太陽と三日月/家政

 

 太陽と三日月  

 


同盟成立後、政宗は家康の私室にいた。
二人とも汚れを軽く落としただけの戦装束のままだ。
政宗は兜を脱いで傍らに置いている。

人払いをして貰い、お互いの側近もなく、本当の二人きりだ。

政宗には、家康に折り入って話しておきたいことがあった。

下座に回り、居住まいを正す。

「家康。
同盟を組むに当たって一つ頼みがある」
「何だ? 改まって。
らしくないな。
言ってみろ。ワシに出来ることなら何でもするぞ。」
にこにこと、快活な笑みをたたえる家康に、政宗は思わずふっと笑みをこぼし、
「有り難い申し出、痛み入る。」
だがあくまで下手に出る。

これから口にする事が相当無茶であると自覚していた。

すう、と息を深く吸い込み、吐息と共に身体の力を抜く。
そして床に片手を付き身を屈め、
上目遣いで相手をひたと見つめた。

「俺があんたにとって特別大事な人間であると吹聴させて貰いたい。
なんなら、良い仲だって事にさせてくれないか」
「っはぁ?!」

畏まった態度の挙げ句の突拍子もない申し出に、
家康は頓狂な声を上げた。
良い仲、の意味を正しく理解し、全身がかあっと紅く染まる。

対する政宗は涼しい顔で、
「許可してくるだけで良い。触れ回るのはうちでやる。
アンタが豊臣を討ったのは俺のためだったってことにすりゃもっと確実なんだが
そりゃああんまりにも嘘臭いからな」
あくまで静かに話すものだから、
沸騰しかけた家康の頭もすっと冷えた。

冷静になった上で検討してみる。
と、直ぐに真意に思い当たりはっと息を呑む。

「っ!
まさか独眼竜、その理由とは!」
「石田三成に俺を認識させるためだ。」

石田三成。
小田原で伊達軍を、殲滅させた男。
豊臣秀吉を倒した家康に憎悪を燃やし、その首を狙う―

―三成にとって何より大切だったものを奪った、家康に復讐を誓っている―

もし、同じ様な想いを味わせたいと考えたなら、
家康にとって大事な人物、それが判明したなら、
そちらに矛先が変わるかも知れない。

三成だけならばそうはならないだろう。
ああ見えて真っ直ぐな男だ。
真っ直ぐ過ぎて、周囲が見えなくなる程に。

だが彼の隣には謀略を良しとする大谷吉継が居る。
なにがしか進言する事も有り得る。

政宗の狙いは正にそこなのだろうが―

「俺を視てない相手を倒してもつまらねぇ。
ダシにしちまうアンタには悪いが―」
「ならば」
家康は政宗の言葉を遮った。
提案を撤回させたかった。

家康は、ごくり、と喉を鳴らす。
自分が言おうとしている言葉が信じられない。
だが。

「…信憑性を出すために、この場でワシに抱かれてみるか?」

思いの外するりと口から滑り出た。

政宗は、音を立てずに息を呑む。
一つだけの大きく瞳が見開かれる。
その反応を観、家康は安堵と、落胆をした。

「…アンタがそんな事を言い出すとはな」
「嫌なら―」
「いいぜ。そのぐらいの覚悟はある」
「―っ!!」

何故、そうまでして。

家康は弾かれたように立ち上がり、
「っ駄目だ!
駄目だ駄目だ駄目だ!」
全力で拒絶する。

「そんな噂を流して、
三成がお主を酷い目に遭わせでもしたらどうする!」
「酷い目っつったって死ぬぐらいだろ。易々と殺されたりはしねぇさ。
家康。俺がそんなに弱いと思っているのか?
あの男に負けると。
…まぁ確かに一度辛酸を舐めさせられたが」
「そうではない!」

政宗の落ち着いた声が、余計に家康を駄々っ子のようにさせた。

「それが嘘であるなら許可もしよう!
三成とて馬鹿ではない。空言になど騙されぬだろうからな!
だが今のワシがお前を失いたくないと思っているのは事実なのだ!
そんな事になったら、ワシは、
お前が望んだ事であったとしても、ワシは
耐えられはせん…っ」

