夢路の先 / 佐助+政宗



城内が寝静まった時間。

昼間、伊達軍の今後について
側近であり軍師でもある小十郎にあらゆる可能性を示唆され
さんざん考えさせられながら話し合った政宗は
布団の中でふああ、と大きな欠伸をした。

脳みそが疲れてしまっていていっそもうこのまま眠ってしまいたい。
だが。

用事がやってきてしまっては仕方がない。

政宗は眠気を拭いきれぬ座った目で天井を睨み、
低く呼び掛ける。

「HEY、武田…否、真田の忍」
「………っ?」
「ah、出てこなくても良いぜ?
虎のオッサンからの頼みなら返事はYESだ。
ってことで帰んな。」
じゃあな、と言うだけ言ってごろりと横になる。

一方的に投げ掛けられた言葉の内容に
屋根裏に忍んでいた佐助は
「帰れないよ!」
と姿を現した。

「出て来なくていいっつったろーが…」
むうっと不機嫌になりながら上半身を起こした政宗の肩を
佐助は「いやいやいや!」と
首を横に振りながら思わずがしっと掴む。
おそらくこれが佐助が初めて政宗に触れた瞬間であったが
当人はそれどころではなかった。

「俺の存在に気付くとかって敏感にも程があるよ?!
ってか何でお館様の用事だってわかんの! あの人臥せってる事になってんのに!
確かに頼み事なんだけど内容わかってんの?!
そもそもいえすの意味がわかりません!」

「……水、飲むか?」
「いただきますとも!」

肩に置かれた自然な動作で手を払い除け
枕元に置かれた自分の飲み差しの水差し水を差し出すと
佐助は躊躇わずぐびぐび一気に飲み干した。
その様子を政宗は静かに見つめる。

「片目が効かねぇ分気配には聡くなってんだ。アンタのヘマじゃねぇから気にすんな。
虎のオッサンがそうそう簡単にくたばるタマかよ。
アンタが来るなら復活したって事だと思った。」
「……?」
「アンタの質問の応えだよ。
後は…オッサンの頼みは真田幸村の事だろ?
随分立ち直ったみたいだしいずれ俺に辿り着く。
決戦の舞台では家康と迎えるつもりだから
その辺に参加出来るんなら話を煮詰めねぇとな。
橋渡しはアンタがしてくれるんだろ? 家康には俺から話しつけとく。
アイツも虎のオッサンの事気にかけてたから諸手を挙げて賛成するだろうさ。
YESは快諾の返事だ。
you see?」
「…これはこれは御丁寧に」

一つ一つに細かく解説され佐助は毒気を抜かれた。

基本的に佐助は政宗が嫌いだ。
色んな要素を掛け合わせた結果。

だが、喰えない人物だ、とある意味高く評価している。
立場さえ違えば嫌う要素が消し飛ぶのではとか。
うっかり考えてしまう程に。

立場が変わることなど金輪際有り得ないのだろうけれど。

理解できない部分も多いが、
理解してしまう部分がある。

視野が広く、懐も深く、分け隔てない。
佐助の事は、忍だから下に観ている訳ではなく、
無下にするのは政宗の目的が佐助が付き従う幸村だから
眼中に入れる隙がない。
ただそれだけで。

おそらく政宗は自分を嫌ってなどいないと佐助にはわかり―

残念だった。

「…じゃあお館様にはそう報告しておくね」
「おう。」
応えた直後、ふああ、と警戒心も薄く大胆に欠伸をする政宗を
佐助は不思議そうに眺めた。

「結局アンタが一番お館様の無事を信じてたって事になるのかな」
「ah?」
政宗はふるりと頭を振り睡魔を追い払おうとする。
少しだけ効果があった。

「あのオッサンが病気なんかに敗けるなんて思えなかっただけだ。
戦場で散るのがお似合いだろ。軍神さんとやり合ってる最中にでも。
ま、そのままポックリ逝っちまってもこっちは困んなかったがな。
どころか、むしろ目の上のたんこぶの復活はえれぇ迷惑だ。」
「それを信じてたって言うんじゃないの?」
「当事者じゃねぇ方が冷静でいられる。
それだけだ」
「…そんなもんかねぇ…」
首を捻る佐助に、
政宗は掛け布団を引き上げて見せる。

「もう良いか?」
「あ、ごめんごめん。
お休み、竜の旦那」

「……。
忍」
「ん?」
呼び止められ、佐助は立ち去ろうとしていた動きを止めた。

「アンタはもっと俺を嫌うべきだ」

「………は?」
「この場で殺すぐらいに」
「な?」
穏やかではない言葉に、佐助は固まる。
布団の中で片膝を立て不敵な笑みを浮かべるその様子からは
先程までの、今すぐに眠りの淵に沈んでしまいそうな雰囲気は感じられない。

