うそのない男 / 元親×政宗

 

領地の港に船が入るとの報を耳にし、
城内にいた政宗は配下の者の止める声も聴かず単身馬を走らせた。
それが、幾久しい、友人以上の存在である相手の船だと知ったからには
何を置いても駆けつけずにはいられなかったのだ。

「久方振りだなぁ独眼竜」

待ち構えていたように挑戦的な表情で、且つにこやかに挨拶してくる元親に
政宗は馬から降りゆったりとした足取りで近寄る。
例え全速力で来たことがバレていたとしても余裕を見せたかった。
着物の裾が乱れている時点で隠し通せていないのだが、
元親は政宗のそういうところも可愛いと思っているので問題ない。

「ああ。前はオレから逢いに行ったんだったな、ちょかべ」
「……ん? 今なんか妙じゃなかったか?」
「気のせいだろ」
「…まあいいか」

違和感を感じたが深く考えないことにし、元親は政宗の周囲を見回す。

「あんた独りかい?
いつものおっかない右目のニイサンはどうした?」
「ah? なんだ。小十郎が恋しいのかよ。
心配しなくてもすぐに追い付いて来るはずだぜ」
「いや。鬼の居ぬ間になんとやら、と思ったんだがな」
「政宗様!
また職務を放り出されて…!」
元親が政宗の頬へと手を伸ばしたタイミングで
いつもは綺麗に後ろに流している前髪を乱し、小十郎が馬を嘶かせて到着した。

「残念だったなちょかべ。Time limitみてぇだぜ?」
「そうみてぇだな、って独眼竜。」
「アン?」
「全然気のせいじゃねぇじゃねーか! 誰がちょかべだ!」
「言い難いんだよアンタの苗字」
「なら名前で呼んでくれりゃいぃだろーが!
つかあんた、ちょっと前まで俺の事『西海の鬼』って呼んでなかったか?!」
「だからこうして頑張って名前で呼んでんだろ」
「その呼んでる名前が違ってるじゃねぇか!」
「まあ待てよちょかべ」
「だからあんたな」
「アンタはちょかべで良い筈だ。何せ嘘のない男だからな」
「嘘がない、だぁ?」
いきなり何を言い出すのか、と目を丸くする元親に、
政宗はゆっくりと頷いて見せた。

「Right。だから長曾我部よりちょかべの方が合ってる」
「ちょうそかべ…ちょかべ…
成程『うそ』を抜いたってのか」
納得したように組んだ腕から手を伸ばし首筋を撫でる元親に
政宗は満足げに「そういう事だ」と笑顔を向ける。

「…我が主ながら咄嗟の言い逃れの力量には目を見張るものがあるな…」
口を挟ます最後まで成り行きを見守っていた小十郎は
思わず声に感心を込め呟いてしまった。
無駄に堂堂とそれらしい事を言い切っていたが、
まず間違いなく面倒くさいから縮めて呼んだ、が正解だろうに。
権謀術数も蔓延る戦国の世では危険回避も重要な能力だ。

元親は政宗を見つめる。
正面から向き合うと互いに片方だけ晒されている瞳がかち合う。

「なら」
元親はゆったりと口を開いた。
悪戯小僧の表情で。

「あんたも『政』で良いよな?
ムネなんてねぇんだから」
「ah?
なに言ってやがる。
あるだろ。広い胸が、ここに」
政宗はとん、と親指で自分の胸を示す。
「でかい海を自由に往き来するアンタだって受け止めてやれる
深い胸がな」

「………!」
挑発的な艶めいた笑みに、元親は息を呑む。
「それは…誘ってんのか?」
「嘘のない言葉をくれりゃあオレはいつでもアンタを受け入れてやるぜ?」
「政宗…」
導かれるように顔を近づけていったが。

「そこまでだ西海の鬼」

「?!」
煌めく刃が遮った。
刃を、元親の方に向けて。
さすがに傍観していられなくなった小十郎が、割って入ったのである。
丸腰で飛び出した政宗と違い、きっちり愛刀を携えていた小十郎は
ここぞとばかりに元親を威嚇した。

「おいおいおい。一歩間違えば本気で死ぬぞそれ?」
「政宗様に無礼を働いたのだ。殺されなかっただけ有り難く思え」
「あんた本当におっかねぇよ」
慌てて跳びずさった後ろで
「そりゃねーっすよ右目の兄さん!」
「良いとこだったのに!」
「やっと…やっと兄貴の悲願が叶うって…!」
長曾我部軍の野郎共が小十郎に批難の声を浴びせる。
それを、
「鎮まれぃ野郎共!」
元親が振り返り一喝して黙らせた。

「けど兄貴…!」
「今のは俺の失態だ」
「兄貴…?」
そして困惑する手下から視線をそらし、
微かに戸惑いを浮かべている政宗を視て、柔らかく微笑む。

「あんたとの初めてがなし崩しじゃもったいねぇからな。
…何日か、世話になっていいか?」
「勿論だ。アンタの部下ごと盛大にもてなしてやる」

快諾する政宗の後ろで、小十郎は遠い瀬戸内の毛利に
「今の内に四国を攻めろ」と念を送っていた。

実際そんな事態になれば、
還る場所を失くした元親は政宗の元にずっと留まることになってしまうだろうが。


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 お久し振り…ですよ。
 しかも書きかけじゃなく思い付きだよヒドイな!

 ちょかべと呼んでいるのは自分です。だって呼びやすいじゃん?

                              【20111029】