日就月將 漆


 

 【壱】 【弐】 【参】 【肆】 【伍】 【陸】 

 

「政宗様。
何処に行かれるおつもりで?」
「…小十郎」

元就の家に遊びに向かう所をお目付け役に見付かり
政宗は反射的に後退さる。

小十郎はその腕をやんわり、
だが逃がすまいとがっしり掴んだ。

「学校が始まってもおらぬのに友達が出来たとはと不思議に思っておりましたが
まさか病院の先生の所に入り浸っておいでとは」
静かに、
だが明らかに怒っている様子の口調に
政宗は居竦まり視線を合わせられない。

「い、入り浸るって程は来てねぇ」
掴まれた手を振り払うが。

「一日おきは充分な頻度です。
先方の御迷惑になってるのではとは思われませんか」
「っ!」
そう諭され、息を呑んだ。
「そ、そうは言われてねぇ」
「それは、
向こうが気を遣ってらっしゃるのではありませぬか?」
「んな事っ」

気を遣うような連中でないことはよく知っている。
だが、政宗に「伊達政宗」の記憶があるから付き合ってくれているのでは、
との不安は常にあった。

自分が相手を好きな分だけ、
その後ろめたさにも似た想いは大きい。

「年齢に差がある方を御友人となさらなくとも
政宗様なら御学友が直ぐにでも出来ます」
「それはそれだろ?
折角出来た友達をわざわざなくす事もねぇ」
「ですが、社会人と学生が仲良くする姿は
周囲から奇異に思われましょう。
貴方様は父上の会社を継がれる身。
御自重いたされませんと」

「っ前から言ってるだろ! 俺は継ぐ気はねぇ!」

大声を上げた政宗に、
小十郎はあくまで物静かに告げる。

「余り我儘を仰られますな。」
「我儘じゃねぇ!」
「政宗様」
「…っ
アイツらと居るのが奇異だってんなら
テメェとだってそうだろ…!」
「この小十郎は友ではなく部下です」

いくら言葉を重ねても話が通じない。
政宗は悔しくなって俯き、唇を噛むとばっと身を反転させた。
これ以上話しても無駄だとばかりに。

家に帰ればまた顔を合わせることになるのだが、
今この場所にはいられなかった。

そのまま歩き出すと、
ぼすん、と何かにぶつかる。
だが政宗は顔を上げない。

その頭に、大きな手がぽすんと置かれた。

「逃げるこたねぇぜ政宗」
声と喋り方から
誰なのか見ずともわかった。

「…モトチカ」
震える声で名を呼ぶ。

「…どなたですか」
「アンタは政宗の部下だそーだがな、
俺は政宗の友人として言わせて貰うぜ」

その言葉で、小十郎は
目の前の人物も「政宗の年齢の離れた友人」の一人だと知る。

「何を」
「アンタの説教は世間体だ相手の都合がどーだばっかりな上に
臆測やら不確定な事も含まれてて
アンタ自信の言葉はねーじゃねーか。
そんなんだから政宗もアンタには相談一つ出来ねぇんだろうよ」
「…っ!」
「アンタ、今のに限らず
政宗の言葉がどんな想いで吐かれたかちゃんと考えてやってんのかよ?
自分の都合の良いようにすり替えてやしねーか?」
「そんなことはっ」

「貴様らは我の家の前を何だと心得ておるのだ」

声を荒げ反論仕掛けた小十郎の言葉を冷たい程に静かな声が遮る。
仮面をつけ本心を隠しているような相手から
感情を引き出すことに成功した元親は、
其のタイミングを少し残念に思う。

「全く、一度ならず二度までも。」
「先生」
「よぉ元就」

「…っモトナリ…」

元就はそろりと顔を上げた政宗の顔を視て
微かにまなじりを上げた。

「そこの馬鹿の言葉には全面的に同意しますが
御心配もわかります。
政宗君の、義兄さんからしましたら」
「!」
「モトナリ?!
何でそれっ…」
「政宗様…知って…」

「へ?」
元親は独り話がわからず三人の顔に視線を向けていき
最後に見下ろした政宗の表情に、「お」と右の瞳を丸くした。

「そのあたりの事は二人で腹を割って話すが良い。
だが憶えておく事だ。
貴方が何と言おうと、
我は政宗を手離すつもりはない」
「先生」

慇懃無礼。
そしてやたらと威厳に満ちた様子に
小十郎はただ驚くばかりでまともに言い返せない。
初めて逢った時とは雰囲気がまるで違う。

それだけ、
物わかりの良い大人を演じていられない程に
元就は怒っていた。

「義兄上。
貴兄は政宗と一緒に暮らしておられるようだが
もしまた泣かせるような事があるなら」
「泣く…? 政宗様…っ?」
「……」
政宗は呼び掛けに応えず元親の方に向いたままだ。

「我が政宗を引き取る。
これは反省を促すための威しなどではなく、
本気だ」
「モトナリ…良いのか?」
それは、政宗もそれを受け入れるという意味の言葉だった。

「…政宗様」
小十郎はくっと顔を顰めた。

小さく深呼吸して気持ちを落ち着けさせる。

「この小十郎、
少しばかり独りで頭を冷やす時間が必要なようです。
申し訳ありませんが、
今日は先生の所にでも御泊まりになってください」
「小十郎?」

やっと自分を向いた政宗の顔を見て、
小十郎は自分を殴りたくなった。

赤い目蓋。
潤んだ瞳。

何者にも代え難い、護るべき相手を、
自分が一番傷付けたなど
笑い話にもならない。

「…では」
政宗と元就に向かって頭を下げ
ふらりと覚束ない足取りで歩き出す。

「っ小十郎…
…義兄さん!」
「!」
それを、政宗が呼び止めた。
初めて呼ぶ真実の関係の名で。

「アンタが、心配した上で色々言ってくれてたのはちゃんとわかってる、から
だから…っ」

言い淀む政宗の
頭を元親が撫で
元就は肩に手を置いた。

「…sorry、and
……thank  you…verry  much」

「政宗様…
勿体無き御言葉」

振り返り、深く腰を折った。

優しく、
そして人を惹き付けるカリスマを内包している、
母親の違う弟。

だから諦められないのだ。
本人が何と言おうと。

小十郎は政宗の下で
政宗の為に働く事こそが至福なのだから。

                                                              【捌】

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予定外が二個あるけれど楽しかったから良し。(えー…)

小十郎がこうなんでスミマセンまた予定より長くなります。

                                                    【20101103】