日就月將 後日譚

 

 「政宗…くん、
ちょっと訊きたいんだけど」

その場の混乱が収まり、
佐助はようやく政宗の事情を聴くことが出来た。
政宗は何度も説明したため慣れたもので
簡潔にわかり易く伝える。

こちらに来ていた政宗が還った頃、
雷のようなものに撃たれ
その時にこちらに滞在していた分全てと、
向こうでの出来事をかい摘まんだ形で、
記憶を受け継いだのだと。

佐助が向こうに行くと判明していたので
偶然元就と遭遇してからも暫く、
行って戻って来るまではと内緒にしてもらっていた。
佐助が行きそうな場所を教えてもらい避けてまで。

「…だからチカさんのあの返事だったのね」
元就に、政宗を好きなのかどうか問うのはもう少し待て、と言うのは。
「おう。悪ぃな」

尋ねる前に答を知ってしまったが。
それよりも。

「えーっと、マサムネ、くん?
あっちでの別れ際、政宗が
こっちの世界の政宗に宜しく、みたいに言ってたけど
もしかしてあれって」

政宗は、ああ、と佐助の疑問に苦笑いする。
「政宗」の思わせ振りな言動に、見事に翻弄されているようだ。

確かにこの世界からの去り際に再会を仄めかす言葉を遺し
実際もう一度逢えた佐助からしてみれば気になって仕方が無い所であろう。
だが。

「あっちの政宗さんは俺の存在なんて知らないぜ?」
「けど」

ならばそんな事を言った意味がわからない。

記憶と共にその時の政宗の心の動きをも受け継いでいた政宗は
「あれは」
とぎこちない笑みを浮かべた。

話したら怒られるかも知れないが、
あちらとこちらが交錯する事はもうないだろうしまぁ良いか、と判断した。

「こっちの世界にアンタらが居るのに
自分に似た奴がいないのが仲間外れみたいで悔しかったから
だよ」

その発言を聴いた四人は

「か…っ可愛い…」
口許を隠しふるふると小刻みに震え
「たまんねぇな」
自分の頭をがりがりと掻き
「愛いやつめ」
うむ、と頷き
「なんともいじらしいお考えですな…!」
目頭を押さえている。

大袈裟なまでの反応に、
「NO!
俺じゃなくてあっちの政宗サンが思った事だからな?!」
自分の事ではないのに、何故か政宗が照れる羽目になった。

それにしても。
「仲間外れ、ね」
と佐助は呟く。

戦国時代から帰って来て、
現代の「政宗」に逢い、
佐助は昔の記憶を思い出した。
近所に住んでいた、幼子の姿を。

「サスケ?」
訝しむ政宗に、へらり、と笑って見せる。
「伊達政宗」の記憶を受け継いだ青年。
ならばあの子は。

「何で忘れてたのかねぇ。
俺様が『伊達政宗』に興味を持ったきっかけ。」
「きっかけ?」
唐突な話題転換に、元親は首を傾げた。

「本を読んだり授業で知って等ではないのか」
元就の言葉に
「んにゃ。」
佐助はゆるりと首を横に振る。

「俺がこっちに居たときに近所にいた親戚で、
伊達幕府じゃないのがおかしいって騒いでたオトコノコがいたんだよね。
戦国時代の歴史が間違いだらけだって」
「…それ、は」
「その時は変な子だねぇとしか思わなかったけど
やたら伊達政宗を褒めるもんだから気になるようになって。
どんな人なのかなって調べ始めたのがきっかけ。」

「佐助! 何故貴様が政宗殿の事を覚えておらぬのだ!」
小学校に入る前の少年にそう責められたのは今も記憶に刻まれている。
理不尽な、と思っていたが、
今ならば。

「で、その子の名前が―」

「……!」
政宗は目を見開いた。
何処かにいるかも知れないとは思っていた。
まさか、ちゃんと佐助の傍に。

「逢いたい?」
「逢いたい!」
「じゃ、連絡してみるよ。
もしかしたら同じ学校に通うのかもだけど
まかり間違ってそこで劇的な出逢いとかすることになったら大変そうだもんね~」
一気に悪目立ちする事請け合いだ。
ただでさえ政宗は注目を集めそうであるし。
転入生というオプションを抜きにしても。

「高校生か」
元就が確認する。
幾分不機嫌そうに。
佐助は苦笑した。
「そそ。確か同じ学年じゃないかな?」
「同い年か」
弾んだ声。
政宗のこの高揚する様子から、
元就が懸念を抱く気持ちもわからなくはない。

だが、心配は要らないだろうと思う。
二人の想いは、恋慕だとか劣情だとかとは
近いようできっと遠い。

佐助のお膳立てにより二人は顔を合わせる事になった。

二人きりで。

事情を聞いた先方からの申し出らしい。
記憶を知らぬ者が一緒に居ては腹を割っての話をしづらいのだろう。

待ち合わせは日時と場所だけを決めた。
特徴の目印などはなくともお互い直ぐにわかった。
着ている服以外は、
ほぼ記憶のままの姿だったのだから。

「政宗殿!」
「真田…ah、今は違うんだな。
…幸村?」
「はいっ!」

にっこりと浮かべた笑顔は、邪気が無い。

二人は、取り敢えず近くのファーストフード店へ向かうため歩き出した。

「久し振り…ってより初めましてのがしっくりきそうだ。
佐助から話を聴いてるかも知んねーが
俺の記憶は後付けの不完全なモンなんだ。
けどアンタは―」
「はい。覚えております。細かい事は流石に忘れておりますが」
続きの人生のように。と

