曉天よりのぞむ / 劇場版;三成→←政宗

混沌よりいずる → 深淵よりきたる の続    

 

喚び出され復活した信長と戦っていた五人は
足場が崩れ落ち行く中、
本多忠勝と小早川秀秋により掬われた。

小早川により関ヶ原の中央に用意され、
地面の隆起によって中身がこぼれ落ち、台無しになってしまった大鍋を
忠勝が掲げて飛び
落下していく者達を拾い集めたのだ。
その鍋に潰されそうになったところを助けた小早川を入れたまま。

無事生還し
精魂尽き果て円を描くように横たわる五人の内
最初に口を開いたのは三成だった。

毒気が抜けたような声音で自分に向け語られた言葉の中の
「小蛇」の単語に政宗は思わずふっと笑みを浮かべる。

「この俺を、主従揃って小蛇呼ばわりかよ」
秀吉が政宗を評した言葉など聴いたことなどないだろうに。
気の合う事で、の言葉に三成は複雑な気持ちになる。

「貴様とて、
あの魔王と同じく秀吉様を侮蔑したように呼びくさったであろうが。
文句は言わせん」
「HA! 別に文句なんざねぇよ。
自分が発したものと同等かそれ以上の言葉を返されるぐれぇは承知の上だ」
「……」

三成は何も知らなかった自分を知った。
知ろうともしなかった。
知りたくもなかったし知る必要もなかった。
だが、知ることを始めようと思った。

その手始めに、秀吉と旧知の仲であったらしい慶次から
秀吉の事を教えて欲しいと乞うた。
敬愛していた主の事すら何も知らない。

己を庇って果てた大谷の事はだが知る術は最早ない。

この関ヶ原で、何を求め何を成したかったのか。
信じていた。だがそれだけでは足りなかったのだ。

五人は立ち上がり、
交わされた言葉の中で浮かび上がった新しい戦いへと
身を投じる。

政宗は擦れ違い様三成に囁いた。
不遜な態度ばかりを取っていた男とは思えぬほど、
ささやかな声。

「GOOD LUCK」

言葉の意味はわからない。
だが、三成も
「さらばだ」
訣別の言葉を返す。
それは政宗にではなく
秀吉の仇に向けた己の中の憎悪に対してだったのかも知れない。

一つだけ言い残した事があるとすれば。

「その首輪、存外似合っているな」

技が決まり生命を獲ったと、三成の油断を誘ったそれ。

もう振り返るつもりはなかった。
だが。

「THANKS」
その声が丸で別人のように円やかで。

反射的に顔を向けて目にしたものは、
身体ごと三成の方を向き

「アイツらからの粋なプレゼントだからな。
褒めて貰えて光栄だ」

誇らしげに、しかしはにかみぎみに浮かべられた笑顔だった。

アイツらというのが自分の部下を指していると言うことは直ぐにわかった。
伊達軍の兵士を大切に想っていることと、
想われていると言うことが。

政宗を待っていた幸村もその様子を見ていた。
微笑ましげに。
「いい表情だね」
すっと近くに寄って来た佐助に頷く。
「あのように政宗殿を柔げられるのは奥州の人達ぐらいでござろうな」
「旦那…大将も何かあげてみたら?
同じ表情してくれるかもよ。
俺様だと怪訝な表情されて裏があるんじゃって疑われて
受け取って貰えなくておしまいだろうけど」
自分の言葉に苦く笑う佐助に幸村が反論を口にするより早く
政宗が呆れ顔で傍に来た。

「アンタら、何の話してんだ?」
「政宗殿!
もう宜しいので?」
「ああ。待たせたな。
…アイツももう下手な事はしねぇだろ」
「しようもんならあんたが引導を渡すつもり?」

佐助に確認するように言われた言葉にきょとんとする。
そこまでは考えていなかったが。
「ah…そうなるか」
思わず首筋を撫でる。
金属の固さがあったが、その下の、治りかけの創が疼いた。

佐助はそう言えば、と気付いた。
政宗の頭に兜が無事に乗っていた。
激しい戦いのわりに。
独りではなく、共に戦った仲間がいたからだろうか。

「だん…大将。上着、預かろうか?」
「む」
「そのままでいいだろ。なあ。
武田の大将の、真田幸村?」
「…はい」

「さぁてお立会い!」
二人の戦いを預かっていた慶次の号令を合図に、
二つの戦いが始まった。

家康は、共に泰平を築いて欲しいと願う三成に対し拳を振るう。
馴れ合いをしたくないと言う三成から
力ずくで協力を取り付けるために。

そう言えば政宗にも似たような返事を貰ったと、
ふと思い出した。

「ワシはお前が羨ましいよ、三成」
「タチの悪い世迷い言を」
「本気だ。
独眼竜があれほどお前を気にかけるとはな」
「貴様…! 秀吉様の仇に絆されているというのか!」
「お前だってもうわかっているのだろう?
いくら誅戮の許可を求めても
仇討ちという名目では秀吉公は首を縦には振るまい」
「……っ」
「お前の理想と独眼竜の理想が違い、相容れぬとき
秀吉公に伺うまでもなく
お前の言う殲滅をするのは致し方ないが…
それでもどこかに話し合う余地はあるはずだ」
それがならないからこそ今こうして戦ってはいるのだが、
信玄と謙信、そして政宗と幸村のように、
互いを高めるための戦いは、あってもいいのかもしれない。と
家康は想う。
それはこの戦国の世にあって稀有な絆だ。

「私の…理想」

「秀吉公を尊び、悼むのならば、
仇を討つのではなく理想を告ぐのが一番ではないのか?
お前なりに」
「…あの男は…もしやそれを言いたかったのか」

最上領で初めて邂逅した際、
政宗は秀吉が憐れだとのたまった。
三成をしみったれた男だと。

「さあ。それは知らないが。
だが独眼竜は信長公とは違う。少しばかり口は悪いが…」
「黙れ。
貴様がそれ以上あの男を語る意味は存在しない」
「三成…
そうか。そうだな」

光を奪った。奪われた。
その事実は最早揺るぎない。
愚劣な策に陥れたとしても。
真っ向から挑み、実力で倒したのだとしても。

「秀吉様…」

三成は呟く。
世界は光に満ちていた。
目も眩む、全てを白く塗り潰す、暴力的な。
それが太陽がもたらすものか、
雷が生み出すものかは判別できない。

正体は未だわからないが。

あの者の中に、光を見出だしてしまった己の愚考に、何卒御容赦を。

けして口に出せないそんな言葉を、
三成は胸の内にひっそりとしまいこんだ。
 

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          劇場版感想文小話はこれで終わりー。
          三回観ても色々おぼろげですが。                


                                      【20110711】