Holy engage / 元就×政宗

 

 

「政宗様。
同盟の打診が届いております」

神妙な表情の小十郎が部屋を訪れてきたので
すわどんな難問を投げ掛けてくるのかと身構えていた政宗は
告げられた言葉に拍子抜けした。

「同盟?
…徳川からか?」

ならば何度も文を貰っている。
断るでもなく応じるでもなくのらりくらりとかわしてきたが
煮え切らない態度にいい加減腹を立て強気で押してきたのか。
ならば小十郎の苦渋に歪む表情の理由としてわからなくもない。

「そうであればこの小十郎とて予想もできましたが、
…安芸の毛利からでございます」
「もぉりぃ?」

政宗は思わず頓狂な声を上げた。

寝耳に水とは正にこの事だ。
今までまともな付き合いなどなかった。
理由は至って単純。
なにせ互いの治めている土地が遠すぎる。
智将で相当の策士だとは聞き及んでいる。
それとやたらでかい、輪状の刀を振り回すと。

政宗は唇に人差し指を当てた。

「hum…だがまあ面白ぇかもな」
「政宗様っ?!
そのような基準で物事を判断なされ召されるな!」
「だが折角の申し出だぜ?
特に断る理由もねぇし、悪い話じゃねぇだろ?
組んでも良いと思うんだが反論はあるのか?」
「あの策略家として名高い毛利が
何の裏もなしに我らと手を組もうなどと考え難く」
「だろうな」
「…政宗様…」

小十郎は深く溜め息を吐いた。
どうにも主の好奇心に火が点いてしまったようだと。
その先の提案は容易に予想がつく。
外れて欲しいものだが。

政宗はうきうきした表情でずいっと小十郎に詰め寄った。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って言うだろ。
一度あちらさんに遊…内情探りに行くべきだよな?」
尋ねる形ではあるが政宗の中では決定事項のようだ。
しかし物見遊山の下心が丸見えである。

「では」
「お前は留守番な」
「なっ?!」
政宗は当然のように同行を申し出ようとした小十郎に先手を対し打つ。

「当然だろ?
partyでもねぇのにお前まで出ちまったら
その間に奥州を攻めこまれる危険性がある」
「確かに仰る通りですが
ならばこの小十郎めが内情を探りに」
「却下。
俺自身の眼で確かめなちゃ意味がねぇ」

政宗の主張は困った事に正論で、
小十郎は渋渋ながら折れた。

その代わり
政宗の同行者を小十郎が厳選した自分以外の名前つき武将の五人とした。

心情としては更に倍は付けたい所であったが
さすがに他の家臣に止められて引き下がった。
小十郎は自分が政宗に関して僅かばかり心配症気味だと多少自覚していた。
僅かで多少、あたりがまだ認識に乏しい。

それでも護りが薄くなる、と政宗は嫌がったが
わざわざ雪のちらつくこの時期、
奥州に攻めて来る物好きもそうそう居まい。
そうでなければ安芸への遠出は許可できない、
と小十郎が言えば、
従う他なかった。

呼び寄せ亡き者にするための謀略だとしたら
との懸念が拭い切れぬままの小十郎にに見送られ
政宗は部下を引き連れ出立し、

その数日後には元就の眼前に居た。

人払いがされ、私室に二人きりである。
政宗は予想外の展開に内心首を捻った。
もてなされている、気がする。

政宗は元就が本気で同盟を組むつもりなどないと、
てっきり着いて直ぐ拘束でもされるかと思って警戒していた。
おとなしく言いなりになどなる気はないと。

だがそんな様子は微塵もない。
武器も携えたままで構わないと言う。
油断させてその後に、かとも思ったが
元就の態度が傲岸不遜で
本当にそういう展開になる予定なのならば計画が杜撰すぎる。

「それで、わざわざこちらに赴いてきたと言うことは
同盟を受理するととらえて良いのだな?」
開口一番の確認に
「いや。取り敢えず様子見」
政宗はしれっと本音を口にする。
取り繕う気になれなかった。