震える肩と声。
ぐっと握る拳から紅い雫がポタリとが滴り落ちる。
強く握り締めたため、
掌に爪が食い込んだのだろう。

家康のその様子を
政宗は薄く口を開けて観ていた。
驚いたのだ。
まさか、そこまで自分を好いていてくれたとは思ってもいなかった。

抱く、などと言い出した時はまさかとは思ったが、
あくまで憶測の域を出なかった。

だが。ならば。

「嘘を吐く事にならなくて済むわけか」
「独眼竜!」
政宗は立ち上がると「落ち着け」と言いながら興奮している家康に近寄り、
間近で瞳を合わせる。

「復讐する気は疾うに失せている。
だが、けじめはつけねーとな。
あいつには
もういない自分の主と、それを討ったてめーしか見えてねぇ。
それ以外の相手には刀も鈍る。
それじゃ困るんだよ。
そんな狭量なヤツに勝ったところで何にもなんねぇ」
「…独眼竜」

地に落とされた。降りた。

どちらでもいい。
竜は竜のまま変わらないからだ。
奸計を用いるのが、弱体化した相手を叩く策ならわかる。
たが相手の本領発揮を求めるためだなど。

余りにも愚か。
そう断ずるのは容易い。
けれど。
勝利に意味がある。
そういう戦いを望んでいる。

天に昇ろうとする竜を止められる手段など、
今の家康は持っていなかった。

「…わかった。」
だから諾するしかない。

「だが、負けたら…いや、負けても良い。
死んだりしたら、赦さんからな!
もし、お主が死んだりしたら…っ」
「したら?」
面白がって問う政宗に、家康は苛立つ。
人がこれ程心配しているというのに。

「右目を潰して、
ワシが独眼竜・伊達政宗を名乗ってやるぞ!」

「…何でそーなる?!
いや実際潰さなくても眼帯すりゃいーじゃねーかつかてめーが俺の影武者になってどーするっていや死んだ後じゃ影武者とは言わねーか?」
政宗は混乱の余り突っ込むポイントを見失っている。
それ程までに家康の宣言は予想出来ないものだった。

困惑する政宗に、家康はほんの少し溜飲が下がる。
正しく思い知って貰わなくては困る。それほどの想いなのだと。
両手を腰に当て胸を張った。

「言ったであろう! ワシはお前を失いたくないと!
ならば、万が一失くしてしまったならば
何かで補完せねばなるまい!」
「いやそれとこれとは理屈が…ah、」

言葉を重ねても無駄だろうと、政宗は口を閉ざす。
許可はおりた。
あと言えることと言えば。

す、と少し距離を取り、政宗は
甘い表情をした。
身内にしか―ごく僅かの相手にしか向けない、笑顔。

「ちゃんとアンタのところに戻って来る。
俺を信じろ。
you see?」

「独眼竜…。
……判った。」

こくんと深く頷く家康に、政宗はいつもの人を喰ったような笑みに変わる。
「right! だが、
生きて、勝って戻った暁には
いーかげん名前で呼んでくれよ、家康?」
「! わ、わかった!努力しよう」
「努力しねーと駄目なもんか?」
「ワシがお前と釣り合うようになるまでは名は呼ばぬと誓っていたのだ」
「おいおい、俺の気持ちは無視か」
「?」

呼んで貰いたい、とは無駄に高いプライドのせいで口に出来ない。

お互い何とも面倒臭い。



「それで? 信憑性とやらは要らねーのか?」
「っ!
そのように誰にでもほいほい身体を開こうとするな!」
「あーはいはい誰にでもはしてねぇよ。
てめーが言い出したんだろーが全く。
…アンタになら構わねーんだがな。」
「……………?!」
「本多みてーになってるぞ。煙が出そーだぜ?」
「わ、ワシをからかって遊ぶな独眼竜!」

熱烈な告白をしてきておいてこれでは、大分先が長そうだ。
政宗はこっそり心の中で嘆息した。

「まぁいいさ。
終わってからが本番だ」
「そうだな!
お前と一緒に太平の世を築けるなど夢のようだ!」

その為には越えなければならない壁がある。

天下分け目。

目指すは、その先―
空に昇る太陽も三日月も、誰でもが安らかな気持ちで愛でられるような、
平和な世界。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

思いついたからには形にしておかないとです。
家政可愛い家政。 

 

うっかり勢い余っちゃったヴァージョン【心持ちR15】

                                                                【20101007】