闇夜の月

 

太陽と三日月後。西軍サイド。真田主従が横恋慕っぽい。 



 「ほう」
伝令が置いていった報告に大谷が声を上げた。
珍しさに三成は声をかける。

「どうした刑部」
「いやなに。
なかなかに愉快な噂が流れているものよと思うてな」
「噂など興味ない」
「まあそう言うな。主にも関係なくもない」
「私に?」
「徳川が独眼竜と付き合ってるそうだ」
「付き合っている?
同盟を組んだ、の間違いではないのか」
「否。徳川と伊達が同盟を組んだのは噂ではない。事実よ。
それとは別に、大将同士がただならぬ関係であると囁かれておる」
「…やはり私には関係のないことのようだ」
「そうか?
徳川は主の大事なものを奪った。
噂が真実ならば
主もあやつの大切なものを奪い
同じ気持ちを味わせてやれば良いではないか。
それこそが復讐とは思わんか、三成。」
明らかな誘導。だが、三成はそれに気付かない。

「…それは、」
「なればこそ、真偽を見極めたくはないか」
揺れる三成に内心ほくそ笑み、更に押す。
「……。好きにしろ。
気になるなら間者にでも探らせれば良い。」
「そうさの。
確か真田が良い忍を有しておるはず」

大谷は三成にはわからぬよううっすら笑みを浮かべ、
自ら上田へと足を運ぶことにした。

「政宗殿が、家康殿と…?」
訪れてきた大谷の言葉に、幸村は表情を強張らせる。
徳川と伊達が同盟を組んだとの報告は受けていた。
そもそもそのため、つい先日政宗は幸村の治める上田城を通過して行ったのだ。

伊達にとって―政宗にとって、西軍大将である石田は仇。
敵側、東軍に与しても不思議ではない。が。
それは同盟の話である。

「主の方で何か知らぬか」
「…某は、なにも」
「では真偽を確かめよ。
主のところには優秀な忍がおったな。そやつにでも言いつければよい」
「…わかりもうした」
幸村は、暗い顔のまま従順に頷いた。

「佐助」
「はいよ」
名を呼ばれ、護衛も兼ねて控えていた佐助は姿を現す。
話も全て聴いていた。

「今の噂、お前の耳には入っておらなんだか…?
否。そんなはずはなかろうな。
何故、俺に報告しなかった。」
「聴いてはいたけど
わざと流されてる噂みたいだったし本当だとは思えなくてさ。
大将の耳に入れるまでもないって判断したんだけど」
言い訳めいた言葉を流し、
幸村はゆるりと頭を振る。

「これからは政宗殿の事は全て俺に報告しろ。
それから」
「はいはい。
噂が本当かどうかちゃんと調べてきますよ。」
「頼んだ」
佐助は頷き、
辞した足で直ぐに徳川陣営へ向かう。

真田の大将が恐い。

佐助は初めてそう感じた。
幸村の、政宗への執着は宿敵に対するもの。
ずっとそれだけだと思っていた。
戦場以外での交流を持とうとしていなかったのだし。
だが単に踏み込めずにいただけではないのか?
拒絶されるのを恐れて。

そう認識を改めなければならないようだ。
佐助の、政宗への警戒心が一層深まった。

そして忍び込んだ先。
東軍の本拠地では、
目を疑うやりとりがなされていた。


遡ること数日。
家康は政宗と二人きりで作戦会議をしていた。
内容は、戦の事ではない。

「独眼竜。
噂の信憑性を高める方法を考えていたのだが」

それはつまり二人が親密であるという噂の流布についてだ。
政宗は話が蒸し返されるとは思っておらず、
「…暇なのか?」
ぼそりつ呟き返した。
「片倉殿が働き者過ぎて時間に余裕が出来たのだ!」
「やっぱり暇をもて余してたんじゃねぇか…」
政宗は呆れた、と言いたげな声を出す。

