虎の意を継ぐ / 3;謙信+政宗

 

謙信は自分の領地へ訪れた客人に ふんわりと淡い笑みを向けた。 「珍しいですね。 そなたが戦とは関係なくわたくしに逢いにくるとは」 政宗は独りで上杉領へ訪ねて来ていた。 先に出した文で、二人きりで話したい旨の伺いを立てていたので 余計ないざこざは起きずに謙信の元へ通らされた。 二人きりと言いつつも 謙信にべた惚れのくのいちは居るかもしれないと懸念していたが、 どうやらきちんと席を外しているようだ。 それを察した謙信は 「うつくしきつるぎには信玄公の様子を伺いにいかせましたよ」 と説明する。 「様子もなにも、 もうピンピンしてたがな」 「ぞんじています。」 政宗は謙信を見つめた。 謙信も、立ったままの政宗を見つめ返す。 「どうぞくつろぎなさい」 促され、政宗は腰を下ろした。 かちゃり、と防具が音をたてる。 戦うつもりはなかったが戦装束を着て来ていた。 謙信も戦いに出るときのいでだちである。 二人とも、互いを相手にするならばこれが正装だった。 政宗は兜を脱ぎ脇に置く。 「話題を振ってきた、ってことは オレが来た理由はわかってたみたいだな」 「なんのことです」 「とぼけんな。 アンタ、 虎のオッサンの後継者がどうとか真田幸村や家康に言ってたみてぇだが どういうつもりだ?」 「どういうつもり、とは?」 「アンタが一番知ってるはずだろうが。 虎のオッサンには誰もなれやしねぇって事は」 「……そうですね」 現時点で虎の魂を一番色濃く継いでいるのは家康だった。 遠くにいながら敵として相対した経験がその生き方を正しく受け取った。 一方幸村は一番近くに居ながら一番遠い所に在る。 二人に逢い、謙信はそう判断を下した。 だが政宗にはそんなことはどうでも良かった。 政宗が求めた幸村は信玄の意思を知らなくても充分だった。 どう考えても、この先どう転んでも、 天下を狙う軍の大将をやれる器ではないのは目に見えている。 人には向き不向きがある。 信玄が上洛出来ずに没したとしても幸村がその夢を継ぐ必要はない。 それは本人もわかっているようだ。 判断すべきは日ノ本統一を掲げている誰に肩入れするかだと。 その判断基準も「信玄が戦いたがっていた相手の敵に加担する」 というある意味首尾一貫したものだったが。 だから家康が幸村よりも信玄に近いのは当たり前だ。 日ノ本を統べる。 その大志を抱いているのだから。 だがそれでも政宗には家康も信玄より遥か遠くにいると感じる。 目に入っているものしか観ていない者に 常に大局を視ていた信玄にはまだ遠く及ばない。 魂だけ継いでも実力が伴わなくては意味がない。 「そもそもアンタ自身が何も遺すつもりがねぇのに 何で虎のオッサンの後継者を求める?」 「なればそなたがわたくしを継いでくれますか?」 「願い下げだ。 オレはオレ以外に成れる気はしねぇしなりたくもねぇ。 特に、ライバルが臥せたからといって 冷たい雪と氷の城に閉じ篭っちまうアンタにはな」 「そなたに何がわかりると言うのです」 「わかんねぇさ。 例えライバルが身体を病もうが心を病もうが そればっか考えてる程オレは暇じゃねぇ。」 「……そなたは…」 政宗が宿敵と定めた相手、幸村は 心を病み、本来の己を見失っていた。 つまり政宗は謙信と等しく、宿敵を失っていたようなもの。 「つよく…うつくしきりゅう。 乗り越えてきたのですね。それらを」 「ah、あんまり買い被られても困るがな。 こっちもそれどころじゃなかったんだし」 政宗はばつが悪そうに頭を掻き、目を閉じる。 怒りで我を失いかけていた。 矛先、目指す先がたまたま天下分け目に繋がった。 それだけだ。 「そなたはそれで良いのです。 