蒼天の霹靂;捌

 

 

それは佐助が、
共に日常生活を送ることによって政宗の中に様々な人間らしい表情と行動を垣間観て
親近感を募らせ、
名前を呼び捨てにしてもいいかな、出来るかも!
と気合いが漲り決意した、
そんなタイミングだった。

夕刻。
「時に政宗」
仕事を終え、政宗が作った夕食を堪能し茶を飲んで一息ついていた元就は
思い付いた、という体で政宗に話しかけた。
その日本茶も政宗が淹れたものである。

食事の後の皿洗いなどの後片付けは元親と佐助が交代で担当しており
この時は元親の当番だった。
ので、食卓には元就と政宗、そして佐助が座っている。
元就の正面に政宗、その隣に佐助と言う配置だ。

「何だ? モトナリ」
「もし、
佐助の奴が実は真田幸村の熱烈な信者で
今までの言動が貴様の油断を誘うため謀っていたとしたらどうする?」
「ちょっとナリさん、その喩えは有り得ないでしょ」

そうだとすると政宗の事情を最初から知っていなければならないし
元就と元親もグルと言う事になる。
佐助は笑って軽く流そうとしたが、
「HA!」
政宗の嗤い方は、異常なまでに愉しげだった。

竜が牙を剥いた。
正にそう表現するのが相応しい、
表情と覇気。

「その可能性はコイツの顔を観た時から考えてたさ。
だが、温いコイツに俺の首は取れねぇだろーな」
「首なんて狙ってませんから! 取るつもりは微塵もないよ!
そんな可能性頭から追い出して?!」
「しかしこの時代、
貴様の知らぬ相手を無力化させる為の方法が数多もある。
対抗できる自信があるというのか」
「all right!
おもしれぇじゃねーか。望むところだ。」
「望まないで下さい!!
何一つ面白くないよ?!」
佐助はいちいち大声で否定し息も絶え絶えだ。
それより何より。

好戦的で高い気位。
まさに、若くして奥州筆頭を務め上げる、竜。
その片鱗をひしひしと肌で感じ、佐助は、
こんな人を呼び捨てなんて畏れ多い、
と畏縮してしまった。

「…なんつーか、楽しそうだな二人とも。
あんま佐助で遊ぶなよ?」
皿洗いを終えた元親は手をズボンで拭いながら政宗の横に立った。
タオルで軽く拭きはしたが雑だったため、微妙に濡れていたのだ。

「俺は本気だぜ?」
「我とて無意に喩え話などせん」
「あーそーでしょーとも。」

佐助が政宗に対して馴れ馴れしくなってきているな、とは、
元親も気付いていた。
元就の行動が、それに対する牽制だとも。

「アンタのその悪魔みてーな機転、空恐ろしいよな」
「煽てても何も出んぞ」
「……。
なぁ政宗、
俺今、コイツの事褒めてたか?」
「モトナリがそう取ったんならそうなんじゃねーか?」

政宗に言われ、
元親はそんなもんか、と納得し
そう言えば、と、用があった事を思い出した。
腰を屈ませ政宗と視線を合わせる。

「前預かった服、近い内に返せそうだぜ。
傷のところ破れてただろ。
上着にも細かいほつれがあったから
知り合いの裁縫巧いヤツに繕いを頼んでたんだ。
そしたら作り直した方が早いってことになって、
それが出来たって連絡が来た。
前の服も修繕出来るだけしたみてーだから二着来ちまうが、どうだ?」

そんな説明に、
政宗は初耳だと、まじまじと元親を見詰めた。

「んな事になってたのかよ?
sorry…いや、thanx、か」
「礼なんざいーってことよ。
俺が勝手に気になって勝手したただけだ。
頼んだヤツも、あんま見ねぇデザインだからかえっれぇ興奮してやがって、
かなり楽しんでたみてーだしな」
「有り難いのは確かだから礼ぐらい言わせろ。
そいつにも伝えてぇな。
裁縫が得意、って事は女か?」
「男だ。小太郎っつう無口なヤローさ」

その名前に、政宗はぴくりと眉を動かした。

「小太郎…?
なんか聴き覚えがある…気がすんな。
無口ってのも何か…
um~?」

記憶のどこかが疼くのか、もどかしそうに唸る政宗に
話を聴いていた元就は
小太郎か。史実には風魔小太郎という者がいたが」
と告げる。

それを耳にした途端、政宗の表情が晴れた。

「that's right!
風魔! 北条のジイサンとこのアイツか!
伝説の忍!」
「…伝説の…」
「忍…?」
元親と佐助は、漫画や映画のキャッチコピーめいたフレーズに
首を傾げ眉を潜ませた。

「小太郎ってヤツも風魔に似てんのかな?
っても素顔も声も知らねーんだが。
うっわ逢いてーな。
な、今度そいつ」
「お断りします」
元親ではなく佐助が、横から言葉を遮ってまで全力で拒否した。

「何でだよ」
ムッと膨れた政宗に対し、
佐助はそれを超える不機嫌で喚く。

「何で、はこっちの台詞なんですけど?!
アンタ俺様を初めて観た時のリアクション憶えてる?!
警戒心剥き出しにした獣みたいだったじゃん!
さっきのナリさんとの会話だって、未だに信用されてないって事だよね?!
なのになにそれ、伝説の忍だか何だか知りませんけど、
目に見えてワクワクしてる感じ!
俺様すっごい腹立つっていうか相当ショックなんだけど怒って良いよね?!」

一気に捲し立てた言葉に対する友人達の反応は
「…嫉妬か」
「佐助ー男の嫉妬は醜いぞー」
で、
まるで共感する気配がない。

政宗は思いもよらない佐助の剣幕に
意味がわからずきょとんとした。
懸命に、言われた内容を理解しようと頭の中をフル回転させる。

「嫉妬じゃありません! 正当な抗議です!」
ようやく佐助が怒っている理由を把握した政宗は
余計に困惑し頭に手を当てた。

「ったってなぁ。
北条とは別に仲良くもねーが悪くもねーし。
風魔に酷い目に遭わされた憶えもねぇ。
その点、猿飛には何か目の敵にされてるっぽかったからなぁ。
自分とこの主人を誑しやがってとでも思われてたのかもな。
面と向かって嫌いとも言われたし」
「っ?!」

佐助は信じれない、とばかりに固まった。
それなら、政宗の反応も。
「そりゃ仕方ねーわ」
「なれば政宗を恨むのはお門違いよ。
其奴と酷似している己を嘆け」
元親と元就は納得して頷いている。
自分達は政宗に身構えられていないからこその寛大過ぎる擁護だろう。

佐助はがっくりと項垂れた。

「…うう。
何か俺様、逆恨みだってわかってても
逢ったこともないその猿飛佐助さんのこと呪いたくなってきた…」
「no problem!
今はもうアンタとアイツを同一視するなんてマナー違反はしねぇぜ!」
「政宗様…っ本当に?」
感激のあまり瞳を耀かせ様付けで名を呼んでしまう。が。

「……ah、maybe?」

格好良く言い切った後の心許ない付け足しに、
「政宗さぁ~ん…」
さん付けに変わり、佐助は肩を落とした。

        
                                                                【玖】

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

小太郎なのは外伝のお楽しみ武器のせいです。
…出てきませんよ?

                                                            【20101002】