風魔ルート ; 後

 

 

男の膝の上だと言うのにやけにぐっすり眠れた気がする。

政宗が目を醒ますと枕が変わっていた。
いつ足を抜き枕を差し入れたのか、まるで気付かなかった。
それだけ深く眠っていたという事か、
はたまた小太郎の妙技の賜物か。

部屋中見渡しても小太郎の姿はない。
気配も無いが、なんとなく、まだ居ることはわかった。
決行直前に居なくなるはずがない。
依頼を投げ出すような男には、まるで見えないのだから。

政宗は寝間着にしていた着物を脱ぎ捨て
久し振りに戦闘衣装に袖を通した。
防具がずしりと重い。

怪我を負っていた上、ずっと部屋に篭りきりで
体力も腕も落ちているのは明らかだ。
六爪は持てまい。
それでも、警備兵からぐらいは身を守れる。

厄介な相手が立ち塞がったとしても、小太郎が引き受けてくれる筈だ。
逃げ足とて、政宗一人荷物にしたとて問題あるまい。

「okey、準備は出来たぜ」

振り返って告げると、目の前に小太郎がいた。
ずっと、その場所にいたかのように。

「………」
小太郎は政宗を抱き抱えると
共に闇をまとい瞬時に城外へと脱した。

「便利な技だな」

政宗は素直に感心する。
こんな技を会得していたなら、
易易と囚われの身にならずにすんだだろうにと。

身を明け渡した時は伊達の兵士が人質のように言われ従った。
小太郎が運んで来た文によると小十郎が完全復活し
その憂いもなくなっているらしい。
大阪城に留まる理由はなくなっていたのだが、単身脱出するには
豊臣には秀吉を筆頭に強い武将が多く
武器も持たぬ身では敵いそうになかった。

だから小太郎が駆使する技は少しばかり羨ましかった。
忍のお株を奪うつもりは毛頭無くとも。

小太郎は政宗を抱えたまま思案する。
このまま城を後にすることも出来るが、
依頼は「伊達軍が救いだした」と見せること。

伊達軍は少数精鋭ですぐそこまで来ている筈だ。
それを、豊臣兵士に知らせつつ無事逃げ切らなければならない。

改めて考えると意外と面倒だった。

そんな結論に達した時、
くい、と腕を引っ張られる。
「風魔。自分で立てる」
政宗が照れたような困惑したような表情で見ていた。
「………!」
言われ、軽く動揺し小太郎は直ぐに手を離す。

「逃げるときにはまた抱えて貰うことになっちまうかも知れねーけど、
今んとこはな。
…っておいおい」
言っている途中で、
政宗は視界に入ったモノ―否、人物に、思わず苦笑いを浮かべた。

「………!」
機械音が響く。
人間が発しているとは思えない唸り。
そして、人とは思えぬ動きで迫り来るのは。

「戦国最強、かよ。
最初っから随分な大物がお出ましだぜ。
…逃げるぞ風魔! マトモに相手しなくていい!」
「………」
臨戦態勢を取った小太郎を制止し、政宗は走り出した。
独りでは逃げ切れる気はしない。
だが。

小太郎は政宗を掬うと、宙を蹴った。

「oh…!」
空を駈ける。
抱えられながらとはいえ初めての体験に政宗の口から感嘆の声が零れ、
次いでヒュウッと口笛が飛び出し、
「アンタすげぇぜ」
子供のように目を輝かせた。

小太郎は、期待に応えるようにと速度を増す。

忠勝も飛行形態を取り、追跡を開始した。

「………!」
「忠勝! 秀吉公が戻るまで二人を引き止めるのだ!」
「…家康…?」

それは、秀吉が戻って来ると教えてくれているのか。

「…………!」
忠勝は二人を門の方に追い立てるように追撃、そして威嚇の砲撃をして来る。
誘導する事も可能であろうし、
政宗を抱えている分小太郎の方が不利な筈であるのに。

確かめるまでもなく、それは
「家康…」
彼の指示だろう。
政宗の境遇に酷く同情的であった。
憐れみに苛立ちもしたが、
まさかここまでしてくれるとは。

「………!」
警戒を強めた小太郎の様子に
政宗が後方から前方へと視線を向けると
門の手前にも知っている影があった。

「伊ぁ達ぇ政宗ぇっ!」
「おいおい。今日は何のpartyだ?」
政宗は小太郎の腕からするりと抜け、地面に足を着いた。
「………」
「アンタは本多の相手を頼む」
「………」
小太郎は躊躇い勝ちに頷いた。政宗を案じているのだろう。
だが、家康の立場を考えると忠勝の相手が必要なのも事実で
ならばそれは小太郎の役目になる。

