月影よりの聲  / 三政

 

 

関ヶ原の決戦の前。
西軍の参謀を務める大谷吉継は
大将である石田三成と作戦会議をしていた。

「三成。
どうにも独眼竜は避けては通れそうにない。」
「独眼竜か…
何故私の邪魔をする!
私の目的は家康ただ一人だと言うに!」
「あちらにはあちらの理由があるのであろ。
主は覚えておらぬようだが
あやつは主が小田原で殺しそびれた相手。
引導を渡してやれば良い。」
「…小田原」

三成は遠くを見た。
薄れた記憶を呼び覚ますように。

「上田で逢った時にそのような事を言っていた気はするが」

小田原。
秀吉と半兵衛に託された作戦。
誰かを目的にした作戦であったのかは知らない。
だが確かにどこぞから来たいずこかの軍を壊滅させた。

あの後家康が何か言ってはいなかったか。
独眼竜。
確かそう。

「…成程」
悼んでいた表情が思い出される。
「昔から家康は独眼竜を気にかけていたな」
「…ほう」
「私にとっての秀吉様程ではあるまいが
奪ってみせるのも悪くはない」

三成の言葉に大谷は「そうさの」と頷いてみせた。

迎えた関ヶ原。
伊達軍が現れた報を受け、
三成率いる西軍は布陣を敷き応戦をしたが
最奥までの進軍を許してしまった。

途中、友人である大谷の命を奪われた。
それが三成の怒りを政宗に向かわせた。

乗り込んできた相手を憎しみを込めて睨み付ける。
怯まず睨み返してくる隻眼に息を呑んだ。
独眼竜―伊達政宗を、初めて意識して、真正面から観た。

「貴様は」

向かって来る政宗の、瞳の煌めきに目を奪われる。
何処かで観た。

何処か―それは自分か。

「やっとアンタにrevengeできるんだな
石田三成!」

素早く刀を抜き、
にやり、と笑いながら向かってくる政宗の刃を受け止める。
三本。
政宗の両手には既に六本の刀があった。
後ろに跳びもう三本の攻撃を避ける。

「リベンジ」の言葉の意味はわからなかったが
恨みを抱かれているのはわかった。
それは三成が家康に抱いているものと同質のもの。

「私が貴様から何かを奪ったと言うのか」

その言葉が、政宗の怒りを買う。

「奪ったさ!
数え切れない伊達軍の兵士の生命を!」
覚えていない。
政宗にはその事が、その罪が赦せなかった。
悔やめとは言わない。
己も、他の軍の兵士の生命を幾多も奪ってきた。

「兵など」
返された言葉を遮り、「HA!」と鼻で笑う。
そうでないかとは思っていたが
本当にその通りだった。

「豊臣独りの命と比べりゃ瑣末なもの、とでも?」
政宗は忘れないし見失わない。
自分が立っている場所を。
それが、何によって支えられ、出来ているのかを。

政宗は五本の刀を鞘に収め、
一刀流に換える。

そして真っ向から斬りかかった。

「馬鹿にすんな!
自分だけで何でもできるなんざ思い上がりも甚だしい!
どんなに強い、優れた武将だろうが
独りで出来る事なんざたかが知れてるんだよ!」
「戯言を!」

目にも止まらない速い剣筋は、
何度か刀を交えた軍神の剣技に似ていた。
速い分軽い。

んな事を口にした日にゃああのくノ一に怒られそうだな。

そんな考えが頭をよぎり、政宗は思わず口許に笑みを浮かべた。

「貴様!
こんな時に何を笑っている!」
「こんな時だからこそだ。
楽しいだろ?」
「なんだと…っ?!」

ぎん。がきん。ぎぃんと、
何度も何度も刃が交わり火花が散る。

剣劇の重みが心地良い。
だが、お楽しみの時間ずっと続けてはいられない。
終わりは訪れる。

その前に、言いたい事を言っておこうと思った。

「アンタが豊臣を大事に思ってようが構わねぇ。
アンタにとってかけがえのねぇ相手だったんだろうからな。
だが俺にとってのあいつらも大切なモンだったんだ。
軽んじるのは赦さねぇ!」

