Teachable/ 関ヶ原×政宗 ; 現代パロディ

 

「すまん先生。
ワシ一人の為に補習の時間を取らせてしまって」

放課後。
二人きりの教室で申し訳なさそうに大きな身体を小さくする家康に、
「ノープロブレム。
熱心な生徒の為なら時間を惜しいなんざ思わねぇよ。」
家康が懸命に鉛筆を動かす机の隅に肘を付き、
頬杖の体勢のまま政宗は笑った。

家康はにらめっこしていたテスト用紙から顔を上げ、
にっこりと笑顔を向ける。

「優しいな伊達先生は。」
「ah?
何言ってやがる。普通だろ。
それにテメェはウチのクラスだからなぁ。
自分の教科だけ極端に出来が悪きゃ目にかけずにいられねぇって」
「すまぬ。
ワシとて苦手の自覚がある故他の教科より頑張っているつもりなのだが」
「それもわかってる。
どうだ? 終わりそうか」
「一応埋めてはみたが…」
「見せてみな」

政宗は解答欄を黙視で確認し、
「…成程な」
と頷き、
「どうだ?」
恐る恐る尋ねる家康を
「相変わらずスペルミスだらけだな」
「うっ。」
一刀両断する。

「答は合ってるんだが致命的に綴りが間違えまくってる。
マークシート方式だったらそんなに成績悪くねぇぞきっと」
「それは根本的な解決になっとらんのだが」
「だよなあ。
いっそ三段階で覚えるか?」
「三段階?」
「意味とスペルと発音。
テメェの書く綴りは発音で書いちまってんのが多いんだよ」
「そうかも知れんがどうすれば」

弱点がわかっても対策方法がわからければどうしようもない。
家康は眉を下げ情けない表情を浮かべた。

「ah、例えば、そうだな。
DATEはダテ、とかな」
咄嗟に浮かんだ例題をあげると、
「デートを、ダテ…」
何故か家康が固まった。

「覚えんのが一個増えちまうし巧くいかねぇのもあるだろうが
ま、いっぺん試してみろよ」
「ダテ…伊達先生、とデート」
「おい家康?」
話を聴いていないような様子を怪訝に思い顔を覗き込み窺うと、
がっと手を取られる。

「先生!
その、ワシとデートしてくれんか!
先生が恥じぬぐらい成績をあげてみせる!」
「いや成績が悪くて恥じなきゃなんねぇのはテメェの方だろ!
なんでそうなったっつうか手ぇ離せ痛ぇ手ぇ痛ぇ握力強ぇなテメェ!」
「やはりやる気も大事だと思うのだ!
ご褒美があれば覚える物が増えても頑張れる気がするのだ!」
「んなもん褒美になんのかっつーか顔近ぇなオイ!」
「頼む先生!」
「テメェのそりゃあ殆ど脅迫だろーが!
…ったくわかったよ。」
「本当か?!」
「ただし!」

ぱあっと顔を輝かせ力を抜いた家康の目の前に
政宗は指をビシッと立てて見せる。

「百点満点じゃねぇと無効だ。
you see?」
「I see!」

「……テメェ本当は英語も出来んじゃねぇのか?」
「滅相もない!」
 
そんなやりとりのあった日の翌日。

「伊達」
朝のホームルームを終えわらせて一度職員室に戻ろうと教室から出た政宗は
不機嫌そうな声に呼び止められた。

最も、
今までに一度たりとも彼の上機嫌な声など聴いたことはなかったが。

政宗は出席簿を小脇に挟み、両手を腰に当てる。

「石田。
一応教師相手にはもう少し言い方ってモンをだな」
「関係ない」
「まあ言っても直んねーのは知ってるけどな」
諦めぎみに苦笑する。

何せ担任になった一年前から口を酸っぱくして何度も注意している。
政宗自身は正直あんまりどうでも良いのだが、他の教師の手前放置するのも憚られた。

家康なども「先生」と呼んではいるが基本政宗に敬語らしきものを使ってはいない。
というかそんな生徒ばかりだ。

舐められているのかと思わなくもないが
海外生活の長い政宗は自身も敬語が苦手な事もあり
まあ良いか、とあまり気にしていない。

「それでどうした石田」
「貴様、家康と逢い引きの約束をしたと言うのは本当か」
「あいびき? ……肉の事か?」
重ねて言うが政宗は長く外国にいた。
日本語の古い言い回しなどに少し弱いところがある。
「違う!
で、でぇとの事だ!」
くわっと凄まれるが政宗は動じない。
何せもっと迫力のある人間を観て育った。
その人物は今も同僚として近くにいるのだが。

「ah、right、dateね。
まぁ、そうだ」
政宗は困り顔で頷いた。
あまり広がって欲しくない話なのだが。その話の漏洩元は一人しかいないだろう。

「貴様、それは依怙贔屓であろう! 聖職者のする事か!」
「石田…お前本っ当真面目だな。
贔屓ったって、したいのか? オレと、date」
「……っ!
そ、それは」
血色の悪い顔がほんの少し朱らんだが
政宗は気付かずに言葉を重ねる。

