謁見好意 / 3;三成+政宗


独り政務に励んでいた政宗の許へ
他の仕事で外していた小十郎が伝令を携えて現れた。

「政宗様。
豊臣から使いの者が来ていますが如何いたしますか」
「ah? 豊臣?」
政宗は眉を潜めると、
一瞬だけ止めた手をまた直ぐに動かした。

「わかった。急ぎの仕事だけ終わらせる。少し待たせとけ」
「……。わかりました。
ではこの小十郎がその旨伝えておきましょう。
お待ちしております」

小十郎の態度が微妙におかしいのが気にかかったが、
小田原以来、どうにもずっと奥歯に物が挟まったような様子だったので
気にしないことにした。

仕事を一段落させ
漸く待たせていた豊臣からの使いとやらが待つ部屋に足を運んだが
「遅い! いつまで待たせる気だ!」
扉を開けた途端怒鳴られた。

「………」
視界に入った思いがけない人物の姿に
反射的に閉じようとすると、
「貴様! 何故閉める!」
相手ががっとそれを阻んだ。

ばたん、と開け放たれた先の光景に
先程見えたものは見間違いではなかった事をらされる。
「石田…三成」
「む。貴様、私を知っているのか」
「ああ…よぉっく、な。」
知っているのか、などというとぼけた反応に
政宗はぎりっと歯噛みをする。

まさかこんな場所で再会するとは思わなかった。
次に戦場で逢ったならば借りを返すつもりだったが、
今は。

部屋に入り、上座に腰を下ろし政宗は三成と向き合う。
政宗が来るまで三成の相手をしていたらしき小十郎は二人と少し距離を取って控えた。
出ていくつもりはないらしい。

政宗は成程な、と心の中で嘆息する。
先に来訪者が三成であることを告げていたならば
政宗は激昂して逢おうともしなかったか、
もしくは刀を持ち出していたかも知れない。

しかし三成は戦いに来たわけではないようだ。
見れば帯刀していない。
会談の場に武器を持ち込むなと小十郎あたりが言い出したのだろうが
素直に従ったようだ。

更には部下も連れず単身であった。
まとっているのはいつか観た戦装束なのだが。
小十郎も戦場に出る時の衣装であり刀も佩いていたが
机仕事をしていた政宗は兜や鎧、防具を一切身に付けていない軽装だ。

「豊臣の使い、ってのはアンタか」
「うむ。半兵衛様直直にに申し付かった」
誇らしげに胸を張る三成に
政宗はハッと口許を歪める。
「成程な。
あの底意地の悪そうな仮面の軍師さんが考えそうな事だぜ」
多少交流があり友好関係にある家康ではなく、
政宗を倒した張本人を寄越す辺り
人の神経を逆撫でするのに長けていると感心した。

「貴様、半兵衛様を愚弄するか!」
「褒めてんだよ。
で? 何の用だ」

改めて訊かれ、三成は居住まいを正す。

「貴様の軍は秀吉様に破れたそうではないか」
その言葉に小十郎は身を固くし、
政宗の隻眼に剣呑な光が宿った。

「…豊臣にっつーか…
まあ否定はしねぇが。それで?」
「ならば豊臣軍に降ったも同然!
何故大阪城に参じぬ!
秀吉様に頭を垂れろ!」

高らかに言い放つ三成に
政宗は肩を竦めて見せた。
そうすることで、己の中で燻る怒りをやり過ごすように。

「残念だが、
アンタにやられた傷が治りきってなくてな。
馬で遠出はキツいんだよ。
こっから大阪、なんてのは無理もいいとこだぜ。
you see?」
「……言っている意味が良くわからないのだが。
私が貴様に傷を負わせた、だと?」
「……本気か?」
「どういう事だ」
しらばっくれている訳でなく、本気で言っているらしき態度が
政宗を余計に苛立たせた。

「小田原での事を忘れたって言うのかよテメェ!」
堪え切れずに勢い良く立ち上がり叫ぶ政宗を、
三成は眉を潜めて見上げる。
「小田原…?
確かに私は小田原で秀吉様の為に戦ったが、
貴様などに憶えはない」

「てめぇ…!」
同じく怒り心頭に発した小十郎の刀がちゃきっと音を立て、
政宗は逆にすっと頭が冷えた。

「抜くなよ小十郎」
「しかし…っ」
「相手は丸腰だ。
そして此処はオレの城。
いくらコイツがどーしょーもねぇ秀吉サマ馬鹿でも
この場で首を跳ねる真似は出来ねぇ。
今、でかい戦に持ち込めねぇのは知ってるだろ」
「…はっ」

