遠雷 / 続・出奔武田篇

 

政宗が奥州を出、
甲斐の武田に身を寄せるようになって半年余り経った頃。

武田軍の一員として戦場に出ることになった。

今回は大将である信玄が挟み撃ちを用心しての後方待機をしなくてはならず、
且つ、
前線にもそれなりの兵力を必要としたからである。

「確かに政宗は真田の旦那と互角に渡り合えるみたいだけどさー。
それは練習だけの話で、戦場は初めてなんででしょ?
実戦に出して平気かねぇ?」

佐助が作戦に不安をこぼす。
幸村は既に何度か出陣していて問題はなさそうであった。

「本人の了解は取ってある。
武人であればいつかは経験することじゃ」
「…お館様って変なとこ厳しいよね。
ま、護衛がてらの部下を付ければ大丈夫かな」
「部下は要らんと言うておった。
独りで好きなようにやらせろとな」
「…は?
大将、まさかそれ了承したの?」
「うむ。」
「どんだけ自信過剰?!
初陣で命落としたい訳?」

頭を抱える佐助に、信玄はふっと笑みを浮かべ
「ならば、お主が密かに政宗を補佐すれば良いじゃろう」
と提案した。

「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまったが
確かに、目の届かない場所にいる政宗の様子がどうなっているか
やきもきと気を揉んでいるよりはその方が気が楽だ。
だが。

「俺様、真田の旦那の忍なんですけど?」
「幸村には既に直属の部隊がおる。
最近の戦ぶりからしてもお主が傍におらんでも危なげなかろう」
「それは…まあ、ですが」
日常生活にこそ不安だらけの幸村は
むしろ戦場に出してしまった方が安心だ。
だから心配はないのだが。

本心は傍に付きたくて堪らないだろうに煮え切らない態度を崩さない佐助に、
信玄は
「お主にしか頼めん。 任せるぞ佐助」
と背中を押した。

「…了解しました」
そういう言い方をされては、従うしかない。

佐助は信玄の前を辞したその足で
出陣の準備をしているはずの政宗の元へと向かう。

扉一枚隔てた部屋の中からかちゃかちゃと金属音が響いている。
鎧を身に付けている最中なのだろう。恐らく自分独りで。

政宗は他人に面倒見られることを極端に嫌がった。
もしかしたら右目を失う原因となった病気の痕でも残っているからなのだろうか
と。佐助は邪推している。
確かめる気もなかったが。

「政宗。ちょっと良いかい」
声を掛けると
「佐助か。
OK。入ってきて構わねぇぜ」
軽い調子の返事があった。
「じゃ、ちょいと邪魔するよ」
すっと障子を開けると、部屋の中ほどに立つ政宗は
両手で兜を持っていた。
大きめの三日月の前立てがひどく印象的である。

他は全て装備済みで、最後の仕上げなのだろう。

「………!」

佐助は思わず息を呑む。

結局政宗は武田や真田に属する証とも言える赤ではなく
蒼い陣羽織を誂えた。
背には何の紋もない。

これでは一見武田の将だとはわかるまいが、
正式に身を置いている訳ではない身としてはむしろそれで良いのかも知れない。
それよりも。

「…馬子にも衣装…?」

少し違う気はしたが、他に的確な言葉が浮かばなかった。
戦装束を身に付けた政宗からは、普段の雰囲気が消えている。
いつもはどこか気だるげな空気を纏っていた。
幸村との手合わせは例外として。

それが今は払拭されていて、生気の塊のようであった。

「HA、言ってくれるじゃねぇか。
ま、アンタにしちゃ上出来か」
言いながら兜をかぶり、顎紐をとめる。
腰には六本の刀を佩いていた。

「褒めたつもりだったんだけどねぇ」
「だから、怒ってねぇだろ?
付いてくるなら目の届く範囲にいろよ」
にやり、と笑みを向けられ佐助は目を丸くした。

「へっ? 何で?」
ついさっき決まった事なのに、と驚くと、
「心配症のアンタと
用意周到な虎のオッサンの事だ。
隊を持つのを断ったらそうなるんじゃねぇかと思った。
当たりみてぇだな」
そう説明される。

「…政宗…」

幸村はただただ与えられた命令を遵守するだけで
その意味するところやそうなった経緯までは考えない。
政宗はそうではなく、
考えて、予想する。
自分の言動により周囲がどう動くのか。

