日就月將 伍


【壱】 【弐】 【参】 【肆】 

 



「モトチカ」

買物袋を持ち直し、「政宗」は嬉しそうにはにかんだ。

学生だとは聴いていた。
しかし素直すぎる表情が以前の政宗とは違い過ぎ
元親は戸惑う。

だが、一番の違い―右目の存在に、
同一視することはないかもな、
と早早に切り替えた。

「久し振り…いや初めましてになんのか?」
「どっちでも。
…ah、あんまり政宗らしさを求められても困るけど」
「大丈夫だ。アンタの方がガキっぽい」
「悪かったな」
ムッと膨れる。
そういうところが子供っぽい。
現代に生きるか戦国に生まれたかの違いなんだろうな、と感じたゆえだったのだが
なんだか微笑ましくなった。

「その荷物、飯の材料ばっかみてーだけど
…元就のとこ行くんだよな?」

仕事が終わる時間に合わせ、
政宗が元就の家に訪ねてくる予定だと聞いていた。
最初の、偶然の邂逅以来二度目になる。

なんなら貴様も来るか? と、
義理のように誘われたので
元親はほいほいと乗っかった。
元就の口の悪さと素っ気なさなど慣れる前から元親にはどこ吹く風である。

ああこれ、と政宗は荷物を持ち上げた。

「夕飯。
作ってやろうかと思って。大したもの作れねぇけど
モトナリあんまちゃんとしたモン食べてねぇみたいだったから」
「あー、政宗…伊達の方な、が来る前に戻っただけだぜ?」
「…what?」
「あいつが外食とかレトルトとかインスタントが多いのは元からだ」
その言い方に批難は含まれていない。
むしろこもっているのは実感で。

「…もしかしてアンタもか? モトチカ」
「……あー」

むしろ元就より悪い。
元就は暇があって気が向けば自炊もする。
新しく買い足さなくても政宗が料理に困らない程には調理器具が揃っていた。
元親の家には必要最低限の物しかない。

「…買って来といて良かったぜ」

政宗はやれやれと肩を竦めた。

元親は、その顔を眺めた。
「hey、どーしたモトチカ」
「いや。
いくら記憶があるからって、
俺らに関わってていーのか?
アンタ、俺が勤めてる会社の親会社の跡取り、だろ。
外国行ってた息子が帰ってきてこっちの学校に通うって噂聞いてたが、
それアンタだよな?
あんま逢うことねーけど、親父さんに似てるぜ」
「モトチカ、うちの会社の人間だったのか」
正確には数ある傘下会社の中の一つに勤めているだけであるが。

「やっぱそーか。」
「けど跡取りじゃねーぜ。」
「けどもっぱらの噂だぜ。アンタが継ぐだろーって」
「あんなでかい上にやたら子会社があるモンをまとめあげる器なんて
俺にはねぇよ」
「天下を統一した男の記憶を持ってんのにか?」
「それとこれとは別だ」
「やってみたら出来そうに見えるけどな
…いや悪ぃ。人んちの事にあんま口出しすべきじゃねーな」
元親は気まずそうに顔を背け、頭を掻いた。

「んなことねぇ!」
「っ?」

元親は驚いて政宗の方に視線を戻した。
思わず大声をあげてしまった政宗は俯いて小声で「…sorry」と謝罪する。

髪で隠れて僅かにだけ覗く頬が朱く染まって見えた。

「こんな事話せる相手いねーし、
アンタに相談に乗って貰えるなら…助かる」
「……っ!」

基本的に兄貴肌の元親は頼られるのに弱い。
しかも、他に頼れる相手がいないなど言われしまっては。

元親であっても、心臓を鷲掴みされる程の愛しさを覚えた。

ぼすっと勢いよく、だが優しく政宗の頭に手を置き、
ぐしゃぐしゃと掻き乱す。

「っ?! モトチカ?」
驚いて顔を上げた政宗の目に写ったのは
見惚れそうな程鮮やかな元親の笑顔だった。

「そーいう事なら遠慮は要らねぇ。
好きなだけこのオニーさんに頼ってくんな!」
「何の解決策も出せぬだろうだろうがな」

突然会話に入り込んできた冷たい声の主の方に、
二人は揃って顔を向ける。
「モトナリ」
「…元就」
政宗は嬉しそうに、元親はしまったという表情で。

「貴様ら、往来で騒ぎ立てるでないわ。
着いたのなら早く入れ」
「「は~い…」」
あまりに正当な注意に、二人は声をハモらせ返事をし素直に従う。

政宗は元就に許可をとって台所に向かい、
後の二人は食卓の椅子に腰掛けた。

「元親」
絶対零度の眼差しとブリザードの声音。
元親は身体を固くした。
「…はい」
「随分仲睦まじい様子だったが」
「……アンタのソレとは違うジャンルだから気にすんな」

そんな言い訳で通用するのだろか。
元親は心の中でだらだらと冷や汗をかく。

沈黙が痛い。

ようやく口を開いた元就は
溜め息のように言葉を吐き出した。

「…そうだな。
貴様は政宗に必要だろう。
我は相談相手には向かぬ」
「そうか?」
「そうだ。
…貴様には安心感がある。
有益な助言が出来なくともな」

元親はぱちぱちと瞬きをし
ふっと笑うと身体を伸ばし背凭れに体重を預けた。

「一番近い間柄になりゃ
向き不向き関係なく安心感を与えられるようになるんじゃねーのか?」
「そうだな。
それに問題は政宗の悩みの方だ」

元就の言葉に深く頷きながら
元親の頭にふと疑問が浮かび上がった。

「…どっから話聴いてたんだ?」

                                                            【陸】

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うっかり小十郎出しちゃったんでそこそこやんごとなき立場にしないと思って結果こうなった。

とか内情暴露してみたり。

                                                     【20101029】