雷神参向;玖

 

佐助との話し合いを終え
さて元就と元親の待つ部屋に、と歩き出そうとした政宗は
二人がどの部屋にいるのか知らないことに気がついた。

取り敢えず二人が向かった先へ、と歩を進めると
「やっと来たか」
廊下に出て待っていた元親が
凭れていた柱から背を離しにっと人懐っこい笑顔を見せる。

「も…長曾我部様。どうして」
「迷子になられちゃ困るからな」
こっちだ、と先導する背中に
「than…ah、有り難うございます」
礼を述べたのだが
「……」
返事の代わりに何か言いたげにじっと見つめられ
政宗は戸惑う。

「どうかしましたか?」
水を向けると、元親は「あー」と唸りながら視線を落とし
がりがりと頭を掻いた。
立てた髪がその動きに合わせて揺れる。

「どうにもこー、
アイツと同じ声で堅っ苦しい喋り方されると調子が狂うっつーか、
影武者だってんなら独眼竜みてぇに喋っちゃくんねーか」
「………」

絶句し、眼を瞬かせる政宗に
元親は腰を曲げて顔の高さを合わせて眸を覗き込む。

「出来ねぇのか?」
「いや…むしろその方が慣れてる」
「そうか!
そーだよな。影武者だもんな。
ならそいつで頼む」

勝手に納得しにっかりと笑う元親に
政宗も思わず笑顔を返した。
政宗が「独眼竜」の影武者だという事を、微塵も疑ってはいないようだ。

「連れてきたぜ」
戸を開け先に入った元親に促されるように
室内に足を踏み入れる。
上座に座っていた元就は二人が腰を落ち着けるより早く
「それで」と切り出した。

「今後の方針は決まったのか」
真っ直ぐ見つめられ政宗は反射的に視線を逸らしてしまう。
兜を脱いだ元就はどうしても政宗の恋人の元就を思い起こさせる。
こちらの元就の方が全体的に冷たい印象で、
表情に乏しくはあるが。

「申し訳ありませんが、
殿が戻って来られるまで
僭越ながら自分が御二方の御相手を務めると言うことに」
「おい。
その喋り方は止めろっつったろ」
顔を顰める元親に政宗は困ったような笑みを向ける。
確かに元親はそう言ってはくれたが。

「けれど毛利様には」
「よい。
伊達に似すぎている貴様にそんなような話し方をされては虫酸が走る。
ましてや毛利様などと呼ばれては
なんぞ企んでいるのかと勘繰りたくなるわ」
横で元親がうんうんと頷いている。
どうやら名前の呼び方が何より気に入らなかったようだ。
「…それじゃ遠慮なく」

安堵を圧し殺し、政宗は頷く。
取り繕うことは出来なくはなかったが、
いやボロは出かけているけれど、
元親や元就相手に敬語を使い続けるのは難儀だった。
同じ顔をした二人相手にはタメ口を利いていた分。

政宗は元就の正面に腰をおろし
元親はその斜め向かいに胡座をかく。

元就は感情の読めない眼差して政宗をじろりと睨んだ。
否。睨んだように見えた。

「それで貴様、名はなんという」
「………名?」
「影武者と言えど本名はあるだろう。
申してみよ」

そんな質問をされるとは想定外だった。
だが答は決まっている。
「…まさむね。だ」
別の名を名乗るつもりはない。

それを聞いた元親は
「は?」
と首を傾げ
「何の冗談だ」
元就は表情を険しくする。

「冗談なんかじゃない。俺の名前は政宗だ。
問題ないだろう?
アンタたちは政宗さんの事を名前で呼んでいないんだし」
臆する事のない態度で事実を指摘され
「そりゃあ確かにそうなんだがよう」
元親は戸惑いながら感心した。
影武者である筈の目の前の青年が「本物」に負けず劣らず肝が座っていることに。

「ま、俺のことも名前で呼ぶ必要はないけどな」
訊いただけで、呼ぶことはないだろう。
政宗はそう高をくくっていたのだが。

「政宗」
「……っ!」

不意打ちで名前を呼ばれ、政宗は動揺した。
「な、何だ? も…うり」
名前を呼びかけ軌道修正する。
この時ほど
元就の姓と名の一文字目が同じであることを有り難いと思った事はない。

「先程まで身に付けていた黒い前掛けはどうした」
「お。そういや」
「あ、ああ。佐助に預かってもらってる、が?」

「そうか。
たいそう似合っていたと言うに
残念だ」

「……っ!」
「毛利…あんた熱でもあんのか?
そんな直球で誰かを褒めるなんてよう」
「~っ」
「どうした政宗。顔が朱いぞ。
熱があるのは貴様の方か」

「なんでもねぇ!
モトチカと同じで、
どんな言い回しであれアンタが人を褒めるなんて思っても無くて」
「今、なんと申した?」
「……What?」
訊かれた意味がわからずに思わず元親に視線を送る。
助けを求めるように。
元親は酷く驚いた表情をしていた。

「独眼竜と同じように喋れたぁ言ったが、
モトチカ、なんてにも呼ばれたことねぇなぁ。
ちいとばかしこそばゆいな」
大きな身体を竦めはにかもような笑顔に
元就は「気色の悪い」と呟いたが政宗の耳には届かなかった。

動転したあまり、知り合いに対するような呼び方をしてしまった。

「そ、そうか?!
政宗さんがアンタの話したとき名前で呼んだりしてたもんだからつい!」
「ほう」
悪い政宗さん、と心の中で誤りつつ、政宗は弁解する。
実際、もう少し交流を深めた後には名前で呼び合う仲になっていた。
この世界の政宗も、
あちらでの二人を名前で呼んでいたからというのもあるのだろうが。

「では我も名で呼ぶがいい」

「………」
「………は?」
「何言ってやがんでぃ毛利!
理由になってねぇだろうがそりゃぁ?」
思考が停止してしまった政宗に代わり元親が元就に詰め寄る。
「そやつもその方が言い易そうであったからな。問題なかろう。
むしろ何度も言い直されては気に障る」

政宗は言葉に詰まった。
気付いていたのか、とは言えない。
認めたら更に追求されそうな気がした。
思えば、気づいていない方がおかしいのだ。詭計智将の肩書きを背負う男が。

政宗は恐る恐る頷いた。
「そっちが、それでいいんなら」

「そうしろと言っている」
「じゃあ俺も」
「人の尻馬に乗るでないわ腹立たしい」
「いーじゃねぇか減るもんでもねぇんだしよう」
「そういう問題ではないわ」
「偉そうに言うがあんたは

言い争う姿を見て政宗は口元を緩める。
乱世を経てなお、軽口を叩き合う、そんな二人の関係を嬉しく思った。
のだが。

すっくと立ち上がった元親が、外へと繋がる障子を指差した。
「上等だ毛利! 表に出ろ!」
「フン。口でも腕でも我に敵わぬ男が。
死に急ぐか。それもよかろう」
「良くねぇ!! 何しようとしてるんだアンタら!」

「手っ取り早く腕ずくで黙らせようってな」
「何でだよ?! 
アンタらが戦ったら洒落になんねぇ被害がでるだろうが!」
「では」
元就は政宗をすっと指差した。

「貴様とではどうだ?」


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  【8】             ←現代篇→              【10】 





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 あれ? しまったな。余計な遣り取りが。
 すみません楽しくなりすぎた。

 でも進んだ方向は予定外でした。

                                    【20110615】