風魔ルート ; 前

 

秀吉→政宗の続の分岐の中の風魔ルート

 

政宗は、
秀吉に捕らえられてからずっと自主的に部屋に籠ったきりだった。

牢などではなく普通以上、むしろ上等な部屋を与えられ
待遇も捕虜とは思えない自由度の高いものであった。
監視もいない。
警戒はされているのか武器になるものは手の届く場所には置かれずにいたが、
破格の扱いと言える。

厠や湯殿はさすがに備え付けられておらず、
その時だけは部屋の外に足を運ぶことになった。

秀吉が顔を見せることもあるが
まがりなりにも軍の頂点に立つ人物。
そう頻繁には訪れられない。

時たま、家康や半兵衛が様子を見に来て
他愛ない話をしていく。
それなりに相手をするものの、
政宗の心は頑なに閉ざされたままだった。

何日かの後。

深夜、眠っていた政宗は
何かに導かれるように意識を浮上させた。

半端な時間に目醒めた理由を探ろうと暗闇の室内に目を凝らすと
ひっそり佇む人影が眼に入る。

身体に密着するような忍服。
目までも覆う兜。
頬と顎に赤い化粧がほどこされているその姿には
心当たりがあった。

風魔小太郎。
伝説の忍の異名を持つ風の悪魔。

そんな人物が
寝ている人物に気付かれるとなどというへまをする筈がない。
わざと気配を出したのだろう。
政宗にだけわかるように。

「暗殺…に来た訳じゃ無さそうだな。
どうした」

政宗は横たえていた身体を起こすと
掛け布団をのけ、敷布団の上に片膝を立てて座り、
問い掛ける。

「………」
「っと?」
小太郎は音もなく政宗の目前まで近寄った。
政宗は思わず上体を退く。

すっと、無言で差し出されたのは文だった。

素直に受け取るが
渡すだけが用ではないようで
小太郎はその場に立ったまま政宗をじっと見つめている。
目元が隠れているので、そんな気がする、だけであるが。

「今読めってか。
OK。待ってな」

目を通すと、文には小十郎の字で
風魔を雇った事、
定期的に文を持たせて政宗の元を訪れさせる事、
必ずその身柄を解放させるので
準備が整うまで豊臣秀吉の元で英気を養いつつ堪えていて欲しい
との事が書かれていた。

この、不本意な境遇から抜け出すための光明が見え
曇りっぱなしだった政宗の表情は晴れる。

「Good!
だが、下手にはしゃいで不審に思われねぇようにしねぇとな。
しかし」
政宗は顔を上げ
小太郎に視線を向けた。

「まさかアンタがこの仕事を引き受けてくれるとはな」

他に二人忍はほど知っているが、
その二人は仕え先が決まっており
確かにこの役目を引き受けてはくれなかったろう。
風魔も北条に仕えているはずだったが
専属ではなかったということか。

小太郎は無表情のまま政宗に向かって手を差し出す。
政宗は言葉にして言われなくとも意味を理解し、
その手に文を乗せた。

「………」
「また宜しくな」
人懐っこくニッと笑って見せるが
「………」
小太郎は何の反応もしないまま
闇に溶けて消えた。

「…随分とcoolな忍だな」
再び布団の中に潜り込み、
小太郎の姿を思い浮かべる。
名を知る他の忍が熱く思えていただけに
新鮮に感じた。
むしろ忍とは本来ああ在るべきなのだろうが。

小太郎を間に挟んでの数度のやりとりの末、
伊達軍が密かに立てた政宗奪還計画が最終段階に入った。

狙うは城主―秀吉の留守。
その情報も、
小太郎が政宗の元を訪れるついでのようにきっちり調べ上げていた。

決行の日が間近に迫る頃。

例によって深夜政宗の部屋に小太郎が現れる。
定期的に同じ時刻に姿を現すので
政宗は起きて待つようになっていた。

その政宗が
計画を知らせる文を読みながら口許に手を当て憂い顔になる。

「今の状態じゃただの御荷物だよな」

政宗としては自らも行動を起こしたい。
囚われの身の上とはいえ姫でもあるまいに
待っているだけと言うのは性に合わない。

「なぁ忍」
呼び掛けられ、
何かに気を取られていた小太郎は
珍しく少し慌てて聴く体勢を取ったのだが
切羽詰まった政宗は気付かなかった。

「アンタなら
この城のどっかにある俺の刀を捜し出してここまで届けられるよな。
頼まれてくんねーか」
「………」
「防具もあれば完璧なんだが…ah」

言いながら、
小太郎が乗り気でない様子なのを見てとった。

「そうか。そこまではアンタの仕事に入ってねーか。
別料金になっちまうよな。
俺から報酬を払うにも持ち合わせがねぇし
小十郎に言い付けて上乗せさせるしかねぇか。
うちもそんな裕福じゃねーんだが背に腹は変えられねぇだろ。
待ってろ、今文を―
?」

小太郎はいつの間にか政宗の眼前に立っていた。

「ふう、ま…?」

疑問符付きで名を呼ぶ政宗に、
小太郎は優しくくちづける。

「………」
「……っ?」

人肌の温かさ感じたのは久し振りだった。
接吻に至っては、初めてのこと。

だが、それを知られるのはなんとなく悔しく感じ
政宗は平静を装い
軽い触れ合いで終わったくちづけを何でもないことのように振る舞う。

「アンタ、持ち合わせがない依頼主には身体で支払わせてんのかよ」
「………!」
「違うのか。
…悪かった。怒るなよ。」
「………?!」
小太郎は、政宗が正確に自分の感情を読み取った事を不思議に思った。

政宗は、小太郎が訪れる度
一方的に話し掛けては反応をつぶさに観察し
感情の動きをなんとなく理解出来るようになっていた。
本人に正解か否かの確認は出来ないので、あくまで「なんとなく」ではあるが。

「で、今ので契約成立って事で良いんだな?」
果たしてあれが報酬足り得るのか
政宗は甚だ疑問に思いはしたが
確認は怠らない。
「………」

小太郎はその質問に
指先で政宗の唇に触れ、なぞることで応える。

「…前払い分…なのか?
いや、確かに面倒な仕事だろうし
あれだけじゃ足んねぇだろうとは思うが」
「………」

そして、寝間着として着ている薄い着物の襟元から手を差し入れ
素肌に直に触った。

「っ!」
冷たい手に、
政宗は顔を朱らめびくりと身体を震わせる。

それは、もっと深い肌の触れ合いを要求すると言うことか。
くちづけで足りないと言うならそうなるのだろうが。

政宗は逡巡の後、
躊躇いを表すように緩慢な動きで頷く。

「……わかった。
成功報酬、でいいな?」

小十郎達にばかり負担は掛けられないし
それが条件と言うならば背に腹は変えられない。

相変わらず喋らず表情もない小太郎の思惑はわからないままだったが。

小太郎は、政宗の額に髪の上から唇で触れると
すっとさがる。

消える前の一瞬、
口の端が弛み、僅かに微笑んでいるように見えた。

政宗は、触れられた場所に手で触れた。
自分の顔が熱くなっているのがわかる。

「…本当に、読めねぇヤツだな…」

                                      【中】    

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スミマセン終わりませんでした。続きます。

伊達軍救出ルートはこの話の小太郎部分を抜いた感じ。

                        【20101126】