雷神参向;漆

 

「居るんだろ? 佐助」 政宗の呼び掛けに、 視線の先からいつもの忍装束を身に付けた佐助が姿を現した。 なんとも煮え切らない表情を浮かべている。 佐助は何度か唇を動かした後、 ようやく 「……質問があるんだけど」 と言葉にした。 政宗はひょいと肩を竦め首を傾けて応える。 「奇遇だな。俺もアンタに訊きたい事がある。 良いぜ、先にそっちからで」 砕けた口調は元就や元親相手の話し方とはまるで違っていて、 まるで佐助の良く知る同じ貌の青年のようだった。 「そっちが素?」 「なんだ質問っつってそんなことかよ。 YESだ」 呆れを含んだ肯定に、佐助はハッと我に返る。 先程口をついたのは無意識の問いであった。 「いや今のは思わず! じゃなくて訊きたいのは、えーっとそう、 俺様の事知ってるのってサスケくんから聴いてて?」 「半分YESだ。 アンタは俺が『そう』だと知ってて高見の見物をしてたのか?」 責めるように訊き返されて 「だってどう間に入ってけばいーの! 影武者とか言い出しちゃって!」 と誤魔化した。 実際のところ、元就と元親がやって来る前に政宗と接触する時間はあった。 信じられない出来事に暫く呆けていたのは余り他人には知られたくない。 一応優秀な忍と認められ、信頼されて 単身政宗の護衛を任されている身としては。 そんな佐助の焦りを知らず 「仕方ねぇだろ。 説明すんのも面倒だったんだし」 政宗は拗ねたようにそっぽを向いた。 政宗自身、影武者設定には無理しかないよな、と思っていたので 少々ばつが悪かったのだ。 そんな子供っぽい反応についつい笑みを浮かべそうになるのを 佐助はなんとか押し殺す。 「面倒でも本当の事言っといた方楽だったと思うげどなぁ。 アンタも持ってきてたりしないの? けーたいでんわとかっての。」 「……あ」 言われて政宗はエプロンのポケットに手を入れる。 そこには硬い感触があった。 その様子で、佐助は持っているのだな、とわかった。 「今更でも前言撤回してみる?」 「いや。止めとく」 佐助の水向けに政宗はふるりと頭を横に振る。 言う必要はない。そう思った。 もし思いの外永く居る事になっても、 佐助が控えているならわざわざ彼らに助力を乞うこともない。 「そ?」 佐助もあっさり引き下がる。 「それより、半分、ってどういう意味?」 代わりに先程の返答で引っ掛かった部分を尋ねると、 「ah、こっちの政宗さんの記憶があるんだ。 ちいとばかり、だが」 との答が返ってきて、 「……は?」 佐助は瞬時には意味が理解出来ずに間抜けな声をこぼした。 政宗はそれに構わず 「まあそれが混乱のもとでもあったんだがな」 と頭を掻きながら付け加える。 「いやいや待ってよ。 じゃあ俺様の事って… …そんじゃまさかサスケと? 待てよ。 そうなると毛利の旦那に向けてた視線の意味が良くわかんなくなっちゃうよね」 「……っ!」 思いがけず、するりと結構痛い部分を指摘され、 政宗はかあっと頬を染めた。 「佐助といいアンタといい、 俺はそんなに態度に出してたか?」 自分が何気なく口にした言葉に過剰に反応され佐助は驚く。 同じような貌をしているのに、この世界の政宗とはあまりに違う。 自分の政宗もたまには普段からこんな可愛い態度を取ってくれても良いのに、 と思いながら、 そんな性格ではないな、と即座に否定した。 こういう部分がないわけではないだろうが、立場上、 表に出さず隠し通す術がやたらと上達してしまったのだろう。 たまに、褥の中で目にすることが出来るのは 恋人たる佐助の特権だ。 しかし目の前の青年は。 「…ああ、うん、そっか……そうなんだ。毛利の旦那をねぇ…」 「……ああ。 正確にはあの毛利さんじゃなくて 俺の世界の元就なんだが、…貌、同じだからどうしてもな」 「そ、それってまさか政宗から継いだ記憶は関係ないよね?」 「……a little」 「どのくらい?!」 「大丈夫だって俺と違って政宗さんの事は信用しろよ」 「それって自分は浮気しそうって言ってる?」 「仕方ねぇだろ。 言ったろ。俺には政宗さんの記憶があるって。 アンタに対しての事は割り切れるけど、 毛利さんの事に関しちゃ微妙なんだよ」 受け継いだ記憶から受けた印象で政宗は元就に惹かれた。 それにはこちらの元就の記憶も影響しているのだ。 同じような恋愛感情でないにしろ、尋常ならざる興味がある。 政宗はあまり深く突っ込まれたくなく、 話題の転換を謀った。 「そんな事より、 アンタは観てないのか? 決定的瞬間みたいなのを。 ずっとその辺に居て政宗さんを護衛してたんだろ? やっぱ俺と政宗さんは入れ換わったのか?」 佐助は手甲の爪でぽり、と頬を掻いた。 観るには観た。 けれど。 「光が眩しくてちゃんとは視えなかった。 地上から天に向かって落雷したのかと思ったよ。 政宗が発する雷より何倍も激しかったからさ。 けどそうだね。政宗が居た筈の場所にアンタが立ってたってのは事実だ」 「…そうか。 なら、政宗さんも多分俺が居た場所に行ってるんだな」 なら安心だ、と政宗は気を緩めたが佐助は逆にハッと表情を固くする。 「もしかしてその場にサスケくんも…?」 「いや。その場には佐助は居なかったぜ。 けど事情わかってる奴がいるから問題ねぇ」 曖昧な言い方をしたのは見た目そっくりの小十郎や こちらの記憶をしっかり持っている幸村と慶次の事を 果たして話してしまって良いものか迷ったからである。 そしてこちらの政宗の思考回路を識っている政宗は、 その場にいない連中の元へ向かっただろうと予想できた。 それは明らかに余計な事なので黙っていたが。 確信があるわけでもないのだし。 「アンタがそう言うなら… ま、詳しい話は政宗が無事戻って来てから聴けば良いか」 「そうだな」 「じゃ、俺様は影から見守ってるから ま、頑張って」 そう言って影ながらの警護に戻ろうとした佐助を 「ちょっと待て」 政宗は呼び止め、 身に付けていた黒いエプロンを脱ぐと、 軽く畳んで差し出した。 「預かっといてくれ」 「……何で?」 「エプロン…割烹着、つか前掛けみたいなものなんだが、 着たままってのは失礼かと思ってな。 着替えらんねぇならせめて外しとこうかと。 けど」 「あーはいはい荷物になるからって事ね。 わかりました。きちんとお預かりしますよ」 「頼む」 佐助は頷きを一つ返すと、姿を消した。 完全に気配を消していないのは、 未だ不安を完全に拭えずにいる政宗に 居場所を教え安心させるためであろう。 政宗は佐助が移動した先に視線を向けた後、 元就と元親が待つ部屋へと足を向けた。  【伍】             ←戦国篇→             【玖】
 【6】             ←現代篇→             【8】 
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 佐助さん名前訊き忘れてる。                     【20110516】