンタは死ぬまで軍神サンとやり合えばいーだろ。」
「じゃが」
泰平の世でそれはなるまい、と視線で語られ、政宗は人差し指を唇に当てた。
内証だ、と示すように。

「領地を賭けない一対一の戦いを規制する気はねぇ。
…じゃねぇと、俺が困る」
「本当にお主は戦いが好きなんじゃな。
君主がそれでは示しがつくまい」
「平和な世は民のため、だからな」

政宗本人としては戦が嫌いではない。
自身を発散できる数少ない場面だ。
さすがに、命懸け、は、もうできないだろうが。

「で、引き受けてくれるか?」
「うむ。
そこまで言われてはな」

その日、政宗は武田の屋敷に泊まる事となった。

何かと準備に忙しいこの時期、
軍の中心である二人が奥州を空けるわけにはいかず
小十郎は渋渋ながら留守番をしている。
今回政宗に付いて来た従者は三人で、
主な役目は護衛であったのだが
屋敷内では必要ないだろうと政宗に告げられほぼ別行動だった。

夜、就寝の準備をしていた政宗の元を、訪れた人物があった。

来るだろう事をある程度予想はしていたが
普通に入口から入って来た、
一般人のような着物をまとった、素顔のままのその姿に
「…さすけ?」
政宗は思わず違う人間の名前を口にした。

「いや。んなわけはねーな…
猿飛か。どうしたその格好」
「俺様今晩は非番なもんで」
いつものようなへらっとした笑いの裏に戸惑いを見て取る。

「忍に休みとかあんのか?」
「武田の大将が気を利かせてくれちゃってねー」
佐助はぽりぽりと頬を掻いた。

本来の上司は幸村なのだが、現在上田城で離れている。
そしてその幸村からは、信玄の命も厳守しろと言いつかっていた。

政宗は、いつぞやのように夜着で布団の上に座り
佐助にも腰を落ち着けるよう促した。

「で、俺のモノになる気にはなったか?」
「あれ? そういう話だっけ?」
「そういう話だ」

「っても俺様の心は既にアンタのモンだし?
気付いてるだろうけど。」
佐助はわざとらしくふざけた動作で言う。
「聴いてねぇな」
言外に「きちんと言え」とねだられている気がしたが。

「…俺様、やっぱ真田の大将の下で働いてたいんだよね」
「俺も天下を捨てる気はねぇ。
お互い様だろ?」

「…そういう話?」
「そういう話だ」

政宗は最初から佐助を幸村から引き剥がそうなどとは考えていない。

「真田経由でアンタを使うのはアリなんだな?」
「アリになっちゃうねぇ」
断る理由はないし、幸村は歓んで佐助を差し出すだろう。

佐助とて政宗の役に立てるのを嬉しく感じている。
惚れていると言うのを抜きにしても。

佐助はそっと手を伸ばし
政宗の頭を撫でた。

「…おい…?」
政宗は驚いて身を引くが、
佐助の手が追い縋り、
今度は頬に触れる。

「良く頑張ったね、
…政宗」
「馬鹿にしてんのか?」
「してないよ。労ってんの。
素直になることにしたから。褒めたかったんだ。アンタを」
「…猿飛」

され慣れない動作に、
政宗は身体と心を委ねるように瞳を閉じる。
佐助は誘われるように政宗を抱き締めた。

「あのさ」
耳許で、躊躇いがちに囁く。

「仕事してない時の俺様を全部あげちゃうからさ。
アンタの夜の一部を俺様に頂戴?」
「割に合わなくねぇか?」
「そうでもないよ。
…先ずは、今夜。
駄目?」

真剣さを包み隠すようにおどけた口調で尋ねられ、
政宗は苦笑した。

「…仕方ねぇな」
佐助を抱き締め返す。
ぎゅっと、きつく。

「アンタにやるよ。
俺の、恋慕の想いを、残らず」
「政宗?」

ほんの少し身を離し、
まだ言われた言葉の意味をを理解しきれていない佐助の顔に
両手を添えた。

「……っ?!」

佐助は目を白黒させる。
一瞬であったが、今のは確かに。

「初めて、自分からしたKISSだ。
有り難く受け取りな」
「政宗」

未だに信じれないという表情の佐助に
政宗も心中首を傾げた。
いつの間に、目の前のこの男にほだされていたのか。

幸村にも、向こうの佐助にも、
ましてや小十郎にさえ赦すことのない領域まで踏み入れさせるまでに。

ずっと扉は叩かれてた。
気付かない振りをしていた。
目を向けさせたのは未知の歴史を辿った未来の連中だった。

鍵を開けた途端抉じ開けて入って来た。

生涯の宿敵の前だったり横だったり後ろだったりで
暢気に構えているように見えていた忍が、
血相を変えて。

政宗は至近距離で佐助を見つめ、
その背中を指でなぞる。

「竜の爪痕…この背に欲しいか?」
「…二度と消えないくらいにね」

あいしてるよ。

声にならないほど微か。
けれど、確かに耳朶に触れ、
政宗はクッと笑った。

「なんでそこで笑うの?! そこは照れるとかしてよ!」
「アンタ俺に何を求めてんだよ。
いや。案の定、素直なアンタが不気味でな」
「なにそれ?!」

宥めるように佐助の背中をぽんぽんと叩きながら
政宗は隻眼の瞳をそっと閉じ
その目蓋の裏に
同じ顔をした人物と、もう二人を想い浮かべる。

まだもう少し時間は掛かるかも知れないが
天下を手に入れられそうなこと、無事幕府が成った暁にはその事が、
彼等に届けられれば良い、と、

信じてなどいない神ではなく、だが、何かに祈った。



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ちゃんとサスダテになれたんで終わり!で。

現代篇の後日談を書いたら全篇の終了、に出来るはず。

                                    【20101204】