雷神参向;伍

 

「………!」 政宗は反射的に隠すように右目を手で押さえた。 「その眸がニセモノだってのか?」 もっと良く観たい、と詰め寄る元親に 元就は「それほど近寄らずともわかるであろうが」と 制止するような言葉を投げつける。 「その反応からするに間違いなかろう。 そこまでして影武者になったならば まがいものを入れる必要はなかったろうに」 「その為に自分で抉り取ったとでも言うのか?!」 信じらんねぇ、と驚く元親に、 政宗はふるりと首を横に振った。 「昔…母に」 政宗の影武者に成るためにではない。 本物の政宗に成るために。 「貴方が本物の伊達政宗になれば!」 耳に残る声。 あれは小十郎が父の会社に入った頃だったろうか。 溜めていた不安が一気に暴発したのだろう。 母に右目を奪われた。 政宗が眸を失くした理由は表向きでは事故でという事になった。 政宗自身がそう望んだからだ。 小十郎もそんな裏事情は知らないはずだが 政宗が、小十郎が母親違いの兄であるという事実を知っていた事から 隠してきた真実に行き着いている可能性があった。 そして、自分のせいだと無駄に気に病んでいる恐れが。 腹を割って話す機会がなかったが、 一度きちんと向き合うべきかも知れない。 ともあれ、その事件があって後 傷が癒えると同時に政宗は日本を離れた。 母親とはだから暫く顔を合わせていない。 事件の後は一度も。 「父が、これを。 ……政宗様にはその後に」 途切れ途切れの言葉であったが二人はおおよその事情を理解した。 元親の右目に同情の彩が浮かぶ。 元就は変わらぬ表情で重ねて問うた。 「しかしそのような技術があるならば 己の主に進呈しなかったのか。 あれとて片目を気にしていたであろう」 政宗はふっと笑った。 その想いの記憶は胸の中に在る。 「殿は最早このような物を必要とはしないでしょう。 失くされた直後の子供の頃ならともかく、 今や独眼竜の名は天下に轟き、 右目に代わる幾多のものを手にしている。 側近である小十郎…様だけでなく、 アンタら…貴方方の事もそう、だと思うんだが」 「ほう」 元就は無表情のままで 「へぇ…」 元親は面白そうに笑いながら感心したような声を上げた。 政宗の顔を凝視しながら。 変な事を言ってしまっただろうか、と焦る政宗を余所に 元就はくるりと踵を返し、背を向けた。 「いろいろ疑念はあったが 貴様が伊達をよく知っているようだと言うことには納得した。 付いて来るが良い。相手を務めて貰う。 貴様が伊達の代理だと言うならな」 「は… …はいっ」 安心したように、 「こちら」に来て初めて緊張を解き満面の笑みを浮かべた政宗に 「あの頭でっかちを納得させるなんざ大したもんだ」 元親も笑い返す。 「貴様は物を考えなさすぎなのだ」 「へぇへぇ。そりゃ身に沁みてわかったけどよ。 アンタのお蔭でな」 「……っ」 何やら際どい会話を交わしている。 成り行きを識っている政宗は過剰に反応しそうになるのを何とか圧し殺した。 おそらく真実は公になっていなかった筈である。 一介の影武者ごときが知ってるのは不自然だ。 「けどよう。 コイツに関しちゃあんまり疑う気は起きなくてな。 見た目だけじゃなくて、なんつーか、 根本の部分が独眼竜を彷彿とさせるっつーか。」 「貴様の感情論には付き合いきれぬわ」 「ah、あの」 口論になりそうな空気を政宗は何とか阻止しようとする。 否。気付いたのだ。 この騒ぎで小十郎が駆け付けて来ないと言うことは 同行して来ていないのだろうと。 しかし護衛がいないわけがない。 今や「伊達政宗」は国の最重要人物だと言っても過言ではない。 ならば、一緒に来ている人物は、 おそらく。 「火急の呼び出しだったもので自分にも事情がよくわかっていないんです。 少し打ち合わせをしてからそちらにお邪魔する事にしても良いですか」 「ああ…成程な」 「構わぬ」 「than…ah、ありがとうございます」 二人の姿が見えなくなると 政宗はなんとかやり過ごせた事にふうっと安堵の息を吐き 知らず浮かんでいた額の汗を手の甲で拭う。 そして手入れの行き届いた庭の中で一際立派な樹の枝の先をじっと見つめた。 「…そこに、居るんだよな?」 【参】             ←戦国篇→         【漆】 【4】             ←現代篇→         【6】  +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ちょっとイタイ設定になった。                        【201105010】