雷光絢爛

 

慶次は苦悩していた。

慶次は前田夢吉というペンネームを使う新進気鋭の漫画家であった。
その苗字は「昔」の自分から取り
名は同じく昔の自分の小さな親友から戴いたものである。

何本かの読み切りが掲載され、人気を獲得し
その実績が認められ連載を持てることになった。

その構想で頭を悩ませているのである。

書きたい話は決まっていた。
自分の中に刻まれた記憶。
今この世界に残る歴史とは大分異なる戦国時代の物語。
それを、形にして残したかった。

大まかな粗筋を担当編集者に話したところ、それで行こうと手を打って貰えた。

ただ、記憶のまま描こうとすると
無視できない問題点が浮かび上がってくるのである。

「どーしたもんだと思う?
政宗。幸村。」

慶次が相談相手に選んだのは、政宗と幸村。
同じ記憶を持ったと知る、たった二人の人物である。

「わざわざ京都くんだりから出てくる程何が問題だってんだ。
つか問題点が多すぎて今更何を言ってやがるって感じだがな」
「まあまあ政宗殿。
前田殿…慶次殿の悩みは我らにしか解決できないかと。
まずは話を聞いてみようではないですか」

なげやりな返事をする政宗を幸村がとりなす。

政宗はそもそも自分達を漫画にすることにあまり乗り気ではない。
全ての記憶があるわけではないが、
ぶっちゃけ恥ずかしい。

幸村は慶次が漫画家として成功して欲しいと本気で応援しているので前向きに協力的だ。

慶次は天の助け! とばかりに幸村を拝む。
「ありがとな幸村!」
「なんの。
それより、政宗殿の言われることにも一理あります。
某にはその問題点とやらがわからないのですが」
「それなんだけど。」

慶次はびしっと背筋を伸ばした。

「戦国物でバトルがメインになるんだけどさ。
担当さんから、やっぱ、ロマンスも必要じゃないかって話があって」
「ま…慶次殿の漫画は恋愛部分が評判ですからな。
担当殿がそう仰る気持ちもわかります。」
幸村はうんうんと頷いている。
結構な愛読者のようだ。
政宗は嫌な予感しかしない。

「読めてきたが、一応聴いてやる。
続けな」
「けど主人公にする予定の政宗って男が恋人だったじゃん。
少年漫画として大丈夫だと思う?」
「大丈夫な部分が全然ねぇ!
そこはフィクションでいいだろーが!」
「しかし政宗殿に他に恋人を作るなどと!」

政宗の恋人―佐助の上司である幸村は政宗の発言に何故か憤慨する。

「設定としては美味しいんだよね~。
宿命のライバルに仕える忍との恋!
なんてさ。
かすがちゃんの見た目を借りようかとも思ったんだけど」
「この世界に記憶つきでいる可能性は極めて少ねーが
命が惜しかったら止めとけ」
「だよね~。」
政宗の忠告に慶次は深く頷く。

「んで次に佐助を性別だけ変えようかとも考えたんだけど」
「…微妙だなオイ」
「ならば政宗殿の性別を変えるべきでは?
…む。それでは本末転倒でござるか…」
「うん。それにそれじゃ幸村とのライバル関係が複雑になるよね。」

主人公が女性ではそもそものジャンルが変わりかねない。

「で、他の相手を考えたんだけどしっくりこなくてね」
それで行き詰まった。
慶次は溜め息を吐く。

一番の問題は自分の中にある。

漫画の中でとは言え政宗に佐助以外の恋人を作りたくない。
見てみたいと思っていた、
恋に輝く政宗を生み出した相手を無下にするのは気が引けた。

「…思うに」
俯き考え込んでいた幸村がぽつりと呟く。
そのことにより勢いをついたのか、
顔を上げて真剣な表情で語り始める。

「慶次殿が描かれるのは政宗殿の天下統一まででござろう?」
「描き切れるならそれが一番良いラストかな」
「ならば、佐助と政宗殿が付き合う部分まではいかない気がするのだ」
「あーあの二人がくっついたのってその後か」
「うむ。
であるから、ろまんすはさておき、
佐助と政宗殿の関係を描いてみては如何か」
「あ、それ面白いかも!」
「であろう?」
「意識しまくりで冷たい態度を取ったり」
「その癖政宗殿に冷たくされると凹んだり」
「でも懲りずになんやかんや話しかけたりね」
「そうそ。
…って、何でアンタも参加してんの?
記憶、ないんだよね?」

突如話に割り込んできた佐助に慶次は目を丸くする。
佐助はへらっと笑うと「いやあ」と頭を掻いた。
「記憶はなくともあの二人のやり取り間近で見たことあるからさ」
「おお。そう言えばそうであったな!」
「成程心強いね!」

 政宗は盛り上がり始めた三人からふらふらと離れた。
全くもって頭が痛い。

「ったく、
肝心要の恋愛要素はどうなったんだか…」
「逃げてきたのか」
元就に静かに問われる。
なんとなく不機嫌そうだ。

否。機嫌など良い筈もあるまい。
何せ此処は元就の家なのである。
どうにも寄り合い場として認識されてる節がる。
かといって、目の届かない所で交流を持たれても腹が立つのだが。

「ああ。
記憶にない話を聴かされるのがこんなに苦痛とはな」
政宗は二人がけのソファに座っている元就の隣に腰をおろす。
無駄に疲れた。

「そうよな。
こちらとしても恋人の元彼の話を聴いているようで複雑であった」
「…俺の話じゃないからな、あれ」
「わかっている。だから複雑と言った」

多少の記憶があるとはいえ別人。
わかっていても割り切れはしない。

「政宗の天下統一までの歩みに興味がなくはないが」

元就にとっても、もう一人の政宗は友人であった。
顔を合わせたのは短い期間だったが、
一緒に暮らし、生活を共にしてていた。

「そこの風来坊」
元就は動かず顔と声を慶次に向けた。

「今の俺は風来坊じゃないって!
って元就? 何さ」
「色恋沙汰ならば貴様自身を出せばよかろう」
「へ?」
きょとんとする慶次に、幸村は「おおそう言えば」と目を向ける。

「前田殿は破廉恥な物言いで某を随分翻弄し申したな。
まさに適任ぞ」
幸村は自分がその役目には向かないと端からわかっていたので
うむうむと納得する。

「…俺自身を出すつもりはないんだけどなー」
慶次は苦笑する。
だからこそペンネームに「前田」の苗字と「夢吉」の名を使ったのだ。
現代では髪が短いし漫画絵で描けばわからないだろうが
名前は今更変えられない。

「ふん。
己は泥をかぶらず政宗を見世物のように扱うだけか。
その程度の心意気では早早に打ち切られるのがオチよ。
恥をかく前に描くのを止めることだな」
「元就殿…?」
「元就の気持ちもわからなくもないね」
幸村は困惑し
佐助は苦笑した。

政宗を想ってのこと。
慶次にもそれがわかり、破顔した。

「うん。アンタはきちんと恋をしてるよね。
嫌いじゃないよ」

参考になったと言い残し京都に帰った慶次は
いざ連載開始の段になり引っ越しを決意した。

出版社のある東京へ―ではなく、大阪へ。

 

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設定だけ考えてたんだけど話を組んじゃったので形にしてみた。

慶次結構好きなんです、よ。

                              【2010121420101223;拍手御礼用】