風魔ルート ; 中

 

小田原城が豊臣軍によって陥落したことにより
北条に雇われていた小太郎はやる事がなくなった。

主たる氏政は命をとりとめはしたが
暫く北条は動けまい。

そんな時に、伊達軍から依頼が舞い込んだ。

小田原での戦いで豊臣に捕らえられた
伊達軍の筆頭、政宗を奪還するための連絡の橋渡し。

面会した頬に傷のある男―片倉小十郎は、
それを小太郎に頼みたいと言う。

「まどろっこしいと思ってるのか?」
「………」
小太郎ならば、大阪城からであろうともいとも容易く政宗を連れ出せる。
そういうふうに依頼された方が楽ではあった。
楽をしたいわけではないが。

「テメェの腕を信用してねぇわけじゃねぇ。
政宗様を奪取したのは伊達軍だ、って吹聴する必要があるんだ」

小十郎はそう言った。
そんな事に何の意味があるのか小太郎にはわからない。
だが理解する必要もなかった。

ただ告げられた役目を忠実にやり遂げるだけ。
貰った金額分の働きをするだけだ。

伊達軍は小太郎に充分過ぎる前金を払った。
それだけ、主である政宗が大事なのだろう。

ずっと同じ部屋に篭っている政宗の元に
城内の人間に気付かれずに訪れるなど簡単すぎる仕事だ。

部屋に忍び込み、わざと気配を強めると、
それによって目を醒ました政宗が
直ぐに暗闇の中にまぎれた小太郎に気付き起き上がる。

用事を済ませた、別れ際。

笑顔を向けられた。
悪戯っ子のような笑顔、と言うのか。

「風の悪魔」に
そんな表情を向ける者など、今までいなかった。
一人たりとも。

定期的に連絡のための文を届ける度、
書状に目を通す合間に
政宗は何かと小太郎に話し掛けた。

やれ「今この仕事しかしてないなら空いた時間は何してんだ」だの
「何喰ったらそんな身体になるんだ」だの
「寝る時はその兜ちゃんと脱いでんのか」だの
「風呂はどうしてるんだ」だの。

大抵は生活に関する質問で、
小太郎が応えないでいると、
政宗は「奥州に通ってるなら何処其処の山は絶景だ」やら
「今の季節ならあれそれが見頃だ」やら
「日によって形が変わる月はそこここからでも見てるモンは同じなんだよな」やら
今度は風景について語り始める。

部屋の外に漏れないぐらいの小声であったが、
小太郎の耳にはそれは問題にはならなかった。
ただ、反応には困る。
まるで意図がわからない。

墨と筆は部屋の中にある。
政宗は時折
受け取った文の裏に手短な返事を書いて小太郎に返した。

「………」
「御苦労さん」
そして最後はいつも裏のない笑顔で送り出す。
小太郎の中に浮かんだ戸惑いの感情は
消えずに、むしろ積もって、胸の内にずっと渦巻くばかりだ。

決行が近いと小太郎にも知らされていた。
自分の腹心からの書状に目を通す政宗の表情はどんどん凛々しくなっていく。
戦いに備えるように。

ふとその表情が翳った。

不安そうな顔など初めて観る。
己の部下達から引き離された不本意な状況に
惜しげもなく不安をあらわにはしていたが
淋しいだとか切ないだとかは押し殺していたようだったというのに。
否。

執拗に話し掛けていたのはその表れだったのか。

小太郎はその事に思い至り、
政宗を、観た。
意識を持っていかれた。
何事か呟いたようだが耳を通り抜ける。

「なぁ忍」
呼ばれて、やっと我に返った。
気を取られていた自分に、内心慌てて。

政宗は小太郎に
この城にある己の装具一式を取って来て欲しいと頼んで来た。

保管場所は既に見当がついている。
難しい仕事ではないが、
小太郎は、政宗を誘導、護衛し
城内から外へ連れ出す役目も負わされていた。
政宗が刀を取り敢えて危険を冒す必要はない。

