竜の帰還 / 続・出奔武田篇

 

 

戦場に目を向けると
政宗は周囲が敵ばかりの中を味方―伊達軍を求めて突き進んでいた。
蒼い雷と成って。

「…政宗殿のお心はわからぬでもないが、
やはり某も…!」
馬から降り、二槍を手に駆け出そうとする幸村を
「手出しするでないぞ幸村」
威厳に満ちた声が止めた。

「お館様?!」
てっきり屋敷に残っているとばかり思っていた自分の上司の声に
幸村は驚き振り返る。
幸村が引き連れて来た隊はまだ追い付いていない。 そして、

信玄は、独りであった。

そのあたりの事情はまるで問おうとせず、
幸村は眼下の戦いを指差した。

「いかな政宗殿であろうとも多勢に無勢。
お独りでは…っ」
「お主にはあれが独りに見えるのか?」
「え?」
「無事に合流出来たみたいだね」

佐助の言葉に目を凝らす。
風に乗って聴こえて来る会話は。

「政宗様っ?!」
「待たせたな小十郎。」
「いえ。いいえ!
信じておりました!
貴方様は必ず戻られると、そう!」
「小十郎…」

感動の再会、であった。

政宗は小十郎に代わり伊達の守りの前線に立つ。
疲労困憊の兵士を庇うように。

「おめぇら! 動けねぇなら大人しく休んでな!
俺がカタをつける!」

気力だけで持ちこたえていた兵士達はその声に色めき立った。

疲れ果て、
俯いていた顔を、弾かれたように上げる。

「まさか…政宗様…?
本物だ…!」
「やれます! やらせてください!」
「また貴方の下で働けるとは…! 諦めなくて良かった!」
「待ってました筆頭!」

政宗はその声に応えるように顔だけを後ろに向け、
にやりと嗤ってみせた。

目に写る兵士達の顔はどれも見覚えがあった。

「よぉーし良い根性だ。
ただし無理と無茶はすんなよ?
こっからは俺の見せ場だ!」

「邪魔はしません!」
「OK、are you ready GUYS?」
「YEAH!」
「Let's party!
ya-ha!!」

一気に活気づいた伊達軍に、
敵兵は狼狽えた。

佐助は樹の上から戦全体の様子を眺めていた。

「…変なノリだねぇ…何言ってるのかもわかんないし。
掛け合いし慣れてるって事は、
政宗、何度か戦場に出た事あったのかな?」

ならば初陣だと思っていた戦での妙な胆の座りっぷりも頷けようものだ。

信玄はそわそわと落ち着かない幸村にきつく言い含める。

「動くでないぞ幸村。
我らが動くのは政宗が力尽きた時にじゃ」
「お館、様…?
よもや政宗殿をお見捨てに…?」
「人聞きが悪いこと言わないでよ旦那。
大将は、必要ないって言ってんの。
視なよ」

樹の枝に足を掛け、逆さにぶら下がって顔を出した佐助に促され、
戦場に目を向ける。

政宗の動きを追うのは簡単だった。
誰よりも活発に、縦横無尽に動き回っている。
雑兵には目もくれず、
隊長格とおぼしき人物を次次と確実に仕留めて。

「…終わるな」
信玄が呟いたと同時に、
敵側から撤退の合図が上がった。

敵が退き、伊達軍のみが残る戦場に、
信玄と幸村、そして佐助が足を踏み入れる。

小十郎は政宗の斜め後ろに控えた。

「オッサン」
「ようやった政宗」
真っ直ぐな褒め言葉に政宗は眉を顰める。
「数だけは無駄に揃ってたが本来なら小十郎独りで事足りた相手だ。
褒められるような事じゃねぇよ。
―アンタはこいつらをどうするつもりなんだ?
今なら簡単にアンタの軍に降せるぜ」
「……っ!」
政宗の言葉に小十郎が身を固くする。

大将不在の伊達軍はこのままでは瓦解しかねない。
小十郎自身は自分が頂点に立つつもりなどなかった。

信玄はゆったりと腕を組んだ。

「お主の好きにするが良かろう」
「……なんだと?」
「奥州を護ったのはお主独りの手柄よ。
武田には何の功績もない。
決定権はお主にある。
お主自身の身の振り方も含めてな」
「お館様?!」
「大将…最初からそのつもりで」

