似ても似つかぬ / 慶政


似て非なる の続き。※     

 

 

「まつーぅ!
慶次が嫁さん連れて帰ってきたぞぉ!」
「まあ!
それはそれは、丁重におもてなしいたしませんと!」

利家の声に呼ばれ
いそいそと玄関に迎えに出たまつが観たのは
慶次に背負われている政宗の姿だった。

「…犬千代様、
わたくしには伊達の御大将にしか見えませぬ」
「おう! 慶次の予てからの想い人だ!
なんでも、奥州で一戦交えて以来メロメロで」
「わわっ! 利! それ内緒!」
「…へぇ?」

あわあわと利家の口を塞ごうとする慶次の横顔を
背負われたままの政宗は後ろから見つめた。

「にしても仲良いなあ!」
感心する利家に、
「好きでこんな状態なわけじゃねぇ!」
政宗は噛み付く。

こんな状態でいるのには訳がある。
執務室から慶次に抱えられて連れ出された政宗は
私服で、裸足であった。

慶次も草履は履きそびれたが足袋を履いていただけましで、
政宗は馬に―慶次の馬に二人と一匹乗りで―乗っていた時以外は
ずっと抱えられているか背負われてるかだった。

途中、何度か草履を買っていこうと提案したが
慶次はそうしてる間にも追っ手に追い付かれる可能性があるから、
と言い張り拒否した。
ただ単に密着していたいだけという下心は透けて見えていたのだが。

何せ政宗の方から抱き付いて貰う大義名分にもなる。

政宗はいっそ素足ででも自力で歩こうとしたのだが
その度ひょいと抱えあげられた。
刀がなくては体格で負けている分不利で、なすがままだった。

「邪魔するぜ」
政宗はくるんと反動をつけ、とんっと家に上がり込む。
ようやく地に足がついた。
「あ~…」
あからさまに落胆する慶次は無視し、優雅な所作でまつへ一礼する。

「こんな格好で失礼するぜ」
「何も問題ござりませぬ。
慶次が悪いだろう事は重重承知してございますれば」
「話が早くて助かる」
「なんの。
大したおもてなしも出来ませぬが、
自分の家と思ってごゆるりとお過ごしくださいませ。
奥州の居城に比べ、遥かに劣るかとは存じまするが」
まつは両手を太股に置き深々と腰を折った。

「…アンタ、そうやってると淑やかに見えるな」

戦いの場ではないので、まつは普通の着物を着ている。

まつは「まあ」と微笑むと
「お互い様でございますれば」
コロコロと笑った。
「確かにな」
政宗もにやりと笑い返す。

「ですが、御召し物が大分汚れているよう見受けられまする。
強行軍だった御様子。
まずは着替えを。
こちらに」
「thanks」
「じゃ、俺も」
「慶次と犬千代様はお部屋を整えておいて下さいませ」
ひょこひょこ付いていこうとした慶次はぴしゃりと釘を刺され、
「「え~…」」
利家共共不満そうに声をあげる。

「え~では御座いませぬ!
慶次、この方が大事と申すならば
大切に扱いませんと愛想を尽かされます」
「えっ」
「犬千代様も。
奥州筆頭の不興を買いでもして
戦の火種といたしては如何なさいます」
「それは困る!
独眼竜と喧嘩するつもりはないぞ!」

政宗はそんな事では愛想を尽かさないし
そんな理由で戦を仕掛けなどしないが
口は挟まずまつの手綱捌きを感心して眺めていた。

渋渋言い付けに従いに向かう二人を見送ると、
まつは政宗を促し廊下を先導する。

「慶次の服はどれもあのようなものばかり。
お貸しするのは犬千代様の着物で宜しいですか?」
「…それは」

固まる政宗に、まつはふふっと笑いかける。

「御安心下さりませ。普通の着物で御座います。
犬千代様があまり袖を通しておりませぬゆえ、新品同様にてございまする」
「All light。任せるから適当に見繕ってくれ」
「畏まりましてございます」

着物をしまっている部屋で
どれをお貸しいたしましょう、と楽し気に物色しているまつに、
政宗は「後でで良いんだが…」と話し掛ける。

「暫く厄介になることになりそうだし文を書いておきてぇ。
ここに居ることは伏せるから
うちの城に届けちゃくんねーか?」
「では太郎丸に託しましょう」
太郎丸というのは鷹の名前だと思い出し、
政宗は自分の首を撫でた。