三成はゆらり、と細い身体を大きく動かしながら政宗へと近付いて来た。

「貴様あ…秀吉様にあれ程気にかけていただきながら、
こそこそと陰で忍と渡りをつけ、
挙げ句逃げ出すだと…?!」
「悪いな。
俺はどーにもアンタ程秀吉サマに心酔できなくて」
政宗は憎憎しげに睨み付けてくる三成に対し
受け流すようにわざと軽い対応に徹する。

「アンタも清清するんじゃねーのか?
秀吉サマのご命令とは言え
俺なんかを丁重に扱うなんて耐えらんなかっただろ。
俺がいなくなれば秀吉だって―」
「煩い!
煩い煩い煩い!」
「……?」

政宗の言葉を大声で遮り、
三成は鞘におさめたままの刀身をびしりと政宗に突き付ける。

「貴様はただ在れば良かったのだ!
大人しく飼われてさえ居れば!
逃げ出すことなど、秀吉様も、この私も! 赦しはしない!」
「石田…三成?」

その言葉には深い意味がありそうであったが、
政宗には理解し難かった。
問答無用で斬り掛かってくると思っていただけに予想外の反応だ。
これならば。

「風魔」
呼ぶと直ぐ小太郎は政宗の近くに現れ、腰を抱き
三成の横を猛スピードで通り過ぎる。

「っ伊達…!」
虚をつかれ反応が遅れた。
慌てて振り返った三成に向かい、政宗が手を振っていた。

「悪いな。
竜を閉じ込めとくには狭すぎだった、って
アンタの主に伝えといてくれ」

城も、その手の中も。
政宗を鬱屈させるだけだった。
そんな時に現れたのが、
一陣の風。
小太郎だ。

闇を纏うその姿を光と観ても仕方あるまい。

政宗は、身体をぴったり小太郎に密着させる。
振り落とされないようにしがみついているのとはまた違った理由で。

小太郎はそんな政宗を、満足げに一瞥した。

「………!」
「どうし…
…っ!」
不意に小太郎から緊張が伝わり、
同時に、圧倒的な威圧感が吹き付けてきて、政宗は気付く。

「…次から次へと…
ま、アンタさえ越えればgoalって事で、話は早いか」

目の前に聳え立つ巨体は政宗を閉じ込めていた張本人だ。
撃破は無理だろう。隙を窺うしかない。
かと言って時間を掛けすぎては三成に追い付かれてしまう。

政宗を見下ろす秀吉の顔には、寂寥が滲んでいた。
「…そうか」
「……豊臣?」
政宗は訝しむ。
様子が違う。

「その忍を選ぶのか」
「………?」
発せられた言葉の意味がわからなかった。
だが。

「往け」
道を開けられた。
「豊臣…秀吉…?
なんで…」

罠とは思えない。
戦意がまるで感じられない。
これが演技であるなら政宗は秀吉の評価を変えねばならぬだろう。

秀吉はゆっくりと政宗を視た。

「我は、今の貴様などに僅かばかりも魅力を感じておらぬ。
逃がしても惜しくはない」

それでも脱出を確かめたかったのは未練からか。

「倒す気すら起きぬ。
殺すのは、生命力が甦り、再び貴様が我を惹き付けた時よ」
「…アンタ…」

理不尽で利己的で無茶苦茶だ。
けれどその理屈は、政宗にも少し理解できた。

「後悔するなよ?」
「するのは貴様の方よ」

死んでも秀吉に屈しないであろう政宗に対する精一杯の虚勢と取れなくもない。

だが政宗はその台詞に
秀吉の強さと、そして真面目が過ぎる面白さを垣間見た。
毛嫌いせずに話してみれば違った道が拓けたのかも知れない。

時既に遅し。
仮定など、いくら考えても不毛なだけだ。

政宗は小太郎と寄り添い秀吉の脇を抜ける。

そして辿り着いた大阪城の門の近く。
伊達軍と合流した政宗を見届けた小太郎は
ひっそりと、人知れず姿を消した。
 

                                                  【エピローグ】  
 
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伊達軍EDの終わり方か。
続きます。逃走シーンが長くなったんで入りきらなかった…

微妙に三成→政宗なのは完全なる趣味です。
多分どっかで親密度を上げてたんじゃないかな。

                                        【20101212】