「…オッサン…」
政宗は自分が護ったものを振り返る。
誰にも譲りたくなかった者達。

政宗と覇権を争った者が、
政宗側に付いた者全ての生命を奪う、と言い出さなければ。
せめて戦いで散らすならば納得できようものを、
あまりにも無茶な宣言であった。

政宗は、
小十郎を筆頭に
最期まで自分に付き従おうとする者の存在を知っていた。

だからこそ政宗は出奔した。
理不尽に部下の命を奪われるなど耐えられなかった。

一つきりの眸を閉じる。
どうしたいかなど決まっていた。

ただそうなれば。

ゆっくりと眼を開ける。

「良いのか?
俺が奥州の筆頭になったらアンタと敵対する可能性が高い。
上に立つ以上、天下は欲しいからな」
「それもまた天命。」

信玄の懐の深さに感謝しながら
政宗は口を挟まず傍に控えたままの伊達軍副将に声を掛けた。

「小十郎」
「はっ」

「最初の右目は失くした。
二度目の右目は自分で棄てた。
その右目を拾いたい、と言ったら、身勝手だと軽蔑するか?」
「…いいえ。
その右目も、さぞや主の元へ還りたかった筈。
歓びこそすれ、何一つ、責めるいわれはございますまい」

「…THANKS、小十郎」

政宗は信玄の後ろで呆然と立ち竦む幸村を観た。

「…真田幸村」
「政宗、殿」
「やっと、本来居るべき立場に戻れそうだぜ。
次戦場で逢うときは本気で相手してやれるかもな」
「政宗、殿…っ!」
幸村は言葉を詰まらせた。

確かにそれを望んだ事がある。
だが。
それが実現するとしても、
政宗と隔たりが生まれるならば。

きつく唇を噛む。

政宗が還るべき場所に戻るだけ。
わかっている。
信玄の元にいた政宗はいつまで経っても借りてきた猫のようで、
心から寛ぐ事などなかっただろう。
だが、いつかは心を開いてくれるに違いない、と
思っていたのに。

幸村は勢いよく頭を下げた。
哀しむ表情を見せるわけにはいかない。
「…息災で」
「アンタもな」

素っ気ない一言。
幸村は顔を上げた。
政宗の笑顔が目に飛び込んでくる。
直ぐ近くにあったそれは
今生の別れなどに浮かべるようなものではなく。

「その情けない面、
次逢う時までは消しときな」
「は、はいっ!」

再会を約束するものだった。

次いで視線を向けられた佐助は、困ったように笑った。

「じゃあね。…竜の旦那」
政宗は一瞬鼻白む。
が、直ぐに苦笑を滲ませ
「…ああ、じゃあな。真田の忍」
佐助に合わせた。

自分で仕掛けたくせに突き放されたようで
佐助はほんの少し傷付いた表情をした。

別れの挨拶が済んだと観ると
小十郎は信玄の前に進み出、深々と頭を垂れた。

「甲斐の虎―武田信玄殿。
政宗様がそちらに身を寄せているとは聞き及んでおりました。
さぞや御迷惑をお掛けしたものかと。
此度の計らいも有り難く。
幾ら礼を重ねても足りない程です」

「小十郎。
俺は別にオッサンや真田幸村には迷惑なんざかけてねぇ。
むしろ掛けられてた方だ」
「政宗様。仮にも身を寄せていた相手に対し失礼ではございませぬか」
政宗の軽口を諫める小十郎に
信玄は腕を組んだまま肩を揺らす。
「はっはっはっ。良い良い。事実じゃからのう」
「ほらな」
「政宗様…」
批難するような視線に、 政宗は何故か自慢するように
「甲斐で俺が迷惑かけまくったのはそこの忍にだけだ」
佐助を指差す。

「…自覚、あったんだ。
そうだね迷惑掛けられまくりましたよ」
佐助はやれやれと手甲の爪でぽりぽり頬を掻いた。
すると、
「……ほう」
小十郎の鋭い眼光にさらされ、佐助は冷や汗をかく。