「…勿体ないねぇ」
佐助はしみじみと呟いた。
若くしてここまで考えられる人物は稀だ。
政宗ならば、未だに混迷の只中にある奥州を平定できたのではないか。

何より人を惹き付ける魅力も併せ持っている。
けれど、また、戻られたら淋しいと感じてしまいそうな
自分の政宗への想いにも、
佐助は気付いていた。

がしゃがしゃと大きく鎧を鳴らして廊下を歩く、
こちらに近付いてくる音に佐助は我に返る。
誰が、と確認するまでもない。

「政宗殿!
準備は終わりましたか」
「真田の旦那」
「おお佐助!
此度の戦では政宗殿を頼んだぞ」
「言われるまでもないって」
「頼む必要はねぇぜ」
「しかし政宗殿…
……っ!」

室内を覗き、幸村はひゅっと息を呑む。
政宗は苦笑した。

「ったく、主従揃いも揃って…
アンタも馬子にも衣装とでも言いてぇのか?」
「まこと…
…っ! 否、政宗殿は元より立派でござる!
佐助っ?!」
「俺様も素直に褒めようと思ったんだって」
「それより、出陣か?」
「はっ、」
尋ねられ、幸村はキリリと顔を引き締めた。
「はっ。
お館様の御為、共に参りましょうぞ!」
「まぁ世話になってる分恩返ししとかねぇとな」
熱い幸村の呼び掛けに、政宗は冷静に返す。
「…アンタらほんっと好対照だよね」

数刻の後。
戦場へ向かう隊列の最後尾に政宗は馬をつけていた、筈だった。

佐助が敵方の情勢を探るため傍を離れた。
相手の布陣を最前列に居る幸村に報告し、
すぐさま政宗のがいる筈の場所に戻ったのだが。

「っていないし?! 政宗っ?」

まだ戦は始まっていない。
自らの意思で隊を離れたのだろう。
遠くには行っていないだろうと周囲を探ると
道ならぬ道を駈ける馬を見つけた。
腕を組んだ姿勢で乗っているのは。

「政宗!」
「来たか佐助」
「アンタ勝手に…
ってもう目と鼻の先じゃん!」

止められないまま並走して気付いた。
このまま進むと敵陣営に横から突っ込む形になる。

「ちょ、待ちなって!
未だ旦那が動いてないんだから!」
「だからこの俺が先陣切ってやろうってんだ。
have a party!
派手に行こうぜ」
「いやあんまり目立たないでよ?!
アンタ戦に慣れてないでしょ!」

佐助の心の中は、なにこの子?! である。

瞳をギラギラと輝かせ、歯を剥き出して笑う姿は
屋敷の中で見掛けた物静かな青年と同一人物だとはとても思えない。

政宗は馬から飛び降りながら六本の刀を抜いた。

奇襲に驚く敵を
「WAR DANCE!」
次次薙ぎ倒していく。
踊るように。舞うように。

佐助は自分を狙ってくる敵だけを反射的に倒しながら、
その姿から目を離せずにいた。

「佐助、これは…?」

混乱した敵の中を、馬に乗ったまま槍を振るっていた幸村が
二人の近くまで進軍してきた。
騒ぎの元を求め、探し当てた先がこの場所だったのだろう。

「ゴメン旦那。俺様がついていながらこんな有り様で」
「いや…」
幸村は返事を濁し、ただじっと政宗の戦ぶりを眺めた。

「旦那…?」
佐助はその表情にいぶかしみを覚える。
熱に浮かされたような、それは。

「おいおいもう終わりか? warming upにもならねぇぜ」
蒼い雷を身にまとい、放ち、戦場を駆け巡る。

最早政宗の周囲に、動ける敵は一人として居なかった。

「大将は獲ったのか」
幸村の存在に気付いていたらしい。
振り向き、尋ねる。
急激に昂ぶりが去ったような声音。

「…取り逃がしてしまいました」
「ah、もしかしなくても俺が暴れたせい、か」
自覚はあるのか。
佐助は困ったように笑った。

鬼神のような働きに敵の兵士は逃げ惑っていた。
大将がそれを見て早早に退却を決めたのはむしろ英断であろう。

幸村はだがかぶりを振った。

「いえそのような!
某の不徳の致すところ。
決して政宗殿の責ではござらん!
…政宗、殿」

紅潮した顔。
興奮を隠しきれない幸村に、
佐助は何を言い出すのかとハラハラする。
制止して求められない事は経験上熟知していたので口は挟めない。

「貴殿と敵として出逢えていたなら、
さぞや滾る戦いが出来たのでありましょうな…!」
「ちょ、旦那!」

戦馬鹿にも程がある。としか言えない発言には裏はない。
だが政宗がどう捉えるのか。
佐助はそっと反応を窺った。

その言葉を聴いた政宗は、一瞬驚きで目を見開き、次いで、
ゆっくりと、えも言われぬ笑みを浮かべた。

「…I think so, too」

呟かれた返事らしき言葉の意味は、
二人にはわからなかった。 

                                          →【雷動】

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スミマセンなんか続きます。

駄目だ結局筆頭は武田に収まり切れない…!

                                 【20110122】