月を撃つ /蘭丸+政宗

 

 

摺上原を訪れ
己の兜の三日月の前立を目当てに戦いを挑んできた蘭丸を
政宗はあやすようにいなした。

容赦なく撃ってくる無数の矢を、 刀一本で次次斬り落とす。
自分に当たりそうなものだけを的確に選んで。

「なー。そのお月様、蘭丸にくれよー」
喋る言葉が無邪気な分残酷だが、
政宗は余裕を崩さない。
「駄ぁ目だ。
大人になってから自分の兜を作ってもらいな」
「けちー」
「けちってテメェな」

さすが第六天魔王に好き好んでくっついてってる子供だ。
政宗は清々しいまでの自分勝手ぶりに苦笑する。

「くれてはやれねぇが、
今この場で貸すぐらいならいいぜ?」

その言葉に、蘭丸の矢をつがえる手がぴたりと止まった。
「本当か?
嘘吐いたら承知しないぞ!」
「嘘じゃねぇって。
ほらよ。」
政宗は兜を脱いだ。
それを小脇に抱えて頭を一振りし、
片手で撫でて髪を整える。
そして両手に持ち直し蘭丸に手渡そうとしたが。

「…ってもその髪型じゃかぶれねぇか」
「あ!」

蘭丸は慌てて前で結んでいる髪をほどいた。

「おやまあ。独眼竜は随分と甘い。
子供に弱いのでしょうか。
確か、北の農民の小娘にもお優しかったですよね」
「アンタは帰ってくれて構わねぇぜ?
なんならこいつは俺が責任を持って魔王のオッサンのところに送ってやるからよ」
「おやおや。つれないですね。
私の相手もしてくださいよ」
「御免被る」

そんなやり取りの最中、
蘭丸は政宗の顔をじっと見上げていた。

そしてにいっと笑みを浮かべると、
「お前気に入った!
蘭丸が特別に信長様に取り立ててやってもいいぞ!」
びしりと指を指した。

政宗は目を丸くする。
「俺を、魔王のオッサンに?」
「おい小僧。何の冗談だ。」
凄む小十郎を手で制し、
政宗は屈んで蘭丸と視線を合わせた。

「申し出はありがてぇが、
魔王のオッサンは俺を飼おうとは思わねぇだろうよ」
「そんなことねぇよ!
お前、少し濃姫様に似てるし!」
「俺が、魔王の嫁さんに?」
首を傾げて問い返す政宗に、
蘭丸は勢いよくこくんっと頷いて見せる。

「きつめの貌だけど美人だし、
冷たいように見えて優しいし、
それに、信長様程じゃないけど、そこそこ強いし」

政宗は表情を和らげた。

「強いはともかく、
美人で優しい、
なんてのは今まで言われたことねぇなあ。
アンタが初めてだぜ。
最上級の誉め言葉だな。」
「っ! ても濃姫様の方が何倍も綺麗で」
慌てて付け加えようとする蘭丸に、
政宗は両手を挙げる。
「わーってるって。
貌で魔王の嫁さんに勝てるなんざ思ってねぇよ」
「……っ」
「けど」

政宗は現状を享受している。
けれどだからと言って忘れられている訳ではない。
最大のコンプレックス―右目の事を。
だからこそ。

それでも、
濃姫の何分の一であっても。

政宗の手が伸び、
蘭丸の頭に触れた。

「…THANKS、蘭丸」

「……っ!」

蘭丸は息を呑んだ。
誰が観ても濃姫の方が綺麗だ。
なのに見惚れてしまうのは

その表情が

「おっ?」
蘭丸は政宗に兜を突き返した。

「帰るぞ光秀!」
「はいはい。
やれやれ、子供のお守りは疲れますね。
独眼竜。そして右眼も。
お邪魔しました」
「全くな。
蘭丸だけなら可愛いモンだったんだが」
「…政宗様…」
小十郎は嘆息した。
光秀ではないが、本当に子供に甘い。
よりによって、
仲良くなる程傷付くのは目に見えている相手に。

光秀は口許を歪めた。
信長ほどではないが、
独眼竜が思った以上に
この手で壊してしまいたいほどそそられる存在であったと。
生命力を具現させたかのような生き生きとしたその表情が。

「っ独眼竜!」
蘭丸は振り返ると何度か口を開閉させ言い澱むが
「か…兜、あんがとな!」
なんとかその言葉を絞り出す。

政宗は片手を挙げて応えた。
「You're welcome」
柔らかな笑顔と共に。

 

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バトヒロはお気に入りの話とそうで無い話の差が激しいのだが
(個人的な好みの問題です)
蘭丸のこの話は可愛い。

                            【20110130】