竜飛疾駆;終章

 

政宗の時は雷だった。

佐助が還って行く時に現れたのが闇ではなく光だった事に、
残された佐助は複雑な、
政宗はどことなく納得の想いで
暫し別れの余韻に浸った。

政宗はふう、と息を吐き気持ちを切り換えると
小十郎と、
佐助へと順に視線を向け、そこで眉を潜める。

「猿飛」
「……なに」
「何でそんなに不機嫌なんだ?」
「そんなことないけど?」
素っ気ない言い方からして上機嫌とは言い難かろう。
だが
「まあ良いか」
政宗はとっとと詮索を止める。

佐助はちょっと冷たくない? と理不尽な感想を抱いた。

「引き止めて悪かったな。
ついでに真田幸村に伝言を…
ah、直ぐ文を書く。書き終わるまで待ってろ。
小十郎」
「は」
小十郎は準備をするため先行して戻って行く。

「付いて来な」
「はいはい」
佐助は素直に従い、政宗の半歩後ろを歩く。
二人は無言のまま、心持ちのんびりと歩を進めた。

部屋に戻ると、政宗は直ぐに机に向かい迷いなく筆を走らせ、
あっと言う間に文を書き上げる。
歩いている最中に草稿を頭の中で練っていたのだろう。

「なんて書いたか訊いて良い?」
「後でのお楽しみだ。
気になるなら真田幸村に訊きな」
「気になるってわけじゃないけど」

素直じゃない返事に、
相変わらずだ、と政宗は苦笑する。
だがそこが、佐助たる所以であろう。
素直過ぎたら、
何か裏があるのではないかと判断するであろう自分を
政宗には容易に想像がついた。

ほらよ、と手渡され、佐助はそれじゃ、と今度こそ帰ろうとしたが
「真田の忍」
再度、引き止められた。

「なに。まだ何かあんの?」

「俺が天下獲ったら手を貸せ。
日ノ本中を善く統べるにはフットワークが軽い『眼』が必要だ」
政宗は穏やかな表情で、
国主たる威厳に満ちた声で、告げた。

「はぁ? 俺様が旦那に手を貸すなんて有り得ないでしょー!」
「why?」

首を傾げる政宗に、佐助は「だって」と眉を潜める。

「アンタ、真田の大将倒す気なんでしょ?」
「Of course!
天下統一前にアイツとの決着は必要だ」
「なら、
有り得ないけど万が一真田の大将が負けちゃったら
アンタは仇であって、
俺様が味方になんかなれないっつーの」
「…仇?」
「仇でしょ。」

意味がわからない、と言いたげな政宗の反応は、
佐助の方が意味がわからない。

「……。
真田の大将、殺すんだよね?」
「んな必要どこにあるんだ?」
「へ?」
心底不思議そうな政宗の言葉に
佐助は毒気を抜かれる。

「真田幸村は自分で天下統一を目論んでるのか?」
「んなわけないじゃん!
真田の大将のはあくまでお館様の後押しだよ」
「なら、俺に真田幸村を殺す理由がねーんだが。
rivalだって認めちゃいるが、
勝敗を決した後に
なんで無駄に命を摘む必要がある?」
「……」

だが、実力が伯仲するもの同志の本気の戦いなればこそ、
生命を奪う事になりかねないのでは、と佐助は思ったが、
政宗はそれを望んではいない、その事は伝わった。
存分に。

「ま、虎のオッサンの上洛にこだわり続けられたら
そんときゃ仕方ねーけどな。
残念だが」

「残念?
アンタ、真田の大将を味方にしたいの?」
「right!
勿体ねーだろ。
良い国を作るには良い人材が要る。
アンタや、あいつみてーな、な」
「…真田の大将、戦いしか能がないよ?」

天下統一が成り戦がなくなった世界で、
幸村は何が出来るのか。
部下の佐助にもわからない。
幸村本人も、
信玄の上洛が成ったとして
その後をどこまで考えているのか。

だが、政宗は欲しいと言う。
「あの性格も才能の内だろ?」
「確かにそれは言える、けど」

佐助は預かった文を大切に持ち直した。

「…考えとくよ」
「前向きに頼むぜ!」

子供のような笑顔を向けられ、
なんて狡い、と佐助は苦笑を返し、
今度こそ幸村の元へと足を踏み出す。

惚れた弱みがあると言うことは、
知られていないのだろうけど。


大阪に戻った佐助は、
成果を聞きたげな様子の幸村に
有無を言わせず政宗から託された書状を差し出した。

「これは?」
「竜の旦那からのお手紙」
「政宗殿から?!」

手を伸ばし奪うように受け取る幸村に、
佐助はぽりぽりと頬を掻きながら
躊躇いがちに尋ねる。

「…大将。
アンタ、竜の旦那に天下を譲る場合も考えてんの?」
「お館様が認めたならばな」
それはつまり、
「…アンタ自身には反対する気はまるでないって事?」
「その理由を持ち合わせておらぬ。
そなたも言っておったではないか。
あの御仁は若くして国を背負う重さを知っておられる。
その『国』が日の本全土に拡がったとて潰されはせぬだろうよ。
それを手助けするのも楽しいだろうな。
とは言えお館様の上洛が第一ではあるが」

「…大将」

全面的に認めちゃってるじゃない。

佐助は、依怙地になっている自分が馬鹿らしく思えてきた。

「で、文には何て?」
「一対一での決闘を望んでおられる。
兵の損失はお互い得策ではなかろうと」
さすが政宗殿、と嬉しそうに笑う主の姿に、
「主に消耗するのはあっちの方だよね。
不利な条件を覆すための申し出じゃないの?」
なんだか腹が立って茶々を入れる。
くだらない嫉妬だと自覚している。
既に偽るのは止めた。

一騎討ち。
それは、
二人の一番望む形の決闘だと、
因縁を良く知る身としては嫌と言うほど理解していた。
自分が入り込む事の叶わない。

「佐助」
「はいはい。
了解しました、って伝えてくるよ」
はあ、と諦めたように肩を竦める。

幸村はその申し出に一瞬間を空けた。
戻ってすぐまた向かわせるのは忍びないと思い
他の者に言付けようと思っていたのだが。

本人が行くと言うなら止める理由はない。

「頼む」

最後の局面は、終わった後は意外ととんとんと話は進んでいくものだ。

                                                    【最終章】

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個人的に属性はそれぞれ二つ持ってたほうがしっくりくるんじゃね? とちょっと思う。
小十郎は雷+闇とか。

島津のじっちゃんは+炎っぽい。
 
                                          【20101127】