「…そしたらアンタらが匿ってるってバレるだろ」
「ふふっ。
慶次がかどわかしの張本人だと知られておりますれば、
まずはこちらが潜伏先と思われて然るべき。
なれば、どんな使者を遣わしたとて同じこと。
猶予を求める文を出すおつもりなのでしょう?
なれば、一番速い太郎丸を使わすのが得策にござりまする」
「…ah、嫁サン、アンタやっぱおっかねぇな」

行動を読まれ、政宗は苦笑する。
少し、照れを含ませて。


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「まだもう少し選別いたしたく。
湯を用意致しますゆえ先に埃を落とされては?」
まつにその申し出に、
政宗は自分の身体を確かめ
思いの外汗と埃で汚れている事に気付いた。
全力疾走する慶次が巻き上げた土埃が付着したのだろう。

「sorry、助かる」
「では」

案内された風呂場で眼帯も含めた衣類全てを外した政宗は
程好い温度の湯が張られた湯槽に浸かりほうっと息を吐いた。

抱えらるというのは普段あまりしない体勢で
身体が変に疲れていた。
歩いていないので足に疲労はないが、
しがみつかせていた腕や折り曲げっぱなしだった腰が凝っている。

「u…m」
ぐーっと伸びをし、
「…はぁ」
力を抜いて顔の下半分まで湯に沈む。
水面に髪が拡がり、ぷくぷくと吐く息が泡を浮かべた。

気持ち好さに、瞳や目許が自然と弛み、微睡みそうになる。

部屋の支度を終わらせた慶次は、政宗を捜して家の中を彷徨いていた。
「あれ? まつねぇちゃん、独眼竜は?」
「…所用でございまする」
「持ってるの、独眼竜の着替えだよね。
そっちの方にあるのって…
…まさか!」
「こら慶次! お待ちなさい!」
血相を変えだっと廊下を駆け出した慶次を、
まつは慌てて追い掛ける。

「止めるなよまつねぇちゃん! 風呂には利が!」
「犬千代様が?!」
「働いて疲れたっつって入りに行ったんだよ!」
「でははちあわせに?!」
まつは口に手を当てるが、ん? と驚きを引っ込めた。
「…ですが殿方同士、問題などないのでは」
「俺がヤなの!」

風呂場の前にずさあっと横滑りに到着し
すぱんっと扉を開けた慶次が目にしたのは

「独眼竜は思ったより細いな!
もっと筋肉をつけるべきじゃないか?」
「ほっとけ」
「だがその細身で刀を六本も操れるんだから大したものだ!」
「…thanks」
一緒に湯槽に浸かっている二人の姿であった。

「まあ。仲の宜しいこと」
「おう、まつに慶次!
まつ、一緒に入るか?」
利家は手を挙げ、母親のように微笑んでいるまつを招く。

「それは俺があがってからにしてくれ。
三人はさすがに狭いだろ」
「狭くなければいいのか? なら今度一緒に温泉にでも行くか!」
「アンタは自分の嫁さんの裸を俺なんかに見せていいのかよ。」

利家が闖入して来たときには驚いたが
こうなってしまっては慶次とまつも現れるだろう事は予想出来ていた。

故に落ち着いていた政宗は
左目にかかる前髪を掻き上げると、
ゆっくりと首を巡らせ、初めて入り口に目を向けた。

「…で、嫁さん、
隣のやつは大丈夫なのか?」
「え?
まあ! 慶次! 慶次!」

まつが隣に視線を向けると、蹲る慶次の姿が目に入った。
しゃがみこみ様子を診ると
「…色っぽすぎるよ独眼竜…」

顔を真っ赤にし、
とめどなく流れる鼻血を押さえていたが
とうとう幸せそうな表情なまま悶絶した。
ゴトリ、と頭を床にぶつける鈍い音を立てて。

まつはすっくと立ち上がると、にっこりと、政宗に曇りのない笑顔を見せた。

「慶次はどうやら問題ない様子にございまする」
「だな!」
「…前途多難だぜ…」

甥と叔父でこうも違うとは、と
ため息混じりのその言葉に、
前田の夫婦は顔を見合わせ微笑んだ。


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慶次→←政宗(慶次はあんまり気付いてない) えろいところまで行きたがったが無理だった。 太郎丸って何匹かいるよね。 案の定前田夫婦は書いてて楽しかった。 利家が了平さん(復活)っぽくなってまう。

                                               【20101025】