蒼天の霹靂;拾

 

 

休日、
元親が午前中から元就の家を訪ねてきた。
休みの日は午後から来ることが常なので何事かと思ったら、
「早く渡したくてな」
との事だった。
何をかと言うと。

「遅くなっちまったが返すぜ」
そう言って差し出された段ボールは、
中に、防具一式―鎧と、着物を詰めて持って行った、その時と同じもの。

「ああ、アンタが持ってってたんだったな。」
身体が鈍らないようにと毎日振るっている刀と違い、
必要にならなかったので危うく忘れかけていた。

「おうさ。
こっちは小太郎のヤツが繕って…あー、拵えてくれた服だ。
…新しい方、デザイン違ってるよーだが
どーしちまったんだアイツ」

友人の行動に首を傾げているが、
「…アンタが直してくれた籠手も前と違ってるように見えるが?」
政宗は冷静に指摘する。

「カッコいいだろ!」
悪びれなく大威張りで同意を求められたので
政宗は改めてしげしげと眺め、
感じたままに評価を下すことにした。
「ah、…ま、coolだな。どっちも。」
世辞ではないとわかってか、元親は「な?」と会心の笑みを返す。

それにしても、やっぱり「小太郎」とは逢えないのか、と、
ほんの少し…本当に少しだけ残念に思う。
興味があったのだが。
そう考えていた政宗には、気のせいか、
二人のやりとりを黙って眺めている佐助の視線が突き刺さるように感じられた。
罪悪感を刺激される。何故か。

「身に付けて確かめてみてくんねーか?
おかしなとこがあったら直さねーとだし」
「all right」

ならば、と政宗が服を持って
あてがわれている部屋に移動しようと居間から出て行こうとすると、
何故か元親も後ろを付いて来た。

顔に疑問符を浮かべ振り返る政宗に、
元親はにかりと笑い防具の入った段ボールを持ち上げて見せる。

「これとそれ、
着るとこ観てていーか? 参考にしてーし」
「っ!!」
「参考? …構わねーが」
「さんきゅ」
「ちょ、チカさんっ…?」

慌てる佐助を訝しがりがなら、政宗は「だが」と元親を見上げる。

「どうせなら下穿きも揃えてぇから、それを替えるまでは待ってろよ?」
「そりゃ当然だ。
別にお前さんの裸を見たい訳じゃねーからな。
…誰かさんと違って」
ぽそり、と呟かれた最後の言葉は政宗の耳に届かなかったが、
元親が意味ありげに視線を流した先が佐助だと言うことには気付き、
けれど、理由までは解らなかった。

先に新しく誂えててくれたと言う衣装に先に袖を通してみる。
前の服は修繕しただけでサイズなどは変えていないだろうし、
見た目にも問題がないように思えたからだ。

小太郎が仕立てた服に着替え終えた政宗は、
着心地に満足し、
更に防具も身に付けていく。

元親はすぐ近くで観察しつつ順に武具を渡し装着する手助けをしていた。
が、最後の仕上げの兜を渡そうとした手を止める。

「その服だとこの兜は合わねーか」

黒みがかった紫の衣装に、黒と金の稲妻の意匠の防具は問題なかったが
蒼い兜だけは浮いてしまうように思える。

「だな。色が合わねぇ」
政宗は頷き、兜を受け取ると
畳んだ蒼い陣羽織の上にコトリと置いておいた。

暫く振りに眼帯も愛用の物に替える。
血が騒ぐとでも言うか、気分が高揚しているのがわかった。

装備が調ったのを見計らったかのように
がちゃりとドアが開いて元就が顔を覗かせる。
後ろには佐助の姿もあった。

元就は元親を無視してつかつかと一直線に歩を進め、
政宗のすぐ傍で足を止めた。

確かめるように上から下まで眺めると、
「着替え終わったな。庭に出ろ」
言いながら、ずいっと刀を差し出す。
六本全て。
政宗は反射的に手を出し、受け取り慣れた動作で腰に差すと、
久し振りの完全武装にほぅっと息を吐く。