「それに次の英語のテストで百点取ったら、って条件付きだ」
「それも聴いている」

そんなことまで家康本人が言い触らしたのだろうか、と政宗は眉を潜めた。
面倒な事にならなければ良いのだが、と。

案の定三成はキッと眸を一層険しくさせた。
「今まで何度も貴様の試験で満点を取った私には何もないではないか!」
「普通ねぇだろ教師から生徒へ百点の褒美なんて。
小学生ならともかく」
「差別だ!」
「とは言うが、アンタ、オレから欲しいモンなんかあんのか?
金はかけらんねぇぞ。なんせ『聖職者』だし?」
「……っ!」

首を傾げる政宗に
三成は「……せ」やたらと小さな声で応えた。

「せ?」
「接吻、ぐらい寄越せ」
「……せっぷん?」
「そうだ。私に賜れ」
上から目線なのか敬っているのかわからない言い方で三成はふんぞり返る。

「狡いぞ三成!」
聞き耳を立てていたらしい家康が
がらりと扉を開け身を乗り出して大声で抗議してきたが
「煩い家康!
そもそも貴様が伊達に変な要求をするのが悪いのだ!」
三成は叫び返す。

言い争いになりかけたところに政宗が
「石田。」
と呼び掛けた。

「な、なんだ、伊達」
返事がやや上擦ってしまうのは致し方ない。

「テメェが望むんならくれてやっても良いんだが」
「なっ?!」
「ほ、本当か、伊達!」
「伊達先生! ならばワシもその方が!」

「それで、そのせっぷんってな何だ?」

「…………」
「…………」

繰り返すが、政宗は古典とも死語とも言える日本語には疎い。
二人は巧く説明する術が咄嗟には浮かばず、
その場に沈黙が降りた。

「政宗様。
いくら担当されているクラスの生徒とは言え
そのように特別に甘やかしてはなりません」
「小十ろ…っ片倉先生」

「っ! 片倉…!」
「しまった。今日の一時間目は古文だったか…!」
三成はぎりっと歯噛みをし家康は慌てた。

小十郎は代代伊達家に仕えていて、政宗付の護り人を担っていた。
英語教師になった政宗を追うようにこの学校にやって来た、と言うのは周知の事実だ。
片倉家の力を使ったのだろう。
伊達家の方はそこまでしなくても、と若干引き気味だった。特に政宗が。

そして小十郎は校内であっても「政宗様」の呼び方を改める気はない。
そんな小十郎を諌める人間もいなかった。

「石田。徳川。
オメェら政宗様に無理言ってんじゃねぇ…!
学生の本分の勉学に褒美だ何だと随分温い事を言ってやがるじゃねぇか。
なら点数が低かった場合の罰もねぇとおかしいよな?
半分以下なら政宗様との直の会話は禁止、とかな!」
「「な……っ?!」」
「いやそれはどうかと思うぞ小…片倉先生」
「でもその二人に対しては適切な罰だよね~」

ぽん、と肩を軽く叩かれ、政宗は振り返った。
「さ…猿飛、先生。アンタか」
佐助は手に持った数学の教科書を掲げて見せ、
ウインクで応える。
「俺様の一時間目はお隣なのよ。
俺様も伊達ちゃんの生徒だったらその賭けに乗りたいとこだけどね。
百点満点でちゅーしてもらえるってんならさ」

「…ちゅー?」
「猿飛。テメェ…」
「っとと怖い怖い。
んじゃ伊達ちゃんまた後で~」

ひらりと身を翻し隣の教室へと姿を消した佐助に
「あーもうチャイムが鳴るのか。」
政宗は宙を見つめた。

この時間政宗が受け持つ授業はないが
それこそテストの問題作成などの下準備があった。

「石田。」
「な、何だ」
「せっぷん、てのはKISSの事で良いのか?」
「そ、そうだ」
「何でオレなんかにして欲しいのかわかんねぇが、
なら」

「だ、伊達…っ?!」
「伊達先生…?」
「政宗様?!」

ちゅっ。

「「「………っ!!」」」
政宗は三成の頬から唇を離し、ぺろりと舌を出した。

「ま、こんなもんだな。
じゃ、ちゃんと授業受けろよ」
「あ、ああ…」

「三成…」
「政宗様……っ」

殺意がだだ洩れの二人の様子など知ったことではなく、
三成はその日一日心此処に在らずで過ごした。



「…会話に加われなかったでござる…!
無念…!」
「旦那は選択問題でしか点数稼げないからね~
…勘だけで全問正解するのもある意味凄いけど」

                                           →Testimonial
 
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家康なら英語苦手ででも前向きに克服しようとしそうだったので。

意外と楽しかったです。
先生が多いです。真田さんはギリ生徒。
毛利さんは歴史です。兄貴は体育です。多分。
あ。金吾さんも生徒です。…続篇はないけど。


                 【20110511;初出 / 20110513;加筆修正】