「忍は非情なもの…じゃねぇのか?
俺がアンタなら絶好の機会だと思うところだぜ。」
「……今回はそう言った用事じゃないから」
「その割には眠気が吹っ飛ぶ程の殺気を浴びせてくれたじゃねぇか」
「……。
いなくなって欲しいのは確かだからね」
「なら」
「けどそれは俺様の個人的な感情だからさ。
大将も真田の旦那も、アンタを必要としてる。…癪だけどね」
「上杉んとこの忍は軍神サンに近付く奴を誰も彼も排除しに掛かってるぜ?
ah、虎のオッサン以外か?」
「むしろかすがが特別なんだって。
ま、アンタは真田のだ…大将の、軍神における武田の大将のようなもんだし?」
「だから、
そういうのを考えずに殺したくなるぐらいに俺を嫌えばいいと言っている」
「…何のつもり、か、聴きたいんだけど?」

さすがに政宗の思考回路が理解できず、佐助は底冷えするような声音で問うた。
政宗は目を伏せ、それを受け止める。

「アンタの殺気は嫌いじゃない」

すうっと開いていく眸には愉悦の彩が浮かんでいた。

「日常に居ながらにして戦場の空気に触れられる」

「……アンタね」
佐助は呆れた。

「俺様が本気でアンタを殺しに掛かったらどうするつもりなの」
おそらく一撃で仕留められる。こんな状態の竜ならば。
「返り討ちにする」
出来そうに無いはずなのに、
きっぱり言い切った政宗の言葉はそれが可能であるように響いた。

「…そっちが本音?
俺を殺したい、って?」
佐助は心持ち沈んだ佐助の声になる。

「……?」
政宗は片手で眉間を揉むと、
残りの手を上げた。制止を求めるように。

「……ah、待て。俺は今起きてんのか?」
「……は?」

政宗はふうっと息を吐いた。
「都合のいい夢なら此処で殺し合いが始まるはずなんだが…
アンタがそんな反応するってことは俺はまだ起きてる、のか。
夢ん中ならともかく
現実なら殺すわけにも殺される訳にも行かねぇ、な。」

佐助は現状を把握した。
剣呑な会話は、寝惚けていた上でのものなのか。
ならば責任の何割かは佐助にもある。

「ちょ、竜の旦那?
えっと、どっから夢だと思てた、の?」
恐る恐る尋ねる。
「アンタが」
政宗は覇気のない声で応えた。

「優しげな声で俺に『お休み』だなんて
夢の中ぐらいじゃねぇと言わねぇと思った」

…前言撤回。
十割佐助の責任だった。
それで、政宗は自分が既に眠り込んだものと思ってしまったらしい。

確かに。身内同士では良く使う言葉であろうが。

思い返すと恥ずかしさが込み上げてくる。
己の人生の中で殆ど言ったことのない台詞を、
よりによってこの相手に。

「ゴメン。
もう無理に起きてなくて良いから」
「アンタが…俺を嫌いだって公言してる癖に」
「独眼竜?」

「半端だから、
殺されたり、殺したく、なる」

「…独眼竜」
それは。夢の中だから本音を吐露したと言うのか。
「とことん嫌ってくれれば、
期待、なんて」

言葉が途切れた。
限界だったらしい。
気を失うように横たわっている。

「独眼竜、伊達…
…政宗」
佐助の直属の上司の宿敵で。
その上、軍の総大将にも認められていて。
一介の忍など意に介していないものだと思っていた。

期待、とは、何を?

「…また、来るね。
今度はアンタがちゃんとしてる時に」

暫くは味方で、仲間だ。
幸村の為の、この密約がある限り。

立場が違えば嫌う要素は無いのだ。
敵である筈の幸村のための計画を快諾してくれるような気っ風の良さだとか。
寝惚けてふらふらしている様子だとか。
無防備に眠り込んでいる姿だとか。

「今度こそ、ゆっくりお休み。」

佐助は政宗の姿勢をきちんと整え、布団を掛け、
髪の毛を撫でた。
 

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…後半なんでこうなったのかがサッパリわからない。
幸村青ルートは武田と伊達で密約があるに違いない、から始まったはずなのに。

多分佐助←政宗。
幸村とはライバルで戦ってる最中に死んでもいいけど
佐助にならいつでも殺されてもいい。(ただし反撃はする)、っていう。殺伐としてんなー。

                                             【20110213】