家康はだが気にせず話を進める。
「それより思ったのだが、
実際身体を重ねても誰に見せるわけでもないのだから
信憑性の足しにはなるまい」
「他人事みてーに言ってるがそれ言い出したのどっちもアンタだよな?
Ah、でも周囲には距離感が縮まったように感じられるんじゃねーのか?」
「それなのだ!」
「どれだよ」
「皆の者の前で距離を縮めた付き合いだと見せていれば
工作せずとも自然と噂が生まれ広まるに違いない!
そう、あの、利家とまつ殿のように!」

「あーあのhappyな連中か…
?! 待て、あれを手本にだと?」
「頑張ろうな独眼竜!」
「本気か? 家康…」
「無論!」


その結果が、佐助の目の前に広がる光景である。


「ほら独眼竜、これも旨いぞ、喰ってみろ」
家康は自分の箸で摘まんだおかずを政宗に食べさせようとしていた。
所謂「あ~ん」である。
「…家康」
「何だ」
「今日の晩飯は全部俺が作ったんだが」
「うむ! 独眼竜の作った料理はどれも旨いな!」

側近達と一緒の夕餉の場での見せ付けるようなそんなやりとりを、
佐助は片足を軸にそこに椅子があるかのように足を組み
頬杖をついて眺めていた。

「…馬鹿らし」

わざと流された噂。
その認識は違わないようだ。
だが。

羞恥に染まる政宗の顔。
それは演技ではない。
政宗が家康に好意を抱き、
また家康も政宗を慕っている。
それも間違いないだろう。
幸村や自分にあんな表情を見せることはあるまい、と思い、

…真田の大将はともかく、何で俺様まで引き合いに出した?

佐助はふと我に返る。
何となく不快。
そんな感情は気のせいだと、
無視をすることに決めた。

取り敢えず報告をしなければなるまい。

東軍と、大谷とが望むまま。

(とばっちりだけは勘弁して欲しいけどね)

やっと立ち直った幸村をまた奈落へ突き落とす事になりそうだ。
だが佐助からすれば、
宿敵だかなんだか知らないが政宗の事は早目に斬り捨てて欲しい問題だった。
仕える者として純粋に。

今回政宗が幸村を半ば無視する形で三成ばかり観ているのは
だから逆に良いことだと思っていた。
二人で潰しあってくれれば良いと。
こんな形で自分の上司の想いに気付かなければ。

むしろ今まで気付かなかった己を責めるべきかと佐助は自嘲した。


「…独眼竜は厄介な男にモテとるな」
家康の呟きに、政宗は箸を止める。
「ah? 誰の事だ? って男かよ。
真田の間違い忍は確実に俺にいなくなって欲しいと思ってるだろ。
まあなら思惑通りの報告をするだろうからいーけどな」
「……そうだな」

気配を消すのを忘れていたのか
佐助の偵察は政宗や家康にはバレバレだった。
一般兵士には気付かれないレベルだったが。

家康は、
惚れた相手がこれでは素直に認めづらかろうな、と同情する。
自分がそうであったように。
だがだからこそ、譲ってやる等とは決して思わない。
政宗にわざわざ教えてやる気もなかった。


報告を受けた幸村は、暗い瞳で
「…そうか」
とだけ呟きそのまま押し黙った。

「じゃ、あっちにも俺様が報告しとくから」

そんな主を見ていられず佐助は幸村の前から早早に立ち去る。
重い気持ちで大谷の元へと向かう。

やっぱりアンタは危険だよ独眼竜。
早く大将の中からいなくなってくんない?

そう強く想い、行く手に浮かぶ欠けた月を睨み付けた。

自分の中に棲む竜の存在には目を背けて。
 

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明らかに蛇足なのだけれど筆頭赤ルート【家政】の真田主従はこういうポジションです。

幸村赤ルートの筆頭がカッコ良すぎて混ぜちゃったような。<上田城通過理由
政宗赤ルートでもそれでよかったんだっけ?

                                                   【20101013】