竜飛疾駆;壱

 



目が覚めたら知らない場所だった。

佐助は夜の暗さに目を擦る。
昼日中の街中にいたはずだった。
だが今目に入る明かりは空から降り注ぐ月と星の光だけ。

周囲を見回すが鬱蒼と樹が繁っている、くらいしか判らない。
地上の光は遠くでちらちら揺れている炎らしきもののみ。

とりあえずは人がいそうだからとそちらの方に近寄っていくと、
「曲者!」
と叫ぶ声があった。
明らかに、自分に向かって。

「なっ?」
驚いて振り返る佐助に松明の灯りが向けられる。

見廻りとおぼしき二人組の兵士は佐助の姿をみとめると
「! お前は」
「真田の忍!」
と色めき立った。

「へっ?!」
腰に差した刀に手を掛ける動作が目に入り、
佐助は慌てて両手を顔の前で振る。

「いや、違うって! 別人! 俺様は―」
「下手な言い訳を!
おかしな格好はしているがその顔はどっから見たって真田の忍だろう!」
「そうだ! 偵察か?
何にしろ筆頭の元へは行かせないぜ!」

責めながらも遠巻きに叫んでいるのは警戒しているのだろう。
彼らの知っている猿飛佐助は腕の立つ忍だ。
実際の佐助は丸腰で、戦い方などまるで知らないのだが。

逃げられるだろうか、と周囲に目を配り算段する。
巧くいったところで逃げ先のあてなどないのだが、
なんとかこの場をやり過ごしたい。いや、やり過ごさなくてはならない。
まさに生命の危機なのだ。

ここが、思った通りの世界ならば、
或いは彼が―

佐助が丁度そう考えていた時。

「どうしたお前ら。何の騒ぎだ?」
「っ!」
新しく現れた人物の声に、
佐助の身体はびくりと反応した。

少し前まで、直ぐ近くで聴いていた声。
もう二度と聞くことのないと思っていた。

「あ、筆頭!」
「煩くしてすみません、
けど忍がうちの陣営近くに入り込んでいまして」
「忍?」

向けられた顔は、別れて然程経っていないというのに、
既に懐かしい。

口が勝手にその名を呼んでいた。震える声で。
「政宗っ!」
「…さすけ?」

応じた政宗は、信じられないものを観た、と
左目を見開いている。

右の目のあたりには刀の鍔の眼帯。
正しく、独眼竜・伊達政宗その人。

「筆頭?」
「そいつ、武田―真田の忍ですよね?
今、名前…」
政宗ははっと我に返る。
部下がいることを失念していた。

「ah、こいつは違う。別人だ」
「そんなはず」
「あのっ」
恐る恐る自分達の大将に尋ねる兵士達に、
佐助は大声で呼び掛けた。
自分のせいで政宗の立場が危うくなるのは困る。
政宗の部下に、政宗に対する不信感を抱かせたくなかった。

「俺に似てるっていう忍の人、
多分俺様の姿を借りてるじゃないのかなー。
忍の人が、素顔で本名でなんているわけないし。
いーメーワクだなー」
「…そうだな。
伝説の忍の風魔なんていい例だ。
誰も本名も素顔も声すら知らねぇって話じゃねーか。
猿飛が本当の姿を晒してるとは限らねぇ」
佐助の無茶とも言える言い訳に政宗も賛同する。

「俺が保証する。こいつは忍じゃねぇ。一般人だ」
「筆頭がそう仰るなら…」
「確かに戦場で見掛けたときと何か違いますもんね」
兵士は完全には納得しきれていないながら、
政宗に楯突く気はなく素直に引き下がった。

「こいつは俺が引き受ける」
「ですが筆頭、本当に大丈夫で…?」
「ちゃんと得物もある。
例え本物の忍だったとて後れは取らねぇさ。
てめーらは引き続き見廻りを頼むぜ」
「はいっ」

びしりと敬礼する兵士達に政宗は
「good! 良い返事だ」
惜しみない笑顔を向けた。
それだけで兵士達は政宗への全幅の信頼を取り戻し、
見廻りの順路へと戻って行った。

そして政宗は
「着いて来な」
と佐助を促し引き連れてその場を後にした。
兵士達と逆方向へ。
灯りが見える方角―陣地からも、離れるように。

暫く歩を進め、ようやく安全だと見るや
政宗は後ろを着いてきた佐助を振り返り
「…よく咄嗟に思い付いたな」
にやりと悪戯っぽく笑う。
褒められた、と佐助も笑顔を返した。

「伊達にナリさんのやり方を近くで見てきてませんて」
「ah、モトナリなら口八挺手八挺って感じだもんな」
政宗は懐かしむ瞳をするが
実際のところは政宗がこちらの世界に戻ってから半日と経っていなかった。
佐助の方は、別れてからもう少し時間が経っているのだが。

「どうやって来たんだ?
…ってのは愚問か。俺もわからなかったんだしな。
独りか?」
「ナリさんもチカさんも一緒じゃなくてゴメンね」
「そうは言ってねぇだろ? 
よく来た。
しかし、猿飛が観たら驚くだろうな」
「俺様が間違えられた人?
いくら忍だからってそんなタイミング良く来てないんじゃない?」

来て観てました。

幸村から「謝って来い」と命令され、
伊達の陣営に潜り込み目当ての人物を見つけたと思ったら
自分に良く似た人間と一緒で
さすがの佐助も混乱の直中にあった。

「何あれ誰あれどーゆーこと?
竜の旦那、佐助って呼んでた?
そう言えば―」

『同じ名前の違うやつと間違った』

大阪城で、政宗はそう言ってなかったか。

てっきり出来の悪い誤魔化しだと思っていたのだが。

「…あれが?」

実在した「佐助」の正体と二人の関係が気になり、
佐助は二人の跡をつけることにした。
顔を合わせないと謝れないし、という言い訳を
心の中で呟きながら。


                                                            【弐】

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続篇書く気はなかったんだけどどうしても戦国の方のサスダテがはみ出ちゃって
でも続きでまんま戦国だけだと「続篇」の意味なくね?と思って
佐助(現代)がこうなってしまいました。W佐助。

すんげぇややこしくて今からどうしよう。


                                               【20101016】