確かに、この場で三成を殺してしまっては
伊達は豊臣に攻め込まれる口実を作ってしまうことにもなる。
現在の伊達軍には、巨大な豊臣軍に太刀打ち出来る戦力はない。

小十郎は畏まり、己の刀を遠ざけた。
この先、三成の言動を聴きながら柄に手をかけずにいる自信はなかった。

「なんつーか、似たようなお館様馬鹿を知ってるが
あっちの方がマトモに見えるな…」
「少なくともあの男は敵をきちんと認識しております故」
だからなのか、
あれほど酷く憎んでいた相手だと言うのに、
すっかり毒気を抜かれていた。

「貴様ら何の話をしている」
ひそひそと語り合う主従に三成は青筋を立てる。
政宗はひらりと手を振った。
もうあっちへ行け、とでも言うように。

「ah、悪い。
ま、そんな訳だ。オレはまだ本調子じゃねぇ。アンタのお陰でな。
猿山の大将と腰巾着の軍師にはそう伝えとけ。
じゃあな」

そう言い、部屋を辞そうとする政宗に
「貴様!
何故秀吉様に敬意を払わない!」
三成はそう言い詰め寄った。

「そもそも私には貴様と戦った憶えがないと言っているだろう!
そのような理由で納得出来るか!」

手首を掴まれ、政宗は三成と真っ向から見つめ合う形になる。

政宗は左目を細めた。

「アンタは力尽くで自分を従わせようとする相手に本気で尽くせるのか?
出来るってんなら尊敬するぜ」
「弱い貴様が悪いのだ!」
「かもな。だがオレはアンタと違って
豊臣秀吉にも竹中半兵衛にもなんの魅力も感じちゃいねぇ。
アンタがオレに興味がないみたいにな。
なら、従う気が起きない気持ちもわかるか?」
「………っ!」

「アンタが憶えちゃいなくてもオレの身体は憶えてる」
「政宗様っ!」
小十郎の制止を聴かず、政宗はバッと着物を肌蹴けさせた。

包帯は取れていた。
生々しい傷痕が刻まれている。

政宗は三成の手を取り一番深い傷に触らせた。

「これが、アンタがオレに付けた痕だ。」
「………」
「わかっただろう。
伝言は受け取った。
治ったら参じてやるさ。それまで豊臣の天下が続いてりゃあな」
「貴様、減らず口を…!」
怒る三成に政宗はにやりと嗤う。
強がりでも負け惜しみでもなく。

「この傷も舐めときゃ直ぐ治るようなモンだが
生憎自分じゃ届かねぇからな。
……っておい…っ?」
「………っ?! な…っ!」

三成は舌を引っ込めると
政宗と、小十郎の反応に首を傾げた。
「どうした。
舐めれば早く治るのではないのか」
そう聴いた三成は試したのだ。
自分で。政宗の肌に舌を這わせ。

「てんめぇ…!」
かたかたと震える小十郎の手にはいつの間にか刀が握られている。
「だから抜くなっつってんだろうが小十郎」
政宗はさっと着物を直し、軽くはあ、と息を吐いた。

軽い冗談が通じないほどに生真面目な人間だと言うことが
今回の顔合わせで痛いほど良くわかった。
しかし。

「アンタ、あんまり軽々しくんな事しねぇ方が良いぜ。
大体気持ち悪くねぇのか?
オレなんかの身体を舐めるなんてよ」
「気持ち悪い?
何故だ」
「ah、興味がない相手にゃそんな感情も湧かないか」
「…否、私は…」

三成は言葉を途切れさせた。
そして、政宗を視た。

困惑が浮かんでいるように見え、政宗は首を傾げる。
「何だよ」
「…知らん」
「は?」

答が出ないことに腹を立てたように、
三成は苛ついた様子で忙しなく身を翻した。
「また来る」
そう、言い残して。

「来なくていい。と言うか来るな」
「落ち着けっての小十郎」

結局政宗が豊臣に服従するように大阪城を訪れる事はなかった。

政宗の許に半兵衛病没の報せが届いたのは三成の訪問から半月後で、
三成が再び政宗の元を訪れたのはその後のことだった。


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ゲーム3小田原の役~半兵衛病没の隙間の捏造。
ゲーム本編には繋がらない。
三成が政宗に負わせた傷はSQの漫画を参考に。

こういう時期があったんじゃないか的な妄想が暴走しました。
楽しかったです!

二人(+もう一人)の再会が戦場じゃなかったらとかな。
だって伊達ちゃんも豊臣の支配下になるはずなんだ三成に敗けたなら。
(そっから家政妄想もイケる)

半兵衛さんの病気はどうしようもないかなー…
気が向いたら続きを書きます。

 

          【20110521;初出 / 20110523;加筆修正】