繋がるエニシ /慶次ルート

 

気分転換にと大阪城の周囲を独り散策していた政宗は 庭先で明らかに正式に入城したとは思えない人物とばったり鉢合わせをした。 「……あれ?」 思いがけない邂逅に互いに目を丸くする。 「ah? 前田の風来坊…アンタなんで此処に… ああ、アイツに逢いに来たのか?」 「違う違う!」 合点がいったように頷く政宗に、 アイツ、が秀吉を指しているのだと直ぐにわかった慶次は ぶんぶんと頭を横に振って見せた。 一緒に付いてきていた慶次の小さな相棒の夢吉も 倣うように「ききっ!」と首を振っている。 それを観てほんわりと和んだ政宗の顔には自然笑みが刻まれた。 慶次もつられたようにふっと微笑み、 「あんたに逢いに来たんだよ」 と口にする。 「オレに? 何で今」 言いながら小首を傾げる政宗の仕草に 慶次は苦笑した。 確かに今更だ。 けれどだからと言って動かないままで 全てが終わった時になって後悔するよりは断然マシだと思った。 「あんだが、秀吉に囲われてるって聴いたからさ。 どんな不便を強いられてるのかと思って心配してたんだけど 結構自由なんだね」 慶次が簡単に忍び込めた位である。 やろうと思えば政宗もこのまま城外へ逃げ出せそうだ。 「引き篭ってたのは自分からだったからな。 何もしねぇでいるのは性に合わねぇってことがよぉっくわかった」 息が詰まって外に飛び出した結果 何故か豊臣軍の軍師じみた真似をするハメになった、と 自嘲しながら肩を竦める政宗に 慶次は嗚呼、と感嘆の息を吐き目を細めた。 眩いものを視るように。 「あんたらしいや。 だから最近の豊臣軍の動きが以前とは違ったんだな。 半兵衛がいなくなったからってだけじゃなかったんだ。 で、何で逃げないんだい?」 問い掛けに、政宗は応えず逆に 「アンタはアイツの傍にいてやらないのか?」 と尋ねた。 「俺? いやぁ。いても邪魔だろ。だって。秀吉は」 「あの男は、 半兵衛…竹中を失くして多分本人が思ってる以上に参ってる。 その隙間は、アンタしか埋められねぇんじゃねぇのか? 友達をやったことのあるアンタしか」 「そんなの…」 慶次は表情を失くし、視線を落とした。 「秀吉はねねを自分で殺したんだ。 その痛みに耐えられるなら半兵衛の事だって…!」 「そうだな。愛した女は自分の手で消した。 だから、堪えられたんだろう」 「…なんだって? 独眼竜、あんた一体」 慶次は顔を上げ、政宗の一つきりの眸を視た。 深い泉のように、澄んでいるのに底が見えなかった。 「アイツは自分が大事なものが勝手に消えちまうのを恐がってた臆病者だ。 いつ無くなるか、怯えているのが嫌で大事なもんを自分で壊した。 ねねとやらも、アンタとの絆も」 相手から消えられるより自分から捨てた方が痛みは少ない。 そう考えはしなかったかも知れないが、 結果やったのはそういう事だ。 政宗は秀吉と真っ直ぐ向き合うようになった。 その人となりに触れた。 それで魔王と称された男程には非情ではないと判断した。 覇王ではなく、弱さを捨てたかっただけの、 腕っぷしの強いただの男だと。 それはあくまで政宗の感じた印象だ。 誰に言うつもりもなかった。 特に、秀吉を神のように崇め奉り心酔している血色の悪いあの男が そんな秀吉像を抱いていると知ったならば 身体に風穴を空けられかねない。 さすがに二度は御免だ。 「だが病に冒されてるであろうと気付いた竹中を 自分の手で葬る事は出来なかった。 でかくなった軍を支えるには不可欠だからな。 どうしてもぎりぎりまで、最後の灯火が消えるまで居て貰わなきゃ困る。 オレを拾ったのはそんな葛藤の中だったからだろう」 不安に押し潰されないように。 傍らに屈することのない「敵」を置くことで。 「だが半兵衛はもういない。 アイツは覚悟しきれなかった喪失感をもて余したままだろうな」 確かに政宗の語る秀吉の行動の分析は 論理的におかしいところはない。 けれどかと言って素直に納得は出来ず、 それより何より。 「独眼竜…なんでそこまで秀吉の事を」 「考える時間だけはやたらとあったからな。 アンタから余計な話も聴いてた事だし」 「余計で悪かったよ。 俺も別にあんたに秀吉をわかって欲しくて話したわけじゃないのにさ」 不貞腐れる慶次に政宗は 「ついでにアンタの事も考えた」 と嗤った。 