蒼天の霹靂;弐

 


 

 

 

元から人通りが少ない道でもあり、遅い時間と言うことも相俟って
元親は他の通行人とすれ違う事なく友人宅の前に辿り着いた。

当の友人である元就は、
自宅―経営する医院の玄関口に立って待ち構えていた。

二十代の若さで院長を勤めているのは生まれ育った環境のお陰ではあるが
それを続けていられるのはひとえに個人の努力と実力の賜物である。

無表情で淡々とした喋り方のためともすれば冷たく感じられてしまうが
腕と、患者への労りの心は確かだ。

「無茶をする」
両腕が塞がっている元親のため―と言うよりも、
元親に抱き抱えられている患者予定の青年のため背中で扉を押さえ中に招き入れる。

青年の鎧兜姿には目にした瞬間にだけ軽く眉を潜めたが
それだけで直ぐにいつもの無表情に戻った。
可愛いげがない。と元親は思うが、
いちいち動揺していては
患者にしてもその付き添いにしても
心許ない医者だ、と判じ、不安を抱きかねないだろうともわかっている。
ゆえに、「友人として」の評価だ。

元就は一番近い診察室に導きベッドを示しながら空いた手で青年の兜を脱がせる。
前立ての大きな三日月の意匠を邪魔そうに眺め、
ベッドの横の篭に入れた。
六本の刀も腰から鞘ごと引き抜き、共に。
はみ出てしまい入れると言うより置いた形になるが。

「ゆっくり寝かせよ。
…ふむ。傷はこれか。」

きつく止血をしていた布は
紅い血で染め上げられていて元の色がわからないほどだ。
乾ききっていないそれを外して床に捨て置き傷口を高くするように姿勢を変えさせると、
かしゃり、と防具の触れ合う音がする。

傷のある太股の防具を勝手がわからないながらなんとか外し、
付近の布もやや乱暴に破ると傷口を露にさせ
洗い、ぎちりと包帯を巻く。
そして用意していた点滴を付けようとして
籠手に阻まれぴたりと手を止めた。

「他に怪我がないかも改めてねばならぬが…」

何処からどう脱がせていけば良いのか困惑しているようだと察し、
元親は
「手伝うか?」
と助け船を出した。

そもそもは元親が持ち込んだ厄介事。
元就は当然とばかりに鷹揚と頷く。
「任せる」
言いながら、自身は何故か怪我をしている様子の無い顔―眼帯に手を伸ばした。

「おい」
「貴様は何とかしてこやつを裸にひん剥け。
取り急ぎ上半身だ」
「その言い方、どうかと思うんだけどよ」
「貴様の頭がどうかしているから変に捉えるのだ」
「男を脱がせる趣味はねーんだよなー」
ぶつぶつ言いながら防具の攻略にかかる。
「貴様自身は常に無駄に肉体を晒しておろうが」
「それとこれとは話が別だろ。あんたこそ夏ぐらいは薄着しなよ」
「……」

不意に黙り込んだ元就に、
元親は手を止めその原因を探った。

「どうした?
…あー、本当に片目だったからか」
「貴様と言う知り合いがいてそれぐらいで驚くわけがなかろう」
「そりゃそうか。
だったらどうした?」

元就は質問には応えず、
兜に目をやり、存在しない右目を睨み、
元親の手により中途半端にはだけられた上半身を見遣る。

数秒の思案の後、
普段着の上に纏っていた白衣のポケットから、
元親からの連絡を受けた後に無造作に突っ込んだ携帯電話を取り出すと、
かちかちとボタンを操作し、通話をする体勢を取った。

気にはなったが元親は服を脱がせる作業を再開する。
呼吸が浅く感じる。取り早く楽にしてやりたい。
折角拾ったのに救えなかったでは寝覚めが悪い。と切に思う。

「起きていたか。
貴様、こちらに戻って来ているな?
我の病院に来い。今すぐだ」
誰かを呼び寄せているらしい。
「必要だからこうして頼んでいる。」
頼んでいる態度には到底見えないし聴こえない。
残念ながら元親はそれに慣れてしまっているが。
相手が頑なに拒絶しているのか、元就は疲れたように嘆息すると
姿勢を正した。

「では、大至急来たくなるようなキーワードを与えよう。
馬鹿が拾い物をして来た。
刀傷を負った鎧姿の青年だ。
兜の前立てには大きな三日月があしらえてある。
右目は失く、
身体には、目を失くした原因とおぼしき病の痕が残っている。
恐らく、我が知識でしか知らない病気のものだ。
どれだけ子供の頃に罹っていたとて
二十歳前後の青年が患った経験があるはずのない、な」
『……!』

不快な音がしたのか元就は電話を耳から離す。
指は勝手に反射的に通話終了ボタンを押していた。


                                                            【参】


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前振りがやたら長いがいた仕方あるまい。
筆頭、着着と剥かれてます。よ。

                                                   【20100925;初出】