竜飛疾駆;玖

 

 

「お帰り~」

佐助が部屋に戻ると
強引な手段で眠らせた筈の佐助が起きて待っていた。
布団の上で胡座をかき、手を挙げて帰還を労う。

「…ただいま」
佐助はばつが悪そうに返事をする。

本来佐助が呼ばれていたのに
忍の佐助が無理矢理擦り替わって政宗に逢いに行ったのだ。

だが、佐助はそれをあまり気にしている風ではなかった。

興味津々で顔を覗き込んでくる。
「告白とかしてきた?」
「…しないよそんなの」
「じゃー既成事実もなんもナシ?」
「当たり前でしょ」
「…ふーん」

佐助はつまらなさそうに鼻を鳴らして離れると
そのまま布団に潜り込んだ。

一方その頃政宗は
佐助が去った部屋で
片手を頭の下に敷き、布団の上に仰向けで寝そべり
もう片方を天井へと伸ばして暫くその手をじっと観ていた。

短い時間ながらその手の中に閉じ込めた佐助の感触を思い出すように。

自分と同年代―おそらくは歳上の同性に
そんな事をした自分の行動が不思議だった。

ぱたりと手を下ろし横を向くと、瞳を閉じる。

今考えても答は出ないだろうと判断して
眠りに就くことに決めた。



翌朝。

兵を集めて佐助を紹介しようと
二人を呼びに部屋に向かおうとした政宗を、
小十郎が呼び止めた。

「政宗様。客人がいらしたのですが宜しいですか」
「客?
…誰だ?」
「それが…」
名を告げる前にその「客人」がどたどたと大きな足音をたて姿を現した。

「おう独眼竜!
大阪攻めるなら俺にも連絡すりゃいーだろーが!
兵を出すぜ!」

威勢の良い声は、一度聴いたら忘れられない。

「西海の鬼」
四国で待機している筈の長曾我部元親の姿に
政宗は少し驚いた。

「陣も毛利のところに敷きやがって
ウチの方が近いだろーによぉ」
「貴様のところは海を渡らねばならぬであろうが」

その後ろを、伊達軍に場所を提供した毛利元就が続いている。

「だから船を出すっつーの」
「面倒であろうが」
「何でさっきっからてめーが口出ししてんだ?!
俺は独眼竜と話してんだよ!」
「貴様が少し考えればわかるような事を申すからよ」

他愛ないやり取りがなんだか嬉しく思え、
政宗は淡く微笑んだ。

それが視界に入り、
元親と元就は黙り込み、魅入る。

二人に凝視されて政宗は居心地悪そうに身を引いた。

「どうした?」
「いや…」
「むしろ貴様がどうした」
ズバッと訊く元就に、政宗は「ah」と苦笑する。

「アンタらの気持ちが嬉しくてな。」
「「は?」」

異口同音に、
まるで似ていないのに似たような調子で
鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしているものだから
政宗はくくッと声をあげるが、
口許にだけ笑みを残して即座にそれを引っ込め
真面目な目付きで元就を観た。

「毛利。場所貸してくれてthank you」
「…フン。
改めて言われるまでもない。
同盟中では仕方なかろう」
「長曾我部も。
兵や場所、船まで貸してくれるって言ってくれてthank youな」
「お、応」
素直な礼―異国語だが感謝の意は感じ取れた―に、
元親は戸惑いながら頷く。

「けど、今回はあんたの手を借りる訳には行かねぇんだ。
真田幸村は、俺の手で倒す」
「それに手を出す程野暮じゃねぇさ。
だが露払いぐれぇは出来るぜ?
野郎共は兎も角俺ぐれぇは連れてってみねぇか?
右目の兄さんの代わりに…って訳にはいかねぇか」

元親の言葉に
政宗は愉しげにピュウっと口笛を吹く。
「そりゃなかなか面白そうなplanだな」
「だろ」
「政宗様っ?」
政宗の後ろに控え、
黙って会話を聴いていた小十郎が慌てた声をあげる。

が、主に一瞥を向けられ直ぐに落ち着きを取り戻した。

政宗は背筋を伸ばし
自分より幾分背の高い元親を真っ直ぐ見上げた。

「そんなに暴れてぇのか? 西海の鬼」
「……」
元就はその問い掛けにひっそりと顔を顰めた。
元親はらしくない苦い表情を浮かべる。

「なあ独眼流。
どうしても俺に家康を討たせちゃくんねーのか」
「駄目だ」

それは、政宗が元親を倒した時に約束させた事だった。
事情を知った上での。

「何でだ?」

「…アンタは俺と似てる。
違うのは、
大勢の部下を失った時
その場にいたかどうかだ」
「……っ」
「俺は家康がアンタの部下をやった犯人とは思えねぇ。
だからアンタが問答無用で家康をやろうってんなら、
全力で止める」

