日就月將 弐

 


壱話
 



 小十郎は気付いていなかったが病院の午後の診察までまだ少し時間があった。

元就は「それまで話を聴かせて貰おう」と政宗を自宅の方へ招き入れる。

手に持っている袋から元就が買物帰りだと気付き、
政宗は今が昼時だった事を思い出した。

「もと…先生、もしかして昼飯まだだったのか?
悪い」
「元就」
「ん?」
「元就でいい。
…政宗の記憶があるんだろう?」
「……yes」
躊躇いながら、政宗はこくりと頷いた。

話をすり替えたのは
政宗の事は元就にとって昼食よりも大事だったがからだ。

通されたのは政宗にとってはひどく懐かしい、リビングダイニング。
元就は買物袋を無造作にテーブルの上に置いた。
冷蔵庫に入れなければならないものはない。

手で示し、対面に座らせる。
それは「政宗」の定位置であった。

「学生なのか?」
着ているのは私服だが、働いている雰囲気ではなかった。
顔立ちも「政宗」より些か若く感じられる。

「ん。高校。
今まで外国にいたから編入になるけどな」
「成程。
だから『不慣れ』というわけか」
「日本で暮らしてた方が長いんだ。
言われるほどあっちに染まってないぜ?」
ムッとする政宗に、元就は少し驚き、軽く笑った。

「しばし待て」
一旦中座し、二人分の茶を淹れて戻って来る。
「thanx」
畏まり礼を言う政宗に元就は頷きを返す。

「それで、三日前雷に直撃されたとの事だったが」
「…多分あれは、普通の雷じゃねぇ。
意志とか記憶とか想いとかが具現化した物だと思う。
その時に俺の中に『伊達政宗』の記憶が宿った」
「…三日前は、政宗が還った日だ」
「それで…
けど何で」
政宗は納得しつつ新たな疑問を抱く。

同じ名前。似た容姿。
けれど最初から記憶を持っていた訳でなく、
入れ替わるようにもたらされた。

「どのぐらい記憶を継いだ?」
「此処にいた分はほぼ全部。
あっちの方のは断片的にだと思う。
細かいことまではわかんねぇから」
「であろうな。
人の一生分の記憶をいきなり植え付けられては正気など保っておられまい。
だが天下統一の記憶はあるのだな?
さっき伊達幕府と聴こえたからには」
「お陰様で」
「ならばいい」

元就が優しく微笑み、
何故か政宗はそれから視線を逸らした。

元就は「伊達政宗」の天下統一が確認できただけで満足したように
それ以上の質問を止め茶を飲んでいる。

居心地の悪さを感じた政宗は
「大阪…だったんだな」
ぽつりと呟いた。

政宗―伊達政宗は、
元就の家に厄介になっている間、そこが何処なのかまるで気にしたことがなかった。
街や元就の病院の外観、大きな店の名前など、
興味がなかったのかぼんやりとしか「記憶」にない。

いざ政宗が記憶を引き継ぎ三人を捜そうとしても
手懸かりがまるでなく困っていたのだ。
「佐助と言う名前の伊達政宗研究家」の線から調べようかと思っていた。

「貴様…政宗公の方だが、
大阪の役の時に飛ばされてきたと言っていたではないか。
なんの不思議がある」
聞き咎めた元就にそう言われ
「言われれば確かにそうなんだよな」
政宗は深く頷く。

調べて居場所を突き止め、逢ったところでどうしたかったわけでもない。
政宗公が三人に伝えたがっていたのは天下統一を成し遂げた事だけ。

ただ、記憶を貰った政宗は逢いたくなった。
誰よりも、目の前のこの、
元就に。

例え相手が自分の向こう側の「伊達政宗」しか視ていないとしても。


                                                               【参】

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大阪城の近く―とかにしたかったけどその辺の事詳しくないので曖昧に。

3話くらいで終わると思ったらそうでもなかった。(よくあるパターン)

                                                   【20101018】