予め聞いてはいたが
「…それは」
政宗が口ごもると
「大変でしたでしょう。
急に他人の記憶が増えるなど」
幸村が先に政宗をそんな風に労った。

「……アンタ程じゃねぇよ」

最初から、他人の記憶を持って生まれて来るのは
比べ物にならない重圧だっただろうに。

思わず、頭を撫でてしまう。
良く頑張ったと、褒めるように。

「なんだか…照れますな。
政宗殿にこのようにしていただけるなど」
はにかみかながら擽ったげに身を竦める幸村に
政宗はおや、と首を傾げる。
記憶にはないリアクションだった。

「アンタ、昔より落ち着いた、か?
鉢巻きと尻尾がないせいか?」
「某、虎の若子とは呼ばれておりましたが
尻尾は最初から付いておりませぬ!」
「…!」
真剣に抗議され、政宗は思わずくくっと笑いをこぼした。

「政宗殿!」
「sorry sorry、後ろ髪の事だ」
「成程。
言われてみれば確かに政宗殿は某の髪の毛をそう言って
よくからかっておられましたな」
「…そう、か」

店内に入り、適当に注文を済ませると、
空いていた奥の席に向かい合って座る。

「幼い頃は落ち着きすぎだと言われておりました。
昔の記憶の割合が大きかったものですから。」
「そりゃそうなるか」
「こちらの記憶が増えていくほど子供っぽくなってきたと評判で」
「…そうかい」
「……」
「…幸村?」

急に黙りこんだかと思うとじっと見つめられ、
政宗は少し身を引き眉を潜める。
がたり、と椅子が音を立て、
それが耳に届き幸村ははっと我に返った。

「も、申し訳ござらん」
「いや。
やけに難しい表情をしてたがどうした?」
「実は」
幸村は身体を縮こませる。

「記憶のある身としては
政宗殿が築いた世の続きの未来に生まれたかったと常常思っておりましたが
そうでなくて良かったのかも知れない、と思いまして」
「へぇ? 何でだ?」

「政宗殿と佐助がらぶらぶであった証拠もどこかにきっちり残っておるでしょうから
そんな話を聴かされては
佐助の上司としてはいたたまれませぬ」

「…んな事…
ah、こっちの歴史でそーゆーのの証拠が出てきた例があるんだっけ」

政宗は反論しかけ、顔に手を当てる。
本人が遺していなくとも誰かしらが書き留めていておかしくはない。
公認だっただけに。

伊達幕府の延長の世界に生きたくない。絶対に。

生生しい記憶はないのが救いだ。

幸村はふっと大人びた笑みを湛えた。

「政宗殿は今生、毛利…元就殿と懇意であられるとか」
「佐助に聴いたのか」

余計な事を、と政宗は苦虫を噛み潰す。
隠すつもりはなかったがおいおい話す予定だった。
最初から耳に入れるような話ではあるまいに。

「長曾我部…ではなく元親殿や片倉殿…小十郎殿までおられるとか」
昔ながらの呼び方をしかけ、
同じなのは名前だけだったかと言い直す。

「ああ。冗談みてーにそっくりだ。
アンタと同じ境遇のヤツはいねぇが」
「そうでござろうな…佐助もそうでござった」
淋しそうに。
だがそれでいいとも取れる表情で。

政宗は、一瞬年齢を重ねた真田幸村の貌が見えた気がした。

「今生もまた、佐助や政宗殿にお逢いできて良かった」

「佐助や俺だけで済ますのか?」

その問いの意味するところはわかる。
幸村は顔を曇らせた。
「…ですが」
「あいつらならアンタを歓迎するだろうぜ。諸手をあげてな。
あの頃程の規格外っぷりはねぇが、愉快な連中だぜ。
アンタも晴れてそいつらの仲間入りだ。
…嫌か?」
政宗は浮かない表情の幸村の顔を覗き込いだ。

「嫌ではござらん!
しかし、…某は」

「俺が一緒じゃ不満か?」
「不満など!」
「なら、決まりだ」

にやっと笑う政宗に、幸村は目を丸くした後
目を閉じ、眉を下げた。
へにゃり、と、気の抜けた笑みの形を作る。

「やはり、政宗殿には敵いませぬな」
「ったりめーだ。百年早ぇ」

なればこそ、この世でも、
どんな形でもいい、
政宗の一番の好敵手の座におさまりたいと

幸村は切に願った。


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政宗君と幸村君は同じ学校に通う事になります。よ。

没にしようと思ってた設定だったけれど、採用した理由は
参考ルートが政宗青ルートだからです。
つまり、エンディングが「蒼紅永劫」だから。

ラブじゃなくてもこの二人は宿命的な絆があればいいなぁ。

証拠があるのはトシと魔王の人だっけ。

                                                     【20101207/1210;後書追記】