どうにも「右目」殿は政宗を溺愛しているようだ。
迂闊な事を口にしないほうが無難である。
―佐助が忍であるが故敵視されている可能性も否めない。
幸村や信玄は普通の部下なように接してくれているが
所詮は草。下賤の者だ。

否。政宗も歳上の友のように接してくれていた。
迷惑を掛けまくっていたのは甘えの表れだったのでは、と
佐助は遅まきながら気が付く。
だから小十郎の厳しい視線が向けられたのかと。

それをたった今放棄したのは自分だ。

佐助は危うく訂正したくなった自分を何とか抑える。
政宗はもう別の国の人間で、国主だ。
馴れ合いの時間は終わった。

「では我等は甲斐に戻るとするか」
信玄は宣言し政宗と視線を絡み合わせた。

「政宗―伊達の。
これ程までにお主を慕う者達と
もう離れはしないであろう?」
「ああ。もう、二度と。
アンタには世話になった。借りはいずれ返す。
戦場でな」
「楽しみにしておるぞ」

そう言うと、信玄は政宗を引き寄せた。

「っ?!」
「な…っ?」
「お、お館様っ?」

「お、オッサン?」
思いがけない熱い抱擁に
政宗は顔を朱くし目を白黒させる。

「今暫くただの政宗でおれ。
…お主との日々、まこと愉しいものあった」
「おっさん」

止めることも出来ずただ成り行きを見守るしかできない三人は
何より政宗の反応を気にした。

「そう、だな。
逃げ込んだ先がアンタのとこで良かったぜ。
ちいとばかし熱苦しいかったがな」

「…何か妙に良い雰囲気なんだけど
まさかあの二人
俺様達の知らないとこで出来ちゃってたとかってないよね?」
「なっ?
ま、政宗様が、甲斐の虎と?
確かに身分的には問題はないが」
「出来てる、とは、なにがだ佐助?!」
「旦那! 声が大きいよ!」
「shit、
小声でもしっかり聴こえてるっての」

政宗は信玄の逞しい胸板に手を添え、そっと押す。
あらぬ誤解をされては迷惑だろう。

胸に当てた手を握り拳の形に変えた。

「借りを返すまでくたばってくれるなよオッサン」
「そうじゃな。
…佐助の言うた通りの関係になるには時間が足りんかったのう」
「なっ?」
「冗談じゃ」

「そうは聴こえないって大将…」
現に意識がある伊達軍の皆さんがざわめいている。
佐助は自身の言葉が原因だと言う事を忘れていた。

「…ah、なんだ。」
政宗はかりかりと頭を掻いた。
そして自分が辿って来た道―甲斐の方向に手を向けた。

「帰るならとっとと帰れ。」

そんな風に言われてしまったので
政宗を伊達の地に遺し、三人は甲斐へと引き返す。

「湿っぽい空気が無くなったのは良かったけど
ちょっと間の抜けた別れになっちゃったねぇ」
「うむ。
…しかし出来るだとかは一体何の事であったのだ? 佐助」
「……今度改めて説明するよ」
凄く面倒そうではあるが。

結局部下は全員待機させ
幸村の率いていた部隊も引き返させたのだと
幸村と佐助はそこで初めて聴かされた。

「この期を逃せば還る場所が永遠に失われかんねんかったからな。
相手を撤退させるだけでなく、
新たな頭を立てる必要であった。
ならば本来その場にあるべきのあやつが治まるのが最善じゃろう」

その為には此度の戦いは
武田の兵は動かさず
政宗独りの活躍だけで伊達を勝利に導かせたかった。
前回の戦場での働きで
不可能ではないと判断したからこその計画だ。

先に政宗に知らせては拒絶される恐れがあったため、
信玄独りの胸の内でのみ立てられた。

「これで奥州はまとまるであろうな」
「はい。
政宗殿ならば見事成し遂げられましょうぞ!」
「新しい敵…しかも強敵を作っちゃった事になるけどね」

「それはそれで楽しみだ」 

そう言った幸村の眼は耀いていた。
未来への期待に満ち溢れているように。



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三人それぞれとの分かれのシーンを書こうとしたらグダグダになった。
でも満足した。
お館様とのところは譲れなかったんだった。

ばさら設定とも史実設定ともちがくなっちゃったけど
元々出だしが「IF」なんで。

                                             【20110206】