三つ巴狂想曲 序奏

 

政宗の命を受けた小十郎が、
そして信玄の喝を受けた幸村と佐助が
それぞれ指定された宝を携え
伊達軍兵士を拐った松永久秀と取り引きをすべく対峙していた頃。

自ら救出に向かおうとしたところを己の右目の一撃で止められ気絶していた政宗は
再び武田の屋敷の中で目を醒ました。

それを待っていたかのような信玄との暫しの会話の後、
早く傷を治すには安静が必要と布団に潜り込もうとして
「っくしゅっ」
小さくくしゃみが出た。

立ち去りかけた信玄はそれを聞き咎め政宗の元へと舞い戻る。

「すまぬな独眼竜。
大分温くなって来たとはいえ夜気は身体に毒じゃな」
そのまま開けっ放しにしていた扉を閉めようとする信玄に、
政宗は鼻を擦りながら
「っつーか俺ぁ何で包帯しか巻かれてねぇんだ?
さすがにちぃとばかし寒ぃんだが」
と尋ね、引き止めた。

「うむ。
疵口が開いてやせんかと心配して包帯を替えたのじゃが」
「そりゃわかる。けど、
…下も下着一枚なのは心許ねぇぞ。
寝間着を貸せとまでは言わねぇ。
俺が着てたヤツは何処行った?」
「汚れておったのでの。
そのまま寝かせるわけにはいくまいて。
…寝間着ぐらい貸してやっても良かったんじゃが…」

最初に運び込まれた時は
側近である小十郎が居て手当てやらなにやらを独りで甲斐甲斐しくした。
だが今度の件では
松永の待つ場所へと急ぐため、
倒れた―正確には小十郎本人が倒したのだが―政宗をそのままに
出ていってしまったので、
文七郎が何とか世話を焼こうとしたのだが、
あまり腕力が無い上手負いである彼には独りで意識のない政宗を運ぶのは困難で。
ならば傷の手当てを先にとその場から追いやった。

となると、その場に残るのは幸村と佐助で。

二人がかりで、
布団に寝かせる前に鎧や汚れた衣服を脱がせた。

その段階で幸村に異変が訪れた。

「だ、旦那?」
顔を真っ赤にしぶるぶると震える様子を
佐助が不審に思い声を掛けると、
幸村の鼻の穴から紅い筋が流れ出た。

「旦那っ? 何で鼻血?! 逆上せたの?」
慌てて手拭いを差し出し鼻を押さえさせる。
「すまぬ、佐助」
くぐもった声で礼を言いながらも、
幸村の視線は政宗に釘付けであった。
手拭いはみるみる朱に染まっていく。

「あの…旦那。
もしかして原因、独眼竜?」
確かに妙な色気はあるけれど。とは、空気を読んで口にしない。

目を閉じる政宗は、
戦場で観るやんちゃで好戦的な雰囲気は鳴りを潜め
怪我のせいもあってか寧ろ儚げであった。
意外としっかり付いている筋肉も、
包帯が巻かれているせいか弱々しげに見える。
けして細い訳ではないのに。

「っと、疵口改めないとね。
右目の旦那の突きで悪化してないと良いけど」
「…政宗、殿」

あ。いつの間にか伊達殿から政宗殿になってる。

とはやはり口にしない。
優秀な忍は無駄口は叩かないのだ。…基本的には。

鼻を押さえながらなので幸村が発する言葉は全体的に濁点付きだ。

佐助は、小十郎の攻撃がきちんと銃創を避けていることを診てとると、
「ほんっと、参っちゃうぐらい優秀だね〜」
と呟いて、我に返った。

包帯を交換するため、
半裸の政宗を抱えている自分の状況に気が付いたのである。

そして固まってしまった。
困惑が襲う。
身に付けている物が少ないとは言え、
同じ性別の、多分年下の相手に触れている。
それだけで、佐助は自分の鼓動の音が大きくなったのを感じた。
身体中の血液が沸騰しているのではないかと思う程、
体温が上昇している事を自覚する。

さすがに幸村のように鼻血を吹き出しはしないが。
佐助は忍。感情を圧し殺すのはお手の物。 …の筈である。

「だ、旦那、寝間着、着せてあげないと」
「う、うむ? そうだな。
任せたぞ、佐助」
「やだな。独眼竜は旦那の好敵手なんでしょ?
旦那が面倒みてやらなくてどーすんの」
「何を言う。お主が包帯を換えたのだからそのまま着せて差し上げれば良かろう」
「いやいや。俺様なんかがやっちゃっちゃマズイっしょ」

譲り合ったのは、
気を失っている相手に服を着せる。
その行為が身体の密着を必要とする事を知っていたからであり、
そうなると、この場が血の海になりかねない。 鼻血で。
大惨事だ。

「し、仕方ないな。
右目の旦那にやって貰おう。そうしよう。」
佐助の提案に
「な、成程。
確かに、片倉殿ならば政宗殿の世話も慣れておいでであらう。
ならば、是非とも無事帰って来ていただかねば」
幸村も納得して頷き、
余り触れないようにして政宗を布団に横たわらせた。

その為にはやはり、自分も加勢に行きたいと。

そのようなやりとりの一部始終を信玄は観ていた訳だが。

「…火急じゃった故、二人ともお主を着替えさせる時間はなかった」
「二人?
じゃあ運んでくれたのは真田幸村と忍か。
借りを作っちまったな」
「うむ…」

信玄は唸り、政宗を見下ろした。

確かに妙な色香が漂う。
色事に疎く、朴念仁の幸村のみならず
佐助までもが惑わされるほどに。

しかし幸村が宿命の好敵手と見定めた相手に欲情するとは。
さすがの信玄にも予想外であった。

こうなると不憫なのは政宗である。
よもや己が宿敵に性欲の対象として観られた等と微塵も考えてはすまい。
知れば、幸村を軽蔑するやも知れない。
なれば、幸村の味方である信玄としては、

黙っている。

その一択しかない。今のところは。

「ならば寝間着を用意させるが…
独りで着られるか?」
「NO problem!
先刻だって自分で全部身に付けた」
「そうであったわ」

佐助も幸村と同じ想いを抱いたのであるなら前途多難。
しかし。

「二人とも、観る目は確か、じゃな」

佐助がかすがを婚約者だと言っていたのはハッタリだと、
信玄は、謙信に対するかすがの態度で見抜いている。
あれ以上の愛情を向けられてるようにはとても思えない。 

奥州の竜がどちらを選ぶか、はたまたどちらも選ばないかはわからないが、
己の「家族」二人にとって悪くは無い経験だと
信玄は独り満足気に頷いた。 
 

 

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あにばさ一期8話付近。
このあたり大好きです。
屋敷の残った信玄と政宗の会話が。

あの流れだと筆頭介抱したの真田主従よね、ってことで、
…勢いで佐助まで筆頭に懸想する事に…(勢いって)

                                      【20110118】

トライアングルラプソディ、と読むのですよ。題名。昔そんな漫画があったような