追憶の徒花 / 弐期ED

 

 

「アンタまだこんなとこにいたのか」

この声は、眼を開けて確かめなくても誰だかわかる。
「独眼竜」

見上げたその姿は満身創痍だった。
往く時にかぶっていた筈の三日月をあしらった前立ての兜はなく、
鎧もボロボロで。きっと身体中傷だらけだ。
秀吉との戦いの激しさを如実に物語っている。

「何処、行くんだい?」

奥州に戻るのかとも思ったけど
それにしては後ろの四人衆がハラハラして落ち着かない様子だ。

「ちょいと大阪城まで、な。
西海の鬼がいるはずだ」
「西海の鬼…元親が?」
身を起こす。

明らかに独眼竜の方が酷い傷だろうに、
自分だけ寝そべっているのは居心地が悪かった。
馬に撥ね飛ばされるより秀吉の拳の方が絶対重い。

「アン?
…ああ、そーいやアンタ、魔王のオッサンとの戦いの時、
西に加勢を求めに行ったんだったか。
顔見知りか?」
「うん……」
話す表情から、予想通り二人が良い関係を築けたみたいだと嬉しくなる。
こうして、無理を押して大阪城に向かおうとするまで。

「なら、アンタも一緒に行くか?」
「へ?
俺が付いてってもいいのかい?」
「アンタ、西海の鬼と仲良しみたいだしな。
名前出したら少し顔が緩んだぜ。
久し振りに逢いたいだろ」
「……そう、だな。
んじゃ道すがら、アンタらの馴れ初め、聴かせてくれよ」

よっこらしょっと立ち上がると、
伊達軍の兵士達が安心した表情になる。
俺が無事で、ってのもあるだろうけど、
独眼竜と対等に話せる俺が同行することに、が大きいだろう。
こんなに良い部下達に心配かけるなんて、悪い大将さんだよ。

馴れ初め、の言葉に軽く眉を顰める。
しょうがないじゃん、こういう言い方が癖なんだよ。

「いいぜ。そのかわり、と言っちゃなんだが、
アンタも話せよ」
「……え?」
「あの男の事を」

それが元親の事じゃないのはわかった。
独眼竜の表情が、不思議な程慈愛を感じさせたから。

名前を出されなくても、わかる。

「……昔は良いやつだった、なんて、
聴きたくなかったんじゃないのかい?」
「さっきまではな。
だがもう終わった。
聴きたくなかった理由は失ぇ」

清々しいまでの吹っ切れた表情。

秀吉。
お前はこんな独眼竜を何も知らないまま
ただただ邪魔者として排除しようとしていたんだ。
それがどれだけの損失か、
わからないままだったんだろうな。最期まで。きっと。

久し振りに逢って、直ぐにわかった。
ねねを自分の手にかけて、
俺が離れた後のお前は、 結局。

半兵衛しか傍に居ることを赦さなくて。
半兵衛しか見ていなくて。

孤高、と言えばカッコいいだろうけど、
それは、
淋しくはなかったのか?
逃げるしか出来なかった俺に言えた義理じゃないかも知れないけれど。

倒れたのがお前の方で良かった、と、思ってしまうんだ。
独眼竜が死んだら、本気で哀しむ人が、
きっとお前の何倍も、居る。

そして独眼竜も悼むんだ。お前を。
悼んでくれるんだよ。
お前に、大分苦渋を舐めさせられた筈なのに。

「聴いて…くれるのかい?」
「話してくれるならな。」

大阪城に向かうため、馬を借りて独眼竜と並走して。

俺は話した。
秀吉と一緒に馬鹿をやってた若い頃の話を。

「アンタは今だってそう変わんねーだろ」

そして、恐らく秀吉が変わるきっかけになった話を。

「松永…久秀?
あのオッサン、昔っからあんなんかよ」
「あれ? 知ってんの?」
目を丸くすると、苦い笑いを返される。

「ああ。よぉーっく、な」

独眼竜はちらりと後ろの四人に視線を向けた。
俺達の会話は聴こえていないだろうに、
気を遣ってか声を潜めて顛末を話してくれる。

少し前の話と、つい先刻の話を。

松永ってやつ、
俺の知らないところでも相当暗躍してるんだなぁ。

「どーやら西海の鬼も煮え湯を呑まされたことがあるらしいぜ?」
「元親も?!」
「アイツの船を作る為の資金稼ぎの時に遭っちまったらしい」
「ああ…あの船ね」
確かにお金必要だったろうなー。