叫びと共に渾身の一撃を放ち、
三成を弾き飛ばした。

「…you see?」
わからないだろう。
それでも構わなかった。

決着した。それでいい。
政宗は最後の刀も鞘にしまう。

最早三成に立ち上がる力はないだろう。

「…こんなもんか?
俺に勝った時のアンタはもっと強かった気がしたんだがな。
豊臣秀吉の後ろ楯がなきゃてんで弱いってオチか」

「っ秀吉様を侮辱するな!」
「han?
してねぇよ。
今俺が貶したのはアンタをだぜ?」
「っ貴様ぁ!」
「よしときな。
アンタにゃもう戦う体力は残ってねぇだろ。
どうしてもってならまた今度相手してやるよ」

「…伊達、政宗…
…独眼竜」

三成は、
くるりと踵を返し立ち去ろうとするその背の主の名を呪詛のように呟く。

敗けた。
その事実が信じられず、だが三成は、
今になって思い出す。

豊臣軍の軍師である竹中半兵衛が病没する前に仕掛けていた策。
その中心にあった人物の名前。

「何故私は貴様を殺していない…?」
「…?」
聞き流せず、政宗は顔だけ振り向いた。

三成は俯き考え込んでいる。

倒した相手の生死をいちいち確認していない。
だが殺さねばならなかった。
半兵衛様はそう望んでいたに違いない。
こうして脅威になりうる事を、
あの方なら見越していたはず。

また。

「何故貴様は私を殺さない…!」

顔を上げ、
ぎりっと歯噛みをして睨み付ける。

その問いは政宗にとっては愚問だった。
「殺すまでもねぇからさ」
「私を愚弄するか!」

激昂する三成に、政宗は一瞬呆気に取られ、
踊るような足裁きで身体もくるりと反転させて
鮮やかに笑った。

「それでいい。」
「な…っ?」
「豊臣秀吉のための復讐なんて不健全な事をするよりも
アンタを倒して貶めた俺を恨んでおけよ。
Okey?」

「貴様が秀吉様の何を知っていると言うのだ!」

「何も知らねぇし知りたくもねぇな。
だがあの男が
自分を殺した男を憎んでるとは思わねぇ。
なら、アンタのしてる事は不毛だと思わねぇか?」
「私は、私から秀吉様を奪った家康を赦さない!」

気持ち良いぐらい頑なな言葉に、政宗は苦笑した。

「ま、それはそれで仕方ねぇか。
俺もアンタを赦せなくて倒しに来たんだしな」
「だから、ならば何故私を殺さないのか訊いている!」

政宗は未だに立ち上がれずにいる三成に近づくと、
しゃがんで瞳を覗き込む。
「俺は、アンタに敗けたのも悔しかったが
それよりも怒りを覚えたのは守りきれなかった自分に対してだ」

左しか存在しない瞳は、
力強いのに不思議に澄んでいて
気を抜くと吸い込まれそうだ。

そんな事をぼんやりと考えた三成は
我に返り自分は何を、と否定するが
逸らすことは出来ない。

「今の俺なら護り抜ける。
それを確認できたから後は良い。
死んじまった奴等には何の弔いにもならねぇだろうけどな」

「っ答えになっておらん!
何故…殺さない!」
「怒りに任せてアンタを殺したらあいつらに怒られちまうからだ。
『何ダセぇことやってるんスか筆頭』、ってな」

そう言いながら浮かべた笑顔は
戦の後には不似合いな
爽やかなものだった。

「…理解し難い。
だが」

三成は眼を閉じることで束縛から逃れた。

目の裏に残る三日月の前立て。
独眼竜・伊達政宗の象徴。
刃に纏わせた鮮烈な稲光。
雷を宿した技の数数。

「答は聴いた。
…感謝する」

ずっと闇に身を置いていた自分には
太陽のような長く強い光を浴びては焼け焦げてしまうだろう。

月光。そのぐらい淡い光や
雷。激しくとも短い方が
むしろ、有り難い。

「… not over yet」

意味のわからない言葉を掛けられたが
三成は瞳を伏せたままでいた。

そのまま意識を失くしていたらしい。

ゆるゆると、再び顔を上げた時にはもう
政宗の姿はなかった。


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微妙にSQ漫画の設定を混ぜ込んだ3;政宗赤ルート設定。
三成の「だぁてまさむねぇえ!」ルートを観ていないので齟齬があったり被ってたら申し訳無く。

漫画版関ヶ原が出てから書こうと思ってたけど発売が2月だというので。
家政の小話の続き…で書き始めたんだけどいっそ三成メインにしてみた。
三成→←政宗と言い張ってみる。

剣劇で勝利ということで。
最後の言葉は外伝から。
終わった気になってる三成に向けて。

言い訳多くてスミマセン。

                                           【20101123】