風魔ルート ; エピローグ

 

秀吉の手から逃れた政宗は
伊達軍を統率し打倒豊臣の体勢を整えていた。

だが、政宗が再び秀吉に相まみえることはなかった。

なんとなれば、
いざ大阪、と出陣しようとした直前
秀吉暗殺の報が届いたからである。

誰が、など問う必要は無かった。
気付かれる事なく成し遂げられる暗殺者など多くはない。
少なくもないが、このタイミングで、となると限られる。

報せを聴いた日の夜深く。
眠れずに、独り寝静まる城内を散策していた政宗の前に
風が巻き起こった。
出現を教えるように。

「風魔…」
佇む忍に政宗は静かに呼び掛ける。

「どうしてなのか、訊いても良いか?」

まず間違いなく、彼が秀吉暗殺の実行犯だ。

「………」
「誰かの依頼か? 北条のジイサンとか」
「………」

返事も、表情の動きもない。
だが、それまでの質問に対する肯定の気配は感じ取れなかった。

「…ah、自意識過剰、だったら笑ってくれ。
……俺のため、か?」
「………」
「風、魔…」

小太郎は政宗に近付き、そろりと頬を撫る。
正解だと告げるように。
わかってくれた事に、感謝するように。

政宗は、されなれない行為に頬が朱く染まっていくのを自覚する。
そのままの勢いで、気になっていた事が口をついて出た。

「…報酬、を」
「………?」
「アンタに、まだ渡してない、んだが…?」
「………」

無言の間が
要らない、と答えたように思え、政宗は瞳を険しくした。

「てめぇ、あんな風に煽っといてどういう了見だ。
俺を馬鹿にしてんのか」
「………?!」

何故かぎろりと睨め付けられ、
さすがの小太郎も慌ててぶんぶんと首を横に振る。
まさか怒られるとは思わなかった。

「人が腹括ったってのに
それをなかったことにしよーたぁ良い度胸だ。
そこに直れ」

腹を括る程のものがなかった事になったのだから
歓ぶべきところではないのか。
首を傾げながら、小太郎は言われた通りその場に正座した。

「………」
「………?」

怒りの気配はどこへやら、 左目を丸くし自分を見る政宗を、
小太郎も不思議そうに見つめ返す。

そのお陰で、きょとんとした表情が鮮やかな笑みに変わる様子を
しっかり目にする事が出来た。

「…変なやつ」
笑いを含んだ声。
やたら愉しそうな。

「悪かった。立ちな。」
手を差し出された。
必要なかったが握った。

立ち上がるった小太郎を
政宗は上機嫌で見上げる。

「やっぱりアンタ面白ぇな。
真面目っつーか馬鹿正直っつーか。
風の悪魔なんて呼ばれてるから心なんてないヤツかと思ってたのに
んな事ねぇんだな。sorry」
けどだから、
「アンタになら良いかと思ったんだぜ」

はにかむように破顔する。

小太郎は駄目だと諦めた。

別れの挨拶をしに来たつもりだった。
報酬は先払いで充分に渡されていた。
なにせ、政宗の、接吻まで貰ったのだから。
むしろあちらの過払いだ。

もう伊達軍との繋がりは失くして良いはずだった。

秀吉を暗殺したのは政宗の為もあるが自分のためと言う部分も大きい。

戦場で、二人が再会するのが嫌だった。

いっそのこと人知れず政宗が天下を治める手助けをしようかと思った。
依頼されていなくても。
きっぱりと忘れてしまうために。
元の、何のしがらみもない傭兵の忍に戻るために。

だが駄目だ。
もし、誰かに政宗暗殺の命を受けたら
その依頼主を殺しかねない。

出来ない事が出来た。

「風魔小太郎」にとって致命的な弱点。
あってはならないもの。ならば。

殺すか拐うかしかない。
自分のものにしてしまうために。

そこまで考え、嗚呼これは、と目眩を覚えた。

豊臣秀吉と何が違うと言うのか。

「風魔」
政宗に呼び掛けられる。

「泣きそうに見えるが気のせいか?」
「………!」

頭に、手を。
子供のように慰められた。

気がついたら拐かしていた。
小太郎が時折密かに使用する小屋まで。

全てを赦すように微笑まれ、繋がり、力尽き眠る政宗を残し
小太郎は再び奥州を訪れた。

夜が明け、
目を醒ました小十郎の元に届けられていたものがある。
風魔小太郎に払った報酬の、きっちり三倍の金。

「これは…よもや?」

意味を悟り、小十郎は
「政宗様っ!」
急ぎ、政宗の部屋へと走った。

開けた扉の先はもぬけの殻だった。



政宗は戻って来た風魔を出迎えた。
逃げもせずに。

扉に鍵をかけて閉じ込めたりもしていなければ
無理はさせておらず、事後、身体を清めそのまま動けた筈。
山中とはいえ逃げるのは容易かった筈だ。

「………」
「逃げて欲しかったのか?」
「………」
「生憎、逃がしてやるつもりはねぇ」
「………」
「わかっちまったからな。
…俺が欲しいのはアンタだ」
「………!」

小太郎は恐る恐る手を伸ばした。
怖いと言う気持ちを初めて知った。
否。感情の全てを。

政宗は目を閉じ待ち構える。
その手に触れられたいと。

「豊臣の気持ちも、今なら少しわかるかもな」

心を愛に占められたら、
天下が霞んで見えてしまう。
そんな気持ちを味わう事になろうとは
政宗は思ってもいなかった。

相手が女子ならばそれでもまだ両立出来るかも知れない。
だが相手は忍、
その中でも格別、闇に生きる者だ。
片手間に相手を出来るような者ではない。

天下だけではない。
部下も、民も、宿命のライバルも、己の右目も。
その手から放した。
自ら選んで。

政宗は、
後悔しないだろうか、と自問し
するに決まっている、と自答する。

だが、それでも、選ばねばならぬと言うなら。

「アンタは…後悔しないのか?」

政宗は揺るがぬ瞳で小太郎を見つめた。
浮かぶ色彩は悲愴さの欠片もない。

「………」
小太郎は口許を歪める。
ぎこちなかったが、それは確かに笑顔だった。

契約を反故にした事。
傭兵としては信用を失くす致命的な傷。
それを案じてくれているようだが。

代代継いできた「風魔小太郎」の技術。そして評価。
それらは、目の前の人物と比べたらどれ程の価値があると言うのか。

「そうか」

気持ちが通じたのか、政宗も笑い返す。
愛する相手に向ける、柔らかな笑み。

秀吉はこれを諦めた。
そもそも政宗に剣呑さを求めていた彼は
そんなものは元から望んでいなかったものかも知れない。

だが小太郎は手に入れた歓びに胸が疼く。

二人を待っているものがどんな困難であろうと ねじ伏せて見せる。

そう誓う程に。

後日。
再び小十郎の元に届け物があった。

政宗の眼帯と、直筆の文。

奥州を任せる、の一文に、小十郎は眼を伏せ、
今直ぐ政宗を取り戻しに行きたいという気持ちを圧し殺した。

秀吉の時とは違い、政宗の意思だという事は
大阪城から戻ってからの様子から知れていたので。
 

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風魔さんとだと筆頭は天下を棄てそうだなあと。

秀吉ゴメン。でも考えてみたら秀吉ルート以外はこういう展開がデフォになりそうだ。

三倍返しの風習ってこの頃にはなさそう。
小太郎のわずかばかりの誠意?です。

                                 【20101220】