竜飛疾駆;玖/裏



「いつまで寝てんの。
ほら早く起きて」

陽が昇っても一向に起きる気配のない佐助を
猿飛佐助は布団をひっぺがして起こしにかかる。

着慣れないからか寝間着にしていた浴衣は乱れていて
視線を逸らしたくなる無惨さだ。

「はいアンタの服。
右目の旦那が届けてくれたよ」
その足で直ぐに政宗の元へ舞い戻った。
朝から働き者である。

「…もうちょっと…」
現代人の佐助からしてみれば起床には早すぎる時間。
剥がされた布団を奪い返しぎゅうと抱き締める佐助に、
忍の佐助はやれやれ。と肩を竦めた。

「早く身支度整えないと
竜の旦那にだらしない格好見せる事になるけどいーの?」

その言葉に、佐助はがばりと跳ね起きいそいそと着替えを始める。
扱い易いのは良いが
余りの素直さに、呆れるを通り越して感心してしまう。

着替え終わり、布団もきちんと畳み終えると
ざわつく様子が耳に届いた。

「なんか騒がしいね」
「あー、お客さんみたいだね。
あの声は鬼の旦那かな」

佐助には遠くの雑音にしか聴こえない音も、
忍の耳には誰の声かまではっきりと聴き取れるようだ。

「鬼?
……西海の鬼?」
「あれ? 知ってんの?」

佐助はじっと猿飛佐助を見た。
不穏な空気を感じ取り、見つめられた佐助は身を引く。
「ちょっと何」
「観たい」
「…は?」
「観てみたい。
忍ならこっそり覗く術とかあるよね?
さー行こう今行こう」
「簡単に言わないでよ!
ちょ、ちょっと?!」
佐助は相手の手を取り部屋から連れ出した。

様子が窺い見られる樹の上に二人は陣取る。
乗り気ではない忍の方の佐助を
佐助はがっちり掴んで逃がすまいとしている。

「…うわ似てる…」
遠目からでも良く判った。

政宗から聴いていた通り、
西海の鬼は佐助の知っている「元親」と瓜二つだった。
何故かもう一人の友人「元就」に似てる人物まで一緒だ。

一般人である佐助には話は聴こえなかったが
何を話しているのか忍の佐助に掻い摘んで説明して貰っていた。

「竜の旦那は
西海の鬼と自分の境遇が似てるって言ってるね」
「境遇?」
「…小田原での事かな」
「小田原?
遅参して白装束で十字架背負ったアレ?」
「何その面白小咄」
「あ、そっか違うのか。」

因みに佐助の世界でのその歴史エピソードは政宗のツボに入り、
彼の中で「伊達政宗公coolエピソードベストファイブ」に入っている。
「あの豊臣にもそれを笑って赦せるような洒落心があればな」
と、淋しげにしていたのが印象的だった。

「…アンタは何があったか知ってんだよね?」
佐助はこの世界の情報に精通している忍に尋ねる。

話を聴かされていなかった事からして
もしかしたら政宗は自分には知られたくなかったのだろうかと思いながら。

「……。
小田原で、
伊達軍が豊臣軍の石田三成に壊滅させられたんだよ」
「え。
ま、政宗は?」
「竜の旦那も石田にやられたらしいよ」
「そんな…」
「ま、その復讐戦はとっくに終えたらしいけどね」
「そっか。良かった。
あ、で、チカさん…じゃないや、長曾我部さんの方は?」
「船で遠出してる間に部下を大分やられたとか聴いたけど」
「徳川家康に?」
「…どーだかね」

うっすらと事情を知っている猿飛佐助は言葉を濁した。

それよりも元親の発言が気になった。
まさか政宗が家康に懸想しているとは思えないが。

と言うかあの解っていなさっぷりは異常とも言えそうだ。
色恋に興味が無さそうではあったが
破廉恥だなんだと騒ぐ幸村以上ではなかろうか。

「あ、移動する。
佐助サン、俺達も」
「なあアンタ」
「ん?」
「アレを落とすのは無理なんじゃない?」

諦めを滲ませた言葉に、
佐助は一瞬きょとんとした後
ぷっと吹き出した。

「俺が落とすのは無理だってのは最初からわかってるよ」

意味がわからない、と言う表情の自分と同じ顔をした男に、
だが教えてやる気はなかった。

移動し、政宗を観察し、何を話しているのか実況して貰い。

元就との会話を終えた政宗が片方の目だけでウィンクして見せたのも
自分ではなく隣の―政宗と同じ時代に生きる佐助へだと
当事者ではない佐助だけが気付いていた。

                                                    【拾】

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 W佐助はこんな感じでした。
史実の政宗さんの素敵エピソードは五本の指に納まりきらなくて困る。

        
                                          【20101111】