その言葉の強さに、元親はある疑念を抱いた。

「アンタ、家康の事好きのか?」
「? 嫌いじゃねぇぜ?」
「そーゆーんじゃねーんだが…
まあそれが答か」

元親が邪推であったと「悪い」謝るが
政宗には何の事か解らなかった。

「フン。下らぬことを」
「っとhey毛利! wait!」
フイと顔を背け踵を返し、
すたすたと行ってしまう元就を政宗は追い掛ける。

「あ、おい独眼竜?」
元親は手を伸ばし掛けたが
「西海の鬼」
「あ? なんでい右目の兄さん」
小十郎に引き止められ引っ込めた。
やけに凄味のある形相で睨まれている。

「政宗様はそんな理由で依怙贔屓なんざしやしねぇ。
舐めて貰っちゃ困るぜ」
「舐める気はねーが…
あんま懐が深すぎるのも問題ねぇか?
アンタも苦労すんな」
「……」

それが小十郎の目下の悩みであった。
二人の佐助の処遇についても、もっと厳しくしたいところなのだが
一時の感情に任せた失態がそれを難しくさせている。

己の過保護さを実感させられた、不徳の致す所であった。

元就に追い付いた政宗は「毛利」と呼び掛けその歩みを止めさせた。

「此処には何の用で来たんだ?」
「一応の同盟相手が我の領地に居ると言うに
そこに顔を出すのはおかしいと申すか」
「陣中見舞だけで足を運んでくるアンタじゃねぇだろ。
長曾我部が来たから、か?」

「…何が言いたい?」
元就はいつもより増した冷たい瞳で政宗を見遣る。

「気になったんもんで馴染みに調査を頼んでてな。
あの通り西海の鬼にゃ話してねーけど」
「貴様は…」

伊達は明らかに自分より長曾我部を気に入っている。
真実を知ったならば切り捨てるのは自分の方をだろう。

元就はそうとばかり思っていた。

理解が出来ない、と困惑を浮かべる元就に
政宗はニッと口を歪め笑みを見せた。

「戦なんだから何でもありだ。
汚ぇ、なんて言わなぇさ」
「…どこぞで聴いたことのある科白だな。」
「だが真理だと思うぜ?
過ぎたことには口出ししねぇ。
だがこれから起きることを止められるなら止める」
「甘い」

即座に斬り捨てる元就の言葉に政宗は苦笑いする。
自覚はしている。
だが。

「…アンタとアイツがいがみ合うの
あんま観たくねーんだよ」

同じ顔をした二人を想い出す。
彼等を知らなかったならば
元就と元親が険悪になって争いが生まれても
残ったどちらかに中国と四国を任せれば良いと
そう思っただろう。

けれど今は。

「アンタも西海の鬼も欲しい。
天下に比べりゃ安い望みだと思わねーか?」
「…ふん。
我を欲するとは目が高い。
が、長曾我部をもとは余りに趣味が悪いわ。
我を手に入れるのは天下より難いと心得よ」

政宗は元就の言葉に望むところだとばかりの不敵な笑顔を浮かべた。

「all right、肝に命じるぜ」

「…本当に甘い…」
顔を合わせ会話をしていた短くはない時間。
ずっと、様々な種類の笑顔を向けられた気がする。
否。気のせいではないだろう。

「だが貴様の望み、応えてやらんこともない。
…極力、な」
「GOOD!充分だ」

政宗は嬉しそうに笑う。
元就はそれを観て目を細めた。

戦場で浮かべる獣じみたものとは違う表情。
触れる機会がなかっただけでこちらが通常なのだろう。

戦う時とそれ以外で変化したりはしない元就には不思議に思えたが
彼の好敵手であり此度の戦の総大将である真田幸村にも
そんな部分があるように見受けられた。

戦に酔っているような。

似たもの同士、だからこそ惹かれ合っているのか。
他は、まるで似た所がないというのに。

嘆息を隠すように身体を反転させ、
元就は今度こそ伊達の陣地を後にした。

立ち去る元就を今度はその場に留まって見送り、
姿が見えなくなるとまだ元親がいるであろう方向を振り返る。
追って来なかったという事は、
小十郎が、気を利かせて足止めしてくれているのだろう。

後の問題は真実を知った時元親がどう出るかであった。

遺恨が残って当然。
だが政宗は元親の強さを信じていた。
政宗も、真相を知っていながら黙っていた事を責められるだろうが。

「take it easy!
成るようになれ、だ。
なぁ?」

そう言いながら目配せし見上げた視線の先には
申し訳なさそうな表情で身体を小さくしている佐助がいた。
その隣には、まるで悪びれる様子のない佐助が。

ずっと樹の上から視られていた事に政宗は気付いていた。
会話の方は忍の方しか聞き取れていないだろうとも。

                                                          【玖/裏】

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政宗青ルート、多分家康誰かに撃破されてるんだろうけど確認する時間が無かったでした。
元親にやられてるんだったらどうしよう。(どうしようも)
まあ死んではいない設定で。

W佐助に挟めての瀬戸内のターン(予定外)でした。


                                           【20101108】