邂逅絢爛 ; 前篇

 

慶次は頭を抱えていた。

悩んだ余り足が勝手に動き
仕事場から逃げ出していた自分に溜め息を吐く。

「これじゃ昔とあんま変わんないな〜。
あーでも
息抜きとか気晴らしとか気分転換は大事だよね! 創作活動には!」

開き直ってみるが、
歩き回っても解決策が浮かぶとは思えない。
どこかで妥協すれば良いのだと、わかってはいたけれど。

ふらふらと辿り着いた先は、観光地から少し外れた場所。
人気のないその場所に、
観光客らしき青年がぼんやりした風情で佇んでいた。

前髪が目元を隠し、顔の造作も表情もわからない。
けれど何故か気になり、思わず話し掛けていた。

「独りで観光?」
「………」
尋ねると、慶次に顔を向けこくりと頷く。
存在に気付いていたのか驚く様子はない。

慶次はぽり、と頭を掻いた。

「行きつけの甘味屋さんがこの近くにあるんだ。
好きなもん奢るからさ。
良かったら、ちいとばかし話し相手してくんない?」

男相手に下手なナンパのような台詞を言っている自分に
慶次は情けなさを感じたが
独りで鬱屈していても埒が開かないのも事実だ。
「………」
相手は暫しの沈黙の後、こくんと首を縦に振った。
どうにも無口な青年である。

青年は、名を小太郎と言うらしい。

慶次の脳裏に忍の姿が浮かんだが、まさか、と直ぐに打ち消した。

男二人で甘味屋、のシチュエーションは
何だかうすら寒い気もしたが
なるべく気にしないように努める。

慶次は自分を駆け出しの漫画家だと自己紹介した。

小太郎は大阪で服飾業に携わっているらしい。
あるきっかけにより、
古き良き日本の着物に改めて関心を抱き、
ならば京都に、と足を伸ばしたとの事だ。

そのきっかけとやらが少しばかり気になりはしたが
話は慶次の創作の悩みに雪崩れ込んでいた。

着物だとかに関係なくはない。

「でさ、担当さんにOK貰って連載の準備を始めたのは良いんだけど」
「………」
小太郎は驚きに口を開け
祝うように音を立てずに拍手をする。

「あんがと。
でも、いざ描こうとするとイメージがあるのに
形になってくれないっていうか!
独眼竜政宗! を絵に落とすためには
もっかい実物が観たいような!」

「………」
小太郎は独眼竜、と言う言葉に思い出した。

暫く前、頼まれた繕い物の持ち主。
どんな人物か見てみたい、と言う小太郎の要望に応え
友人が携帯電話に送ってくれた写真データ。

かの御仁も隻眼ではなかったか。

小太郎が誂えた羽織を着た姿のデータも別の友人から貰っている。
まさに、「独眼竜伊達政宗」のような姿の。

小太郎が改めて和服を見直すようになった出来事。

確かデータを持っていた筈だ。
デジタルカメラを操作し捜す。
参考になるかどうかはわからないが。

「なに?
何か見せてくれんの?」

身を乗り出す慶次に、デジタルカメラの画面に表示した画像を
見易い角度にして見せるように差し出した。

見慣れた蒼い姿とは違う、三日月の前立ての兜もかぶらない、
黒い陣羽織姿。
だが何度か着ている姿を観たことがあった。

「…え、これ…独眼竜?
…本物…?」

生まれ変わり ―違う歴史の過去から現代へ繋がるのを
そう呼んで良いのかわからないが― ではなく、
慶次の知っている独眼竜―政宗のようだった。

何故、とかは些末なことで。

「………」
「…あんた」
慶次は顔を上げ、対面に座る相手の顔を改めてじっくりと視た。

「小太郎…
…北条のじっちゃんのとこにいた忍…?」
「………?」
首を傾げる小太郎に、
慶次はああ、と直ぐに理解した。

記憶がないのか。

本来の歴史からズレた記憶を有する方がおかしいのだ。

けれど。

「この人と逢いたいんだけどなんとかなるかな?」

写真を持っている。
糸口が見えた。

独りきりの世界に、光明が。

                                           【中篇】

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うっかり始めてみました。
慶次参戦。


                                                 【20101222】