見た目が自分より多少歳上、にしか思えないせいもある。

「何だと?
それでは時間切れになりかねん!」
「…時間切れ?」

政宗は元就の言葉に眉を潜めた。
早早に同盟話をまとめたい理由があるように聴こえる。

「アンタ、何を企んでるんだ?」
「…貴様が気にする程の事ではない」
冷たい瞳の素っ気ない返事に政宗はふん、と鼻を鳴らす。

「それはこっちが判断する。
素直に吐かねぇと今すぐ帰るぜ?」
「…くっ」

腰を浮かせて見せると元就は歯噛みをした。
そこから、自分が居なくては成り立たない企みのようだな、と政宗は推測する。

「…仕方あるまい。
この時期にわざわざそちらから出向いてくれたのだ。
洗いざらい話してくれる」
「? おう」

それは、「冬の奥州から遠路遙遙御苦労様」的な意味合いとは
微妙に違うように感じられた。

実際、元就が口にした同盟希望の理由は
政宗が想像だにしていないものだった。

「本来ならこちらから貴様の居城を訪れるつもりであった。
前日に着くようにな」
「前日?」
「我が知らぬと思うてか。
貴様、如月の中頃にばれんたいんでぇと称し
城内の者共に手料理を振る舞っておろう」
「あ、ああ。
異国じゃ親しい者に贈り物をする日だと聴いたからな。」
「それは我も南蛮の教祖から聴かされた覚えがある」
「…あ゛ー…」

政宗は疲れた声で唸った。
その教祖とやらとは残念ながら顔を合わせたことがある。
そう言えば彼の本拠地はこの界隈か。

「ザビーさ…
…奴は愛の日だ等と言うておったが。
兎に角貴様自ら作っておるそうではないか」
「趣味だし。
口にするなら旨い物の方が良いだろ。
ま、数作ることになるから手の込んだ料理は無理で
簡単な甘味ぐらいになっちまうんだが」
その言葉に元就は頷いた。

「して、同盟国となれば家族同然。
成った暁には我にも差し出すべきであろう」
「………。
つまりアンタ、
俺が作った菓子が喰いたいから同盟を申し込んできた、んだな?」
「そうなるな」
ふん、と無駄に偉そうな態度と語られる理由とが余りに噛み合わず

「…it's crazy」

呟きながら、政宗は破顔した。

「アンタおっもしれぇな。
今まで付き合いが無かったのが残念なぐらいだぜ!」
「我の方が避けていたからな」
「へぇ?
避けてた理由と気を変えた理由が聴きたいもんだぜ」
「他の者共が口を揃えて貴様と四国の阿呆が似てると言うておうた。
ならば近寄りたくなどなくなるわ」
「西海の鬼、の事か?
ah、何でか良く言われるな。
そうか、アンタら仲悪いんだったな」
元就は当たり前の事だと相槌を打ちもせず話を進める。

「だが先程の話が耳に入った。
他にも貴様の噂はやたら聴こえて来たわ。
故にきちんと逢ってみたくなったのだ。
同盟は口実よ。
顔を見て貴様の作った物を食してみたくなった」
「what? 何でだ?」

「貴様は長曾我部とは似ても似つかぬ。」
「………」

解りづらかったが、それは、
元就は政宗が嫌いではない、むしろ好き、の意味だと
能面のような無表情にほんのりと色付いた顔色でわかった。
つられて政宗も赤面になる。

「俺は、アンタ程情報通じゃねぇ。
だから、暫く此処に置いてくれねぇか?
アンタの事をちゃんと知りたい。
それとも、口実だから同盟の話はお流れなのか?」

元就はふるりとかぶりを振る。

「否。
今は貴様と組みたいと本気で思うておる。
だから前向きに検討するが良い。
…貴様が我に馳走するならば
我も貴様が知らぬであろう南蛮渡来の菓子を与えよう」

それは、料理研究家としての政宗の探究心を的確に刺激した。

その年の二月十四日。
日ノ本に伊達と毛利の同盟成立の報が駆け巡り
各武将を驚かせた。
元就が政宗の手料理に陥落した、と噂されたが
それはあながち嘘ではなかった。

政宗が元就を受け入れた理由は謎に包まれていたのであったが。


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いっそ旧暦の二月十四日にやるべきであったか。

南蛮渡来の菓子=チョコレートで樹教授(もやし もん)の媚薬説とか。

最初は同盟話なんで家康にしようかとも思ったがマトモなナリダテが書きたかった
……。えっと、マトモ?

                                         【20110216】