そして、さっさと踵を返して先を往く元就の後を追った。
元親と佐助もそれに続く。

庭に着くと元就は芝居がかった所作で手を動かし、広い空間を示した。

「もう傷も完全に癒えていたな。
見せてみるが良い。
貴様の本当の戦闘スタイルを」

その言葉に一瞬驚いた表情を浮かべた政宗だったが
「…OKey」
直ぐに、応じるように動き始めた。

「? 本当の?」
「戦闘スタイルっても…」
佐助と元親は不得要領な顔で鸚鵡返しをする。
日課のように刀を振るっていた。
それが「本当の戦闘スタイル」ではないのか、と。

政宗は中央の、邪魔なものがないひらけた空間に進み出ると、
初めに左側の腰に差した刀の柄に手を掛けた。

じゃきんじゃきんじゃきん。

次次に刀を抜き、構えた姿は、
「一度に六本…? 指の間にって…!」
「握力どーなってんだ?」
佐助と元親の度肝を抜くのに充分だった。

元就は「何を驚く」と小馬鹿にした眼差しを二人に向け、
すぐに政宗へと視線を戻して淡々と語り始める。

「あやつの手をしっかり観ればわかろうものを。
両手に、刀を一度に持たねば出来ぬであろうタコがあった」
「そこまで観てないっていうかタコに気づいたってそうは発想できないですけど!」
言い返す佐助の声は裏返っている。
「随分常識はずれだな」
元親は感心しているが
政宗からすれば
大きな錨を軽軽と操り、武器にして闘う男と瓜二つの人間には言われたくないところだ。

政宗は数回素振りをし、感覚を確かめる。
問題ない。
気力も漲っている。
行ける。

「久し振りに…やるか。
竜の爪痕…否、相手がいねーなら―…」

すう、と息を吸い、
ふっと軽く吐いて呼吸を整え、
集中力を高めると
蒼とも黄金とも見える不思議な色彩を湛えた隻眼が煌めいた。

「…クセになるなよ」

見えない敵に向けたように呟き、
怒濤の斬撃を生み出す。
まるで―荒れ狂う、雷のような。

「…っ!」
佐助は言葉を失くし
「これ程とは…」
珍しく元就の声に感情が乗る。
「…踊ってるみたいだな」
元親の感想に、
技の発動を終えた政宗は「right!」と笑顔を向ける。

「BINGOだぜモトチカ。
今の技…六爪状態は、WAR DANCEってんだ」
「ろくそう?」
「『そう』は爪か」
「よくわかったなモトナリ」
「確かに猫が爪で引っ掻いてるように見えなくもなかったな」
「hahaha、
…竜の爪痕、その身に欲しいか? モトチカ」
「死ぬよ?!」
冗談に聴こえず、佐助は思わず突っ込む。
アレを受けて生きていられる人間などいやしまい。
実際はいるのだが。

「そいつはベッドの上ででコイツの背中に付けてやってくれ『独眼竜』」
「チカさん?!」
「bed? …戦いづらくねーか?」
「「「……」」」

政宗は元就の寝室の掃除もしている。
ベッドのなんたるかはわかっているはずなのだ。

「…そーいやこの『政宗公』、嫁さんいねーんだっけっか」
「それにしてもあの政宗公の側近…小十郎さんかな、
どんな教育してんの」
「あやつにきちんと子孫が遺せるのか心配になってきたわ」
三人は顔を突き合わせぼそぼそと密談を交わす。
非常に余計なお世話である。

「…ah、
hey、お三人さん」
気の抜けたような声の呼び掛けに振り向くと、
政宗が蒼い光に包まれていた。
自身が発している雷電とは違う。

「お迎え…みてーだな」
政宗は複雑な表情で三人を見つめていた。
微笑んでいるようで、
泣いているような。

「おいおい。このタイミングでかよ! 心の準備が…」
「否。むしろ好機であろう。
戦装束で、武器がなくては戦場に戻ったとて死ぬだけよ」
「まさかそれが条件か?!」
ならば元親がきっかけを作ってしまった事になる。
「さて」
そして元就が。
尋ねたとして正解を教えてくれる者はいない。

