雷動 / 続・出奔武田篇

 

 

情報収集に出ていた佐助が甲斐の武田屋敷に戻ると、
庭先で幸村と政宗が打ち合いをしていた。

練習用にと刃が潰してあるが
幸村は二槍、
政宗は、一本しか抜いていないが六本の刀での仕合である。

「政宗殿!
何故本気を出してはくれませなんだか!」
「ってもなぁ」
「あの戦場で魅せた貴殿の本気、
この幸村にもどうか!」
「別に手を抜いてる訳じゃねーんだが…
ah、参ったな」
「手合わせで本気を出せませなんだら
戦場にて本気を出せる道理もありますまい!」
「そいつもわかってる。」

言い合いながらの撃ち合いは、
それでも傍から観れば相当熾烈なものであった。

その様子をずっと眺めていたらしい信玄は
視線を動かさずに背後に現れた佐助に話し掛ける。

「貴様も観たのじゃろう? 佐助」
何を、とは言われなくてもわかる。
佐助は見えないと知りながら頷いた。
「初陣とは到底思えない暴れっぷりでしたよ。」
「それは観てみたかったものよな」
信玄は満悦ぎみに頷く。

「笑い事じゃないですって」
佐助ははぁ、と小さく溜め息を吐く。

実戦と変わらない勢いで打ち付ける幸村の攻撃を凌ぐ。
それだけでもかなりのものなのだが、
幸村はそれ以上を望んでいる。
政宗からの、本気の攻撃を。

「それよりお館様。
急ぎ、お耳に入れたいことが」
「どうした佐助。改まって。
まあよい。ならば場所を変えよう。」

そのやり取りが目に入ったのか
二人の手は止まっていた。
「お館様?」
幸村の問い掛けに、
「お主らはそのまま続けておるがよい」
「は、はっ。」

「……?」

一瞬ではあったが、確かに、
佐助の視線が政宗に注がれた。
思わせ振りに。

暫く後、
幸村との手合わせを終えた政宗は信玄の部屋へ呼ばれた。

人を払い、やけに広く感じられるその空間で
実際に視て来た佐助が話を進める。

政宗が聴かされた内容は、
「伊達が、墜ちる…?」
茫然自失にさせるに足るものであった。

「うむ。大将は既に討たれたそうじゃ。」
「今は伊達随一の家臣の片倉さんが孤軍奮闘してるよ」
「小十郎が?」
反射的に出たらしい質問に、
佐助は「そう」と頷く。
遠目で視ただけであったが、鬼神の如き働きだった。

「けど、いくら強くても独りじゃ長くは持ちこたえらんない。
相手方は人数だけは揃えてたみたいだしね。
時間の問題だと思うよ」

「…何で、それを俺に」
政宗の疑問に
「伊達に味方しようと思うてな」
信玄は簡潔に答える。
「っ?!
援軍を…送るってか?」
驚く政宗に信玄は深く頷く。

「伊達が治めるは奥州の要。
獲られてはこちらも少しばかり巧くない。
片倉小十郎も亡くすには惜しい強者と聴く。」
「……」
「お主も往くか」
「………」

政宗は瞳を閉じた。
感情が見えないその表情を佐助はじっと観察する。

結論は直ぐに出た。
「―往く。」

状況を鑑みるに急いだ方は良いのだが、
準備を怠るわけにも行かない。
人数を増やせばその分時間も掛かる。

信玄は、少数精鋭を先行させる事とした。
その中には政宗と佐助、 そして幸村の姿があった。

政宗と幸村が馬を並走させて先頭を駆け、
その少し後ろを佐助が走る。

「失礼ですが、
政宗殿と奥州とは何か繋がりがあるのですか?」
「……」
幸村の問いに、政宗は眉を潜め、後ろを視た。

「その冷たい瞳はよして。
確かに近隣諸国の情勢を知らないのはどーかと思うけど
政宗だって真田の旦那がこういう人だって知ってるでしょ?」

佐助がバツが悪そうに視線を逸らすと
政宗は軽く頷き前に向き直った。

「そう、だな。
…だからこそだったのか」
ぽつりとこぼす。
識っていたら違う態度だったかも知れない。 ―同情を含んだ。

「俺が棄てた家が―伊達だ」
簡潔に説明すると、
「…なんと…!」
幸村は驚いた。
その佇まいから、出身は名のある家なのだろうぐらいは思っていた。
が、国主の家の出だとは。

「棄てた部下だが―助けてやりたい。
間に合うなら、な」
視るともなしに宙を仰ぎそう呟く。
政宗の言葉に、幸村は強く拳を握った。

「わかり申した!
ならば!」

幸村は後続の兵へ向かい声を掛けた。

「これより速度を上げる!
付いて来られぬ者は無理する必要はない!
後で駆け付けよ!」

凛と張り上げられた声を聴き、
「…幸村?」
「旦那?」
政宗と佐助が目を丸くし、そして歓んだ。
こんな一面があったのかと。

「政宗殿、佐助、我等は全力で参りましょうぞ!」
「了解、旦那」
「all ight、
置いてっちまっても怒るなよ?」

その言葉通り、政宗の馬は速かった。

武田の屋敷に身を置いている間、
時間だけはやたらとあったので
騎馬で有名な武田軍の馬屋にも顔を出し、触れ合い、
その中で一番気が合った馬を連れてきた、
とは佐助も聴いていた。

幸村は自分が追い付けないと知ると直ぐに決断した。
「佐助!」
「はいはい承知っ」
佐助も名前を呼ばれただけで意図を理解し政宗の隣に並ぶ。

「また独りで突っ走る気?
今度こそ怪我しても知らないよ」
「間に合わないよりはマシだ」
真剣な横顔に、佐助は
「…仕方ない。俺様が」
補佐を、と言い掛けたが
「アンタは」
遮られた上
「アイツを止めといてくれ。
これは―
俺のけじめの戦だ」
真逆の命令―否、懇願をされた。

「…アンタが死にそうになったらさすがに止めきれないし
止まらないからね」
「そうならねぇようにせいぜい気を付けるさ」

政宗はそう笑うと
「HA!」
馬から跳び降り
戦場の只中に躍り出た。

じゃきっと刀を構える。
一本。
力を極限まで溜め、突き出す。

「HELL DRAGON!!」

戦場を一直線に光が迸った。
伊達軍には傷一つ負わせず、
敵だけを駆逐する神鳴が。

その光は戦場まであと少しの距離まで迫った幸村の眼にも届いた。
戦場を乱すことには成功したようだが。

「政宗殿! 今暫く待たれよ…!」

政宗がいかに強く、佐助が付いていると言えど、
敵を退かせる程盛り返せるとは思えず
幸村は加勢する為に急いだ。
だが。

「折角急いでくれたとこ悪いけど
残念ながら旦那は此処で高みの見物ね」
「何故止める、佐助!
? 何故此処に居る?!」
「政宗にお願いされたからね」
「政宗殿に?!」 
 
では今政宗は独りで大人数を相手にしているのか。
幸村は不安顔で戦場を観た。

                                               → 竜の帰還

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長くなったので区切ります。
次で終わり~。

                                           【20110205】