仮面夫婦 /アニメ版漢祭り

 

政宗と小十郎をも巻き込んだ武田漢祭りが終わった日の翌日。 朝早くに武田の屋敷の廊下で顔を合わせた忍に、 政宗はにやりと笑みを向けた。 「Good morning。天狐仮面」 佐助はあからさまに嫌そうな表情を浮かべてみせる。 「その呼び方よしてよ竜の旦那。 お早うさん、って返せば良いの? その挨拶」 「ああ。 …なあアンタ。 今手が空いてんなら一つ訊きたいんだが」 「まあ忙しくはないけど… 何? 竜の旦那」 「仮面、余ってねぇか?」 一瞬の間の後、 「はあ?! あんたいきなり何を…仮面って何で」 佐助は大袈裟なまでに驚き、 「ってまさか」 政宗がそう言い出した理由に思い至る。 つい昨日の事なのできっちり憶えていた。 仮面なまつわる出来事を。 いっそ忘れてしまいたいが。 おそらく、 この場にいない天狗仮面こと竜の右目こと片倉小十郎も同じ気持ちであろう、 と佐助は勝手に思う。 それでその主はと言うと。 「試してみたくなった」 と真面目くさった表情で言い切った。 「試す、って… …真田の旦那?」 「that's right」 武田漢祭りにおいて政宗と共に挑戦者となっていた幸村は 仮面を被っただけの己の上司や部下、ついでに宿敵の側近を 本人だと見破ることができなかった。 火男仮面は己の正体を幸村にその拳でもって叩き込み教え込んだが 下手をしたら今でも天狐仮面と天狗仮面の正体を知らないままの可能性がある。 天狗仮面に至ってはその素顔を晒したのだが。 政宗が試したいというのはつまり、 自分が顔を隠したとしたら幸村はその正体を見抜けるか否か確かめたい と言うのだろう。 「あの旦那、 お館様ですら仮面付けただけで誰だかわかんなくなるんだよ? いくらあんたでも無理だって」 「ならアイツとの関係を考え直すまでだ」 その言葉に佐助は慌てて 「ますます止めなよー! そんなんで宿敵解消! とかシャレになんないから本当!」 本気で止めに入った。 政宗は不思議そうに首を傾げる。 「アンタ、 俺がアイツと関わるのを嫌がってたんじゃないのか?」 まさか気付かれていたとは思っておらず、 佐助はぎくり、と表情を強張らせた。 「そりゃ…少し、ね。 でも旦那の存在が真田の旦那の成長の為になってるのは紛れもない事実だから 複雑なのよ」 「大した保護者だ」 政宗はからかうでもなく微笑を浮かべ頷く。 心底感心しているらしい。 「で、仮面は貸してくれんのか? なんならアンタと同じ面でも良いんだが」 「へっ?」 「天狗や火男よりはマシだからな」 「あ、そう言うことね。 んー、でもどうせだし他の捜してみるよ。 待ってな」 「なら一緒に捜すぜ。 アンタだけに任せるのも悪い」 佐助は小十郎に貸した天狗面が置いてあった物置に向かうと、 光の射し込まない薄暗いその部屋を 隅から隅まで漁り始めた。 政宗は、手伝おうとは言ったものの 他人の屋敷の物を勝手に捜索するのはどうか、と思い直し 身体を扉に凭れさせてその様子を眺めるに留める。 「旦那。阿亀はあったけど」 「おかめ仮面、か」 「……語呂悪いね。いや良いのかな。 御多福仮面の方が響きは可愛いかも」 「呼び名の問題でもねぇんだが」 佐助は取り敢えず政宗に阿亀の面を投げて渡しておき、 更に色々開けたりほどいたり首を突っ込んだりする。 「般若とかあれば良いのかなー。 竜の仮面なんてないしね」 独り言のように、そう呟きながら。 政宗は渡された面をじっと見つめた。 「阿亀、か。 確か、火男の対の女の面だったな」 「そう言われてるね。 …なんであったんだろ? 女の面なんて」 「これで良い」 「は?! 何で…」 佐助は問いかけの言葉を途中で呑み込んだ。 なんとなくそうなのかなーと思っていたのだが。 「竜の旦那。 あんたもしかして、うちの大将のこと相当好きなんじゃ…」 「なっ?! …ん、んなわけねーだろ! 何で俺が虎のオッサンを! 相当好き、ってな何だ!」 「けどさー。じゃなきゃそれが良いなんて言い出さないっしょ」 「これが、じゃなくこれで、だ! これ以上アンタの手を煩わせんのも悪いと思ったんだよ!」 「あーはいはいそう言うことにしときますか」 佐助はじゃあこれ以上此処には用はないよね、と言って立ち上がり、 政宗が立つ出入口へ足を進めた。 