消極的に見えたらしい小太郎の反応を、
正式な依頼にするためには報酬が必要だからかと政宗は捉えたらしい。

実際には伊達軍から貰っている報酬で充分だった。

だが、「政宗に危険な真似はさせたくない」小太郎は
その勘違いを逆手に取ることにした。

小太郎は政宗の眼前に迫る。

「ふう、ま…?」

疑問符付きで名を呼んでくる政宗に、
優しくくちづけた。

「………」
「……っ?」

初めての行為であった。
接吻も、自ら他人に触れる行為そのものも。

政宗が平静を装っている事には直ぐに気付いた。
だが。

「アンタ、持ち合わせがない依頼主に身体で支払わせてんのかよ」
「………!」
そう言われるとは思ってもいなかった。
そんな訳はない。
「悪かった。怒るなよ。」

「………?!」
小太郎は、
政宗が自分の感情を読み取った事を不思議に思う。
自分すらわからなかった感情の揺らぎを。

「で、今ので契約成立って事で良いんだな?」
確認してくる政宗に、
「………」
指先で唇に触れ、なぞることで応える。

「…前払い分…なのか?
いや、確かに面倒な仕事だろうしあれだけじゃ足んねぇだろうとは思うが」
意図を読み取ってくれた事に満足し
「………」
寝間着として着ている薄い着物の襟元から手を差し入れ
素肌に直に触った。

「っ!」
自分の手が冷たいだろうとは知っていた。
政宗が顔を朱らめびくりと身体を震わせるのをじっと見つめる。

もっと深い、肌の触れ合いの要求したならば
いかな人物であろうと依頼を取り消すだろう。
いわんや、奥州筆頭たる政宗をや。
その場合、くちづけの分の報酬は伊達軍の方に返しておこう。
小太郎はそう思った。
しかし。

政宗は逡巡の後、
躊躇いを表すように緩慢な動きで頷いた。

「……わかった。
成功報酬、でいいな?」

信じられなかった。
だが、妙な嬉しさも去来する。
そのまま、なかった事とやり過ごすのが一番なのだが。

小太郎は、
政宗の額に髪の上から唇で触れる。
契約の証のように。

政宗から離れ、闇に溶け立ち去る時、
自分の口の端が弛んだような気が、した。

小太郎が政宗の元に刀と防具、陣羽織と全て揃えて届けたのは
明ければ計画実行と言う日の夜だった。

「…忍…ah、風、魔?」
渡された装備を受け取った政宗は
困惑したように上目遣いで小太郎を見上げる。

早い内から持ち出していたらバレる可能性が高まる。
このタイミングで取り戻して来るのは正解だ。

政宗が懸念しているのはそこではない。

「残りは…今払うべきか?」
きゅ、と着物の合わせを掴む。
おぼこのように怯える様子に小太郎は
「………」
安心させるように頭を撫でた。

「っ風魔?」
驚く幼い表情に
小太郎の胸に不可解なものが生まれる。
それは見ない振りをして、
「………」
刀を指差した。

「ああ…明日、久し振りにこれを振るう事になるんだな。
…だからもし…アレなら、身体に負担掛けられると困るんだが…
って俺は何言ってんだ…」

混乱しているのか顔を真っ赤に染め頭を抱える政宗に、
小太郎は初めて、
ソレをすることで政宗を止められる場合もあるのかと思い至った。

その手の事は、知識としては知っている。
行為の効果的な方法や道具に関してはおそらく一般人よりも遥かに詳しく。
拷問に関する事の延長として
知って然るべき情報だった。
自分に、それを活かす場面など巡り来る事はないだろうと思っていたのだが。

政宗は自然に自分が負担がかかる方だと考えているらしい。
交渉条件に出したのだから流れとしてはそうなるだろうし
小太郎もその方が、と考え掛けて、
固まった。

「…風魔?」

囚われの不幸な身の上。
そんな状況が目眩ましになって
政宗に対する不当な評価を抱いたに違いない。

小太郎はそう決め付け
敷かれた布団の枕の位置に正座する。

「ふ、うま?
wait、アンタ何を」

目を丸くする政宗を
有無を言わせず引き寄せ寝そべらさせて膝の上に頭を乗せさせる。
掛け布団もきっちり掛けさせられ、
政宗はやっと風魔の思惑がわかった。

明日に備えて眠れと言いたいのだろう。
朝まで膝枕をするとなると、
足が痺れて小太郎にこそ負担になりそうだが。

「…風魔、アンタ…」

下から見つめ、隻眼を細める。
変わらない無表情が、愛しく思えてたまらない。
政宗の中からそんな想いが湧き上がった。

「本っ当に、面白れぇなぁ。
…最高だ」
 

                                                    【後】

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同じ出来事を別のキャラの視点で書くのが結構好きですが
もしかして読んでるほうからしたら邪魔臭いだろうか。

3より前の話ですので鶴ちゃんはいませんよ。

…中、になりました。ちゃんと後一話で終わるのだろうか。<終わりませんでした


                                         【20101129】