ですがあの二人はのぞんでいました。 あの男の進む道の続きを」 「ま、虎のオッサンが大した男だって事は認めるが」 「認めるどころではないでしょう。 そなたは甲斐の虎を想えばこそ 簡単に後継者などを作りたくない、作って欲しくないと そういう気持ちでわたくしを訪ねてきたのではありませんか?」 「虎のオッサンは真田幸村にそうあって欲しいと思ってんだろうが あの男が、家康であろうと、 武田のオッサンに近付けば近付く程 オレには違う部分ばかり目に入るだろうな。 アイツらは自分らしく伸びてって貰わねぇと困る。 …継ぐ、って言い方のせいだな」 「そうですね。 わたくしの中にも虎の魂はあります。 そして、そなたの中にも。 それと等しくあの男の中にはわたくしやそなたが宿っている事でしょう。 若き虎や、三河の虎とて同じこと」 「オッサンはともかく アイツらあんまり虎って感じじゃねぇがな」 政宗は宇都宮の飼う虎を観てしみじみとそう思った。 「たけだけしきりゅう… そなたのまとう雷は光を放ち、炎を生む。 なにも先達ばかりが指針ではありません。 そなたを身近に置いたならばあの者達も数多のことに気付くでしょうね」 「HA! 気付いて貰う必要はねぇがな。 下手に開眼して独眼竜が天道を往く邪魔をされちゃ迷惑だ」 「そなたも大きな矛盾を抱えていますね。 甲斐の虎を重ね あの者達の成長を妨げるなと文句を言いに来たのでは?」 政宗はハッと嗤った。 「それはアイツら次第だろ。 アンタに文句があるとしたらただ一つ。 偽者を求めるぐらい欲してるんだったら 直接自分で本物の虎のオッサンに逢いに行け、 だな」 政宗はそう言うと、話は終いだ、とばかりに兜を被った。 「独眼竜…伊達、政宗」 「どうした軍神さん」 珍しく名前を呼ばれ、政宗は首を傾げる。 謙信は能面のような貌を和らげた。 「いつか…そなたと甲斐の虎、三人で顔を合わせたいものです」 「遠慮しておくぜ。 アンタらの仲に割って入る野暮はな」 「慎み深いのですね。ですが、そなたならば、 わたくしとあの男と、肩を並べるに値します」 「だから買いかぶりすぎだ」 「いやなのですか?」 「……違う。 アンタら二人と一緒にいたら疎外感に苛まされるに決まってる」 それは辛いだろう、と表情を曇らせる政宗に、 謙信は口元を綻ばせた。 それを辛いと感じてくれるならば。 「だいじょうぶですよ。わたくしも信玄公も、そなたを気に入っています。 竜でもあり、虎でもあるそなたを」 天下を口にしながらも 家康のように大言を掲げることも無く、 だがその胸の内には民や兵への想いを秘めている。 幸村のように悩みを表に出しはせず、けれどいくつもの痛みを抱えている。 その彼を思う存分甘やかしてみたい。 自分と―そして、信玄で。 謙信はそう想った。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 3の色んなルートをごちゃ混ぜしました。 謙信の平仮名具合が良くわからなかったです。                        【20110528】 以下やたらと長い言い訳。↓ 面倒臭い話ですみません。筆頭至上主義過ぎてすみません。 家康と幸村は信玄の背中を追いかけてるけど 筆頭は信玄や謙信と肩を並べる立場ですから。 綺麗な三角関係です三人が三人とも濃い矢印を出してるっていう。 うち二人が若くない?のでまったりした関係ですが。 っていうか虎の後継者なんか要るかぁ!を書きたかった。 家康が信玄を、ってのが一番良くわからない。 信玄が好きで幸村が好きなんで。謙信も本人しか欲しくないと思うんだけどなあ。 でもこれ書いてすこしスッキリした。