竜飛疾駆;捌

 


風呂を上がって暫くの後、
佐助はもう一人の佐助を部屋に残し、
単身政宗の部屋を訪れた。

「政宗。ちょっと良い?」
声を掛けると
「ha…来たか、佐助。
OK、入って来な」
入室を許可する返事があり、
すっと襖を開け素早く室内に滑り込む。

その佐助の姿を観て政宗は短く口笛を吹いた。

「珍しい格好だな」
「そ?
さっきとあんま変わんないと思うけど」
「アンタは寝るときもそんなのは着なさそうだ」
「ま、浴衣を寝間着にはしないかな」

脱衣所にあったのはこれだけ。
元着ていた服は軽くでも汚れを落とそうとでもして
小十郎が回収して行ったのだろう。
本当によく働く副将である。

「もう一人はどうしてる?」
「やることないしって先に寝たみたいだけど」
「……hum」
政宗は一瞬瞳を煌めかせた。

「まあ座れ」
促され、佐助は指された先―真正面に腰を下ろす。

政宗も夜着で、布団の上に座っていた。
佐助の頭の隅に据え膳、と言う言葉が浮かんだが
瞬時に払い除ける。

「今回は逢えず仕舞いになっちまったが
アンタんとこのは元気かい?」
「そうそう変わりはないって」
「ま、そうだな」

政宗は頷く。
揺れる髪が少し湿っているようだ。
佐助達より先に入浴を済ませたのだろう。

「それより用って?
それだけ?」
「ah、そうだな…」
政宗は少し考え、
「そうだ。
アンタ、別れ際様子が変だったよな?
あれは何だったんだ?」
そう問い掛けた。

「…そりゃ…」
予期していた質問ではあったが佐助は口籠もる。
さすがに少し言いづらかった。

「アンタとの別れが惜しかったから、
に決まってるじゃん」

「……」
「政宗?」
「そういうことにしといても良いんだがな」

政宗は佐助をじっと見詰めた。
眼帯の奥の、見えない―ないはずの瞳でまで光る錯覚に陥りそうな、
鋭い眼差しで。

「いつまでも茶番に付き合ってるとちゃんとした会話が出来なさそうだ」
一度目を伏せ、ふーっと溜め息を吐いた後
再び佐助を視線で貫き
にやり、と嗤った。

「アンタが眠らせたサスケは無事なのか?
猿飛佐助」
「っ!
…気付いて」

思わず腰を浮かし掛けた佐助に
政宗はわざとらしく肩を竦めて見せる。

「気付いても何も。
俺はずっとアンタに対して話してたんだぜ?
で、アンタは俺に何の用だったんだ?
猿飛」

呼び方が苗字に戻った。
佐助は苦く笑う。
「…確認したくてね」

すっと距離を詰め、見つめ返す。

「いきなり俺様への態度が柔らかくなってどーしたのかなって思ったら
あの佐助くんのせいだったわけね」
「否定はしねぇ。
アイツの存在は、思った以上にでかい」

佐助はきゅっと眉を寄せ、眼を細めた。

「真田の大将には、
アンタに嫌いって言った事謝って来いって言われてたけど―」
「それが用事か。
だが俺は誰かに命令された謝罪なんざ受け取る気はねぇぜ」
「ん、大丈夫。
心にもないことなんて言わない」

佐助はにっこりと笑った。
鮮やかなまでに、全開で。

「俺様、やっぱアンタのこと
大っ嫌いみたい」

「…al lright…」
呟き、政宗も笑い返す。

「アンタの気持ちは良くわかった。」

「~っアンタは何も…
っ?!」

カッと激昂し
思わず政宗を布団に押し倒した佐助の身体を、
政宗は下から腕を回しふわりと包み込んだ。
落ち着かせるように。
そして―あやすように。

湯冷めをし始めているのか、触れた肌が少し冷たい。

「大丈夫だ。
今はちゃんとお前を視てる。
嘘に気づけるぐらいにはな」
「なっ…にを、」
「アンタとアイツは別人だ。きっちり分けてるぜ。
ま、サスケのお陰でアンタと向き合う気になったんだが」

「……。
アンタやっぱりわかってるようでわかってないよ…」
佐助は疲れたように呟く。
脱力ついでに、政宗の肩に顔を埋めて。

「そりゃ解りづれぇてめーに問題があるとは思わねぇか?」
「そうだね。
けど、俺様は忍だしアンタは敵だからさ、
わかられ過ぎても困るよね」
「ならnoproblem、だろ?」
「…なのかもね」

贅沢になってしまったのかも知れない。
一度、期待をしてしまったから。
こうして、期待に応えてくれるもんだから。

ああもう。

佐助は「未来」とやらから来た佐助を呪いたくなった。

こんなにも佐助の心を、
政宗に対する想いを引っ掻き回してくれて。

もう一人の佐助の方からも同じように呪いたくなられた事があるとは知らず、
佐助は心の中で嘆息する。

懸想している相手の方から密着されている状態に
このまま唇を寄せたい衝動にかられたが、
何の警戒心も抱いていない相手に
なにも告げないままそんなことをしたら敗けなような気がして
後ろ髪を引かれながらも身を起こした。
名残惜しいとか思ってしまう自分が悔しい。

後に、猛烈に悔やむ事態が巻き起こるとは予想だにしていない。

「…取り敢えず、あんま佐助くんには気を許さない方が良いよ、
って忠告しとくよ」
「 ?サスケに?
アンタにじゃなくてか?」
「何で俺様が『俺様に気を付けて~』なんて言うのさ」
「そりゃそうだな」

フッと浮かべた笑顔が
戦場で浮かべる笑みとは違う柔らかいもので、
佐助は見惚れた自分に気付き、
ついでに部屋に入ってからの自分の行動と心の動きを顧みて、
渋面を作る。

案の定深みにはまった。

自分と似た人間さえ来なければ、
無かったことに出来た筈の感情だったと言うのに。
 

                                                 【玖】


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 叙述トリックが失敗に終わった感じです。
基本筆頭は現代佐助→「サスケ」か「さすけ」呼びです。ちょっとぎこちない。

…ので、実は何話か前の「駆け落ち」発言も実は猿飛さんに向けてだったんです、よ。

                                                  【20101103】