雷神参向;2

 

政宗は目の前の光景に切れ長の眸を丸くした。 眼帯の奥の右目も有ったならば同様だっただろう。 「こりゃあまた、 随分な顔触れが勢揃いだな」 「政宗…様…?」 見慣れた貌。 呼び方も同じだが、左頬の傷痕がない。 何より、自分を呼んでいるように聴こえなかった。 だが一方で。 「政宗殿…?」 「政宗!」 見知ったものより髪の毛が短い。 二人とも結わえていた部分がばっさりない。 象徴とも言える赤い鉢巻きや、派手な髪飾りがなく、 まるで別人のようだ。 だが、呼ぶ声と、表情が。 「真田幸村…と、 前田の風来坊、か?」 「…っ! はいっ!」 「逢いたかったよ政宗!」 見慣れたものだった。 この場にいるもう一人の男や、 以前顔を合わせた三人の男とは明らかに違う。 政宗の「知っている」相手であるならば 感極まる真田幸村の気持ちはわからなくはない。 だが。 「何でテメェがそこまで歓んでやがんだ? 風来坊」 前田慶次に熱烈歓迎される謂れはないように思えた。 眉を潜める政宗に 「やだなー慶次で良いって」 慶次は笑顔のまま応える。 多少は純粋に歓んでいるのだろうが、と 下心を知る幸村は苦笑を浮かべるしかない。 政宗はそれを横目で見て嘆息した。 「どうやらアンタらは記憶があるみてぇだな」 しかもこの世界の「伊達政宗」ではなく 違う歴史の伊達政宗―此処に居る政宗の。 「で、そこの小十郎にそっくりのそこのアンタ」 「記憶はありませぬが、名は小十郎で違いございません、政宗公」 「そうか。 それで小十郎」 「はっ」 「『政宗』がいたんだな?ここに」 「……っ! はい…!」 ほんの僅かな違和感だけだったろうに そう洞察した政宗の慧眼に小十郎は瞠目した。 「入れ換わっちまったって事か…」 呟く政宗に この時代の政宗があちらに行ってしまっただろう事への懸念を覚えた幸村は 「しかし!」 と反論を試みる。 「政宗殿はそのような事は何一つ…! 政宗殿が再びこちらに訪れたと言う話は」 「マサムネにはオレの人生の全部の記憶があんのか?」 「…! いえ。 断片的に、とおっしゃっておりましたが」 「hum、なら知らなくてもおかしかねぇ」 幸村は「なれど」と首を振る。 「某も政宗殿達が入れ換わった事がある等とは聞き及んでおりませぬ」 「俺も。 俺と幸村はあっちの記憶、きっちりあるのに」 政宗は、きっちり記憶がある、の言葉に 心の中でそりゃ難儀な、と同情にも似た想いを懐く。 既に一生分の記憶を有しているなど 荷物になるだろうに、と。 仲間の存在で多少は軽減されるにしても。 しかし幸村や慶次がこの出来事を知らなくてもなんらおかしくはない。 「ah、そりゃオレがさっきまで居たのが…」 言い掛け、 「……。ヤベェ」 政宗はすっと色を失くす。 「如何なされました政宗公」 小十郎の問いも耳に入らず 「相当マズい。西海の鬼はまだしも」 政宗は独りぶつぶつと呟いた。 「っまさか政宗殿! 安芸にて日ノ本南方の相談をされていた頃にござるか?!」 西海の鬼、の言葉に幸村は青褪める。 政宗が天下を治めて後、 政宗の下、と言う名目は加われど 各地を治めていた国主はそのままその領地を纏める任を担った。 四国を統べるは長曾我部元親。 そしてその近隣、安芸を治める元親と対なる男は、 一筋縄ではいかない人間で、そして 「YES、 毛利元就も一緒だった」 この世界の政宗の恋人と瓜二つであるのであった。 「それは…相当不味いよね」 「……っ」 一転、真剣な表情になる慶次と 深刻な表情で押し黙る小十郎に 政宗は首を傾げる。 「確かにあの毛利は 頭が切れてはっきり物を言い過ぎるところがあって扱いづらい向きはあるが 悪い奴じゃないぜ?」 自分が一番最初に不安を抱いた事は棚上げで 思わず庇い立てるような言葉を発する。 とは言えいまいち持ち上げ切れてはいない。 長い戦国の世も終わりを告げ 安芸の安寧を約束された後の元就は 策を弄し暗躍することも、 部下を捨て駒とする必要もなくなり落ち着いている。 相変わらず、能面のような表情で辛辣な言葉を口にはしているが そうでなくては元就ではないだろう。 小十郎は静かに立ち上がると 空いてる席の椅子を引いて政宗に座るよう促した。 その事で政宗は自分が立ちっぱなしであった事に気が付く。 「THANKS、小十郎」 素直に厚意に甘え腰を下ろし、笑顔を向ける。 「どう致しまして。 むしろ気づくのが遅くて申し訳ございません」 恐縮する小十郎に政宗は瞬きをし顔を逸らして 「性格まで似てやがるな…こっちの方がそこはかとなくまろやかみてぇだが」 と呟いた。 正面に座った政宗に 「…そういう問題ではないのでござるよ政宗殿」 幸村は気が利かない自分を恥じつつ 「あちら」に行ってしまったであろう政宗を案じて 頬を掻き言葉を濁す。 政宗は背凭れに背を預け胸を反らして腕を組んだ。 「ah? もしかしてマサムネのヤツ、 こっちのモトナリとできちまってんのか?」 「……っ!」 「何故、そう…?」 「勘が良い、どころじゃないよねそれ?!」 小十郎は息を呑み眉間に皺を刻み、 幸村は驚いて身を引き、 慶次は逆にずいっと身を乗り出す。 それらは全て政宗の予想が的中していることを示していた。 政宗は不思議な笑みを浮かべる。 「やっぱりか。 オレの記憶を受け継いじまったらそうなりそうな気がしてな」 「…それは、どういう意味でござろう?」 「オレもこっちのモトナリを結構気に入ってたからな。」 「それは…佐助には到底聴かせられないお言葉でござるな…」 「ham? どっちの佐助にだ?」 「どちらにもでござるよ。」 「安心しな。 オレのはあくまで友人としての感情でその枠からははみ出ねぇ。 それより」 政宗は三人の顔を順にぐるりと観た。 「こっちの政宗にはちゃんと両目があんのか?」 それは、こちらにも政宗が居る、と知ったと同時に まず最初に脳裏に浮かんだ危惧であった。 【壱】                                  戦国篇へ→ 【参】                                      現代篇続→ 【4】 
 

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話の流れとして本当はこっちを1にしようとも思ったのだけれど
(なわけで約2回分まとめた)


                                            【20110424】