脱線しながら秀吉の事を話す。
と言っても後は秀吉がねねを殺した事と
それをきっかけに俺が秀吉と袂を分かった事ぐらいだ。

長くも短くもない話を聴き終わると、
独眼竜は一つ、深い頷きを返してきた。

「right、つまり、
あの猿山の大将サンは
アンタに振られちまった訳だな」
「はあ?」
思わず大声を上げる。
何を、と口が開きっぱなしになった。
独眼竜は別におかしな事を言っちゃいないだろう? と首を傾けている。

「ねねって女を殺しておきながらアンタは生かしてた。
つまりはそういう事だろう?」
「半兵衛だってそうだよ! 秀吉は半兵衛も、」
「あの腰巾着を殺しちまってたらあんなデケェ軍にはならなかったろうな。
そのへんの算段は出来たんだろう。
だが仲間にならなかったアンタの事を排除しなかった。…最期まで。
アイツはもしかしたらアンタのために強くなろうとしてたんじゃねぇのか?」
「…っそんな、」
「なんてのは」

独眼竜はふっと表情を和らげた。
受けた衝撃を隠せずにいる俺を労るように。

「アンタの話を聴いての俺の勝手な想像だし
例え本当にそうでもあの堅物は自覚してなかったろうな。」
「…秀吉」

違っていても。本当でも。
確かめようは、もうないけど。

「あんがとな。独眼竜」

もう一度逃げずに向き合う勇気は湧いてきた。

大阪城に着くと、そこは長曾我部軍に占められていた。

独眼竜と俺の姿を見ると、見知った奴らが元親の元へと導いてくれる。

「おう、独眼竜。
っておいおいそんなナリでここまで来たのかよ?
あのヤロウとやりあった後なんだろ?
大人しくしてりゃいーじゃねぇか」
「大した事はねぇ。
それよりもお客さんだ」

「あン?
なんでぇ。慶次じゃねぇか」
「元親、久し振り」
「おう」
軽い挨拶を交わしたあと、元親は独眼竜に何で、と視線を向ける。

「豊臣秀吉と竹中半兵衛の旧い友人だそうだ」
「何だって?! 慶次がか。
…はぁん、なら」
「ああ」
「?」

二人は向い合わせで、同じような姿勢で、似たような表情で
俺を観た。
凄く良い笑顔を浮かべてる。
例えるなら、悪戯っ子のような。

「かなりでかい軍だったんだ。
この城のどっかにかなりの資金があるはずだぜ」
「持ってきな。
あの野郎の遺産を受け取るべきなのはアンタだ」

打ち合わせなんてしていないだろうに、
同じ事を考えていたようで、
一つの内容を二人で分けて言う。

ああ何て。

嬉しくて笑ってしまう。
気が合うだろうとは思っていたけど、
ここまでとは思わなかった。

「アンタ逹、思った以上に良い組み合わせだよ」

この絆が続けば、最強なんじゃないかと思う。

俺は二人と二人の軍の皆に手伝って貰って、
かつての親友の二人が苦心して集めたであろう金を
持ち出して京の街でバラ撒いた。

さすがに、全部貰うのは
最後の方は良好とは言えなかった秀吉と半兵衛との関係を思うと出来なくて、
殆どを元親に船のために使ってくれって渡したけど。
最初は渋っていた元親も、
資金集めにまた松永と鉢合わせちゃたまんないだろ、
の言葉でむしろ進んで受け取ってくれた。


秀吉は、もう居ないけど。
昔のお前にもう一度逢いたかったけど。

半兵衛は変わってしまった秀吉をこそ好きだったんだろう。

秀吉がいたからこその出逢いもあったんだろう。

と思うと、
少しだけ。
赦せる気がした。 
 

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アンニュイ。

アニメだと秀吉→慶次色が濃いなあと思って。
ゲームだと割り切ってるみたいだったのに。
大分わかりやすくなってるよねキャラとして。

しかし豊臣の金をばら撒いてたのがゲーム;2のEDだったとほぼ書き上がってから気付きました。
わぉ。根本が覆ったぜ…!

                                                  【20110123】