「ま…さむね公…」
佐助は、ふらりと政宗に近寄った。

「な…んで。
まだアンタに教えてないよ?
今俺が住んでる、アンタが昔治めてた土地の人達は、
今でもアンタの事が大好きで―」
「それは俺じゃねぇ。が、そうなりてぇな」
「なれるよ! アンタなら」
「…サスケ。泣くな」
「泣いてな…
…っ泣くよ!
だって還っちゃったらもう二度と逢えないでしょ…!」
「…だろうな」

イレギュラーだったのだ。何もかも。
全て正常に戻るだけ。
覚悟していたから、佐助を除く三人は突然の別離にも関わらず潔くいられた。

佐助も覚悟をしていなかった訳では決してない。

ただ、大事なことがまだなのだ。

「じゃあな、サスケ。
モトナリとモトチカも。達者でな」
「ああ。
政宗、貴様も息災で…とはおかしいか」
「天下獲れよ政宗」
「当然」

佐助は必死で言葉を捜す。

駄目だ。
まだ言ってない。
政宗公じゃなく、
政宗に、
俺はまだ。

「政宗っ! 俺は、アンタが、」
「…see you」
「っす―」

伸ばした手が空を掴んだ。

言い終える前に政宗の姿は消えた。
その光景はまるで、
蒼い雷が竜となり天に昇り―還って行くような。

座り込む佐助の両脇に二人は並び立つ。

「間に合わなかったか」
「気付くのが間際じゃな」
「ナリさん、チカさん、
…知ってたの?」
仰ぐように見上げてくる佐助に、二人は深く頷いて見せた。

そう言えばやたらと煽られていた気がする。
特に元親に。

佐助は身体を投げ出すように、ばたりと大の字に寝そべった。
仰向けに。天を睨むように。

伊達政宗という名に惑わされ、
答を出せずにいた己の不徳を恥じるばかりだ。
だが。

「何でsee you…?
もう、逢うことなんてないじゃん…逢えないじゃんっ!」
腕を交差させ、
再び涙が溢れそうになる目許を隠すように顔を覆う。

期待はさせないで欲しい。
叶わない想いが燻ってしまう。

元親は腰に手を当て、やれやれと苦笑した。
「そうだな。姿しか観られねぇ」
「…?」
身を起こした佐助に、
元親はカメラを取り出して見せる。

「! っまさか…!」
がばりと身を起こす佐助に、ニヤリと悪戯っぽい笑顔を向ける。
「さっき撮らせて貰ったんだ。
小太郎に見せてやろうと思ってな」
「さすが! 俺にも!」
「諦めそーな気配を感じたんだが」
「それとこれとは別!」
両手を出しせがむ佐助を「わかったわかった」と宥める。

元就はふむ、と考える。
ならば、日常生活の中で撮ったものは佐助にくれてやる必要はないか、と。
何食わぬ顔で自分も元親に焼き増しを頼む気でいながら。

「貴様らの家は狭かったな」
「? 何だよ急に」
「そりゃ、ナリさんちに比べたらそうだけど」
「なれば
貴様にくれてやろうと思っていた奴が残していった陣羽織と兜は
我が大切に保管しよう」
「…あ!」
「兜!」
二人は思い出す。

政宗は小太郎が作った服を来ていき、
元の服と兜は、部屋に残していた。
あの還り方では、それらが消えていると言うことはなさそうだった。

「狭くても服の一着くらい!」
「兜…!」
「―と、取り合いになりかねぬから
一番広い我が家に置いておくと言っておるのだ。
異論は?」
「…ナイデス」
「アリマセン」

政宗が滞在していた事もあり
三人が集まるのは最早元就の家が定番になっていた。

三人は庭を後にする前に、
申し合わせたように突き抜けるような蒼空を見上げた。

消えない爪痕のように痕跡を遺していった竜が
知らない歴史の中で天下を抱く画を思い描きながら。


                                                               【終章】


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そんなわけで、自覚してませんでしたよ? 

書きそびれてましたが佐助は二人より一学年下です。(どうでもいい)
元親は板金系の仕事です。(ので残された兜に執着)


                                                            【20101005】