政宗は不機嫌になりながらも身体をずらして道を空けてやる。 「ち…っ。 あの道場はまだ在ったよな。 悪いがそこに真田幸村を呼んで来ちゃくれねぇか。 ah、朝飯の後でいい」 「了解しましたよっと。 旦那が先行って準備をしてから、だよね?」 「ああ。 っと、小十郎はどうすっかな。 バレたら止められそうだ」 「んじゃ適当に用事頼んで出掛けといて貰うよ。 右目の旦那には悪いけど。」 「THANKS、猿飛。何から何まで悪いな」 珍しい素直な礼と思われる言葉に、佐助は相好を崩した。 「どーいたしましてー。 けど大丈夫?」 「何がだ? 怪我ならもう大分良い。小十郎が心配し過ぎなだけだ」 「そうじゃなくて。 面を被ると視界狭くなるけど片眼なのに大丈夫なのかなって… ……ごめん」 言っている途中で佐助は失言に気がついた。 だが政宗は気にせずに 「アンタみたいなのが相手なら確かにちったぁ難儀しそうだが、 相手はあの真田幸村だからな。 自分で居場所を教えてくれる。you see?」 「ごもっとも」 佐助と別れ、 取り壊されずに残されている漢祭りが行われた道場に足を踏み入れた政宗は 幸村を迎えるため面を装着すると 「話は聴いたぞ独眼竜、否、阿亀仮面!」 既に待ち構えていた人物にそう声を掛けられた。 「虎のオッサン?!」 それが誰であるか直ぐにわかり驚く。 そして、声の主の姿を観て二度驚いた。 いつもと変わらぬ戦装束。 だけならば良いが、 その顔には、昨日目にした物と全く同じに見えるものがはめられていた。 「火男の仮面は俺が真っ二つにした筈じゃ…」 「もしもの為に予備ぐらいあるわい」 「何のもしもだよ?!」 しかもなんだか得意気だ。 この場に、その姿で現れたとなると、と政宗は仮面の下で渋面を作る。 「安心せい。 邪魔をしに来たわけではないわ」 「なら何で―」 意図を追及しようとしたのだが、 「頼もー! どなたか居りませぬか! お呼びであると佐助から聴き この真田源次郎幸村、急ぎ馳せ参じた次第!」 折り悪く、待ち人が扉を叩いた。 政宗はチッと舌打ちをしながらも、 邪魔をしない、という言葉を信じて本題である幸村の相手を、と切り替えた。 「真田幸村!」 「よう参った!」 が、口上を述べようとしたところを遮られる。 「なっ? 虎のオッサン?!」 幸村の視線は自然、より大きな声を上げた信玄の方へと注がれた。 「その姿…火男仮面殿…、否、お、お館様?! もしやまたお館様が某を鍛えてくださると…?!」 「否! わしは火男仮面弐号!」 「…にごう?」 政宗は脱力した声で引っ掛かった単語を繰り返す。 「なんと! なればお館様ではござらぬのか!」 「what?!」 そして幸村の思考回路に開いた口が塞がらなくなる。 何故そう判断したのかさっぱりわからない。 「そして此度の御主の相手はわしではなくこの阿亀仮面よ!」 信玄―否、火男仮面弐号は 大袈裟なまでの動きで政宗―もとい、阿亀仮面を示した。 政宗は仕方なしに戦闘体勢を取って見せる。 「おかめかめん殿、でござるか」 「うむ! わしの伴侶じゃ!」 「は?! おいオッサン、何言い出してんだ?!」 「なんと! 火男仮面弐号殿と阿亀仮面殿は夫婦と申されるか!」 「左様!」 政宗は胸を張る信玄の腕を掴んだ。 「オッサン! 何勝手な設定作ってんだよ!」 幸村に聴こえないようにと小声で問い詰める。 「ぱっと出の阿亀仮面では幸村も相手しづらかろう」 「火男仮面も天狐仮面も突然現れてただろうが! 何の冗談だよ!」 「冗談…そうよの。 わしと御主では戯れでしかこのような関係は築けない故、とでも言おうか」 「オッサン…?」 何やらいい雰囲気になってはいるが如何せん二人は火男で阿亀であった。 「阿亀仮面殿… 弦月の前立てに青い陣羽織、 籠手には雷の紋様が刻まれ、 腰には政宗殿と同じく六本の刀を差しておられる、 なんとも気位の高そうな御仁とお見受けするが…」 「何でそこまで観察しといてわかってないんだろうねぇ…」 心配になってこっそりついて来ていた佐助は自分の上司に溜め息を禁じ得ない。 観察眼はあるというのに、識別能力が相当おかしい。 佐助が現代にいたならば 証拠を全て綺麗に判別しながら犯人を間違えるへっぽこ探偵のようだ、 と例えた事だろう。 