「ついで?!」 「だから、アンタにアイツの傍にいてやらないのか、 と訊いたんだ。 アンタの為にも」 「俺の…?」 「初恋の相手とやらにも、親友にも、未だに囚われっぱなしだろうが。 どんな形でも良い。とっとと昇華しちまいな。 その良い機会だと思うんだがな」 政宗は唇で弧を描いた。 歪な笑いのように。 「あの男が精神的に参ったままじゃあその内、 オレもその手で殺されるかも知れねぇしな」 慶次は呆然とする。 「…あんた…なんでそんな諦めたような、受け入れるような…」 「今のオレにはアイツに対抗する術はないからな」 政宗は己の武器にも防具にも暫く触れていない。 城内にはあるだろうが、目にしてすらいない。 「だからってみすみす殺されて良いって言うのかよ?!」 声を荒げた慶次の脳裏に 忘れられない場面が再生される。 今まで幾度となく繰り返された場面。 「…慶次…違うの…あの人を責めては…だめ…」 助けられなかった大切なひとのいまわの際の言葉。 「何が違うんだよ! 責めるななんて言われたって無理だよ!」 「何の話…ah、 …そうか」   両目をきつく閉じ、首から下げた御守りをぎゅっと握り締める慶次を 夢吉は心配そうに観ている。 政宗はその夢吉の頭をそっと撫で、 慶次の耳許で囁いた。 「それが、アンタが聴いた最期の言葉か。 大した女だったんだな」 「…ああ」 「アンタやアイツが惚れたってのもわかるぜ」 「……政宗」 慶次は近くにあった政宗の身体をぎゅうと抱き締めた。 「俺が秀吉に逢えばなにか変わるって言うのかい?」 「……maybe」 自信なさげな声に慶次はたまらず顔をほころばせる。 「わかったよ。」 「わかったのか?!」 「じゃ、行こうか」 「何処へ」 「何言ってるんだよ。秀吉のとこに決まってるだろ?」 「今から? オレも一緒にか?!」 「当たり前だろ? 善は急げって言うし、あんたが言い出したんだからさ!」 吹っ切れたような慶次の行動は風のように速かった。 政宗にとっては運が悪いことに、その時秀吉は城の自室に居た。 途中誰とも逢わないまま辿り着けてしまった。 「何故、貴様が此処に居る。慶次」 固い表情と単調な声音であったが、若干不機嫌そうに感じ 慶次は逆に気が楽になった。 「独眼竜に誘われて」 「なに…?」 「っ! 違う! 違わねぇけど、説明が足りなすぎだろそれ!」 政宗は慌てた。 それでは政宗が慶次を大阪城に引き入れたことにまでなってしまいかねない。 慶次が秀吉の前にいる、そのことは、確かに政宗が言い出したことではあるので 間違いではないのだが。 秀吉は眉間に皺を刻んだ。 「どういう事だ? 慶次、貴様、まだ我を」 「あ、今回はそう言うのじゃないんだよね」 「ききっ!」 腰に手を当てなんだか偉そうな態度の慶次を真似、 夢吉も胸を張る。 「なに…?」 「what?」 「政宗がいるんなら豊臣軍に入りたい、って思ってさ。 一応、軍の頭のあんたに挨拶しようかなーと。 よろしくな、豊臣秀吉さん」 「何だと…?!」 「アンタ一体何を言い出して…!」 秀吉は瞠目して言葉を失い、 政宗は思いがけない言葉に慶次の肩を掴んだ。 秀吉の傍にいてやれとは言った。 だがそこまでしろとは言っていない。 しかもなんだか妙に他人行儀だ。 慶次は政宗に向かい曇りのない笑顔を向けた。 「独眼竜の元でなら豊臣軍で働くのも悪くないなーって。 なにせ直直に誘われちゃったし、さ」 「政宗、貴様…」 秀吉の機嫌が急下降している。 その様子がおかしくて、慶次は腹を抱えて笑いたくなった。 元に戻れないなら新しく始めればいい。 殺させない。 秀吉に、政宗を。 政宗を、秀吉に。 叶えたい。ならこの方法が一番だと思った。 今度こそ傍にいると誓う。後悔しないように。 秀吉の。 そして、政宗の。 その日から、 豊臣軍の政宗の部下に慶次が収まる事になった。 たった一人で、これから先増える事のないその位置に。                             → 【カワル絆】 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 秀吉については考えれば考えるほどドツボにハマる。 解釈の内の一つ。 秀吉VS慶次→政宗が意外と楽しかった。                     【20110518】