「そんな阿亀仮面殿と火男仮面弐号殿が… …ぐう…っ」 「ちょ、どうしたのさ旦那?!」 佐助は急に蹲った幸村に慌てて駆け寄った。 幸村は不思議そうに胸を押さえた自分の手を視た。 「わからぬ。 だが、心の臓が軋んでおるような…」 「おやまあ」 それは嫉妬かな、と佐助は目を丸くした。 頭ではわかっていない二人の正体を本能で感じたのか。 だが、どちらに、どういう風に? 「おい。大丈夫か? 真田幸村」 政宗は幸村の様子に気遣う声を掛けた。 幸村は応えるようにすっくと立つと、 「御心配痛み入る。 なれど貴殿との手合わせには問題ござらん!」 びしり、と二振りの槍を構えた。 「お相手、してくれるのでござろう?」 問い掛けに、政宗は深く頷いた。 「all right、なら改めて、 阿亀仮面、推して参る!」 「真田幸村! 全力で御相手致す!」 「Let's party!」 最初から真っ向勝負で、刀と槍がぶつかり合う。 政宗は一刀のみで幸村の二槍を凌いでいた。 佐助は火男仮面弐号こと信玄の横へ移動しその様子を眺める。 仮面をしていてもわかる。 政宗の歓喜が。 「妬けるか? 佐助」 「なんの事です? 火男仮面弐号の大将」 「呼び方がごっちゃになっておるぞ。 さては動揺したな」 「それより大将。 さっきのアレは何だったんです? 伴侶とかって、 そんな冗談言うなんて珍しい」 「火男と阿亀は対。 それだけのことよ」 「…それだけ、ねぇ」 腑には落ちないが納得するしかなさそうだ。 佐助は口を閉ざし戦いの方に目を向けた。 そちらは政宗がとうとう六刀を抜き 幸村はその苛烈さにうち震えていた。 「なんたる事…! 某には政宗殿という心に決めた御仁がいるというに」 「それ、宿敵としてって意味だよね?」 佐助は離れた場所から突っ込む。 「阿亀仮面との手合わせもそれと同等に胸が高鳴り申す…! これでは政宗殿に顔向けが出来ませぬ…!」 「HA、構わねぇだろ? 好敵手は多い方が楽しめるってモンだ」 「なりませぬ!」 真顔で否定され、政宗は眉を顰めた。 「何でだよ?」 「政宗殿が某と戦う時のように輝く相手が他にいると… 考えただけで胸が締め付けられます故…!」 「ふむ。 幸村も一人前に独占欲を感じるか」 「真面目だなあ旦那は」 「浮気されたくねぇから浮気はしたくねぇ、ってか。 hum…ま、ギリギリ及第点ってことにしといてやるか」 政宗はそう言うと跳躍して間合いを取り、刀を収めた。 「どういう意味でござるか…?」 困惑する幸村に、仮面を外して見せる。 乱れた髪を直すその姿を、幸村は呆然と凝視した。 「政宗…殿…?」 「に、ソックリ、か?」 「否! 政宗殿御本人でござろう?! …安心致しました…!」 ほう。と身体の力を抜きへたりと座り込んだ幸村に、 政宗は微笑む。 ぎりぎりではない。合格だ、と。 何事かに気付いたようにはっと顔上げた幸村は 「なれば、火男仮面弐号殿はもしや?!」 と視線をさ迷わせると、仮面を外した信玄を見つけ固まった。 「なんと…!」  「今回はちゃんと一発で理解したか。 一応学習出来たんだな」 政宗がそんな皮肉を口にするが ふるふると震える幸村の耳には届いていないようであった。 「お館様と政宗殿は夫婦でござったのですか…! それは…め、めでとうござる…!」 「はぁ?!」 佐助はぽかんと口を開ける。 まさかそこを間に受けるとは思わなかった。 だがそれを受けた政宗の反応が 「ばっか、んな訳ねぇだろ…」 照れながら視線逸らすと言うもので、 「あれ?! なんか本当っぽい?!」 佐助はしかもなんかかわいいっぽい! と額を押さえた。 「うむ」 「大将も満更でもなさそう?!」 「めでたき事と思うというに某のこの息苦しさはどうしたことか…!」 「ああっ?! なんか泥沼?!」 修羅場のような状況に頭を抱えた佐助は混乱の極みで、 己の中の感情に目を向ける余裕は無かった。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 一度はやっておきたい、政宗も仮面。 弐期十三話じゃなくてドラマCD寄り。 最初は普通にサナダテの予定でした。武田軍→←政宗になった。 …すみません信玄×政宗も好きなんです。 わしで俺なのはアニメ版仕様だからです。                 【20110526】