日就月將 玖

 

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政宗は「伊達政宗」が寝泊まりしていた部屋を借りた。
着替えも持って無かったので
元就の家にあった適当な服を借用する。

精神的に疲れていた政宗は
先に風呂を貰い、早早に床に就いた。
初めて使わせて貰う場所がであるが勝手知ったるになっていて、
こう言う時は記憶を受け継いでいて楽だなと感じた。

元就は仕事関係の調べものを日付が変わる時間になんとか終わらせて
ようやく浴室に向かう。

いつもの事なので疲れはしていないが
政宗の事が気になって集中力が欠け、普段より時間が掛かった自覚はあった。

風呂から上がり寝室に向かう途中、
政宗が寝ている部屋の前を通ったので
様子を窺おうかとドアノブに手を掛けた時
中から幽かに呻き声が聴こえてきた。

かちゃり、と静かにドアを開け
「政宗?」
呼び掛けてみる。

「っう…」
入口からも
政宗が布団の中で何度も寝返りをうっている様子が見て取れた。
もがき、苦しんでいるように。

「政宗」
元就は内心焦燥たる思いで、
だが行動は緩やかに眠る政宗の元へと近付く。

「…もう…良い…っ、やめろ!」
「政宗?
…政宗!」

何度も名を呼び、軽く揺さぶると
政宗は意識を浮上させゆっくりと瞳を開いた。
溜まっていた涙が零れ落ちて、頬を伝い、枕を濡らした。

「…っ毛利…」
「…?」
元就は眉を潜める。
それは「政宗」とは関わりのない筈の人物の名前だ。

「しっかりしろ政宗。
我がわからぬのか」
流れた涙を優しく拭った手で
ぺちぺちと頬を叩く。
柔らかに。

政宗は瞳を見開き元就の顔をじっと見つめた。

「…もとなり…?」

正気に戻ると同時に距離の近さに気が付き
顔を赤らめ離れようとするが
元就は両肩を掴んでそれを赦さない。
むしろ逆に、より顔を近付けた。

「悪夢でも観たか。
魘されていたようだが」

汗で額に貼り付いた前髪を払ってやる。

「っ大丈夫だ」
「そうは見えぬが。
…どんな夢を観ていた?」
「……」
「言えぬのか」

政宗は元就から視線をそらし、さ迷わせ、
「…っ!」
あるものを見付けて息を呑んだ。

尋常ではないその形相に
元就は視線の先を追う。

そこにあったのは「伊達政宗」の置き土産―
蒼い陣羽織と、兜だった。

「政宗…」
「っ感触が…」
顔を伏せ、絞り出すように言葉を吐き出す。
堰を切ったように。

「政宗の…記憶が、
戦いの時の…人を、斬る…手応えが…
俺が、アンタを、斬った…!」
「それは我ではない」
元就は静かに言い聞かせるが
「けどっ」
政宗は頭を振り興奮を鎮められない。

政宗―伊達政宗は元就と同じ顔の人間―毛利元就を殺したとは言っていなかった。
あえて語らなかったのか、
戻ってから戦ったのか、
戦ったけれど殺しはしなかったのか。
今の元就に知る術はないが
何にしろ迷惑な話だ。

つい最近まで平和に暮らしていた現代人の政宗に
伊達政宗の記憶が受け継がれたと知った時に懸念した事が現実となってしまった。
こちらでの記憶が中心で
あちらの事はそれ程継承していないと聴いて安心していたのだが。

人を斬った手応えまでも知ってしまうのは衝撃的だっただろう。

「政宗、それは貴様の咎ではない。
そしてあの政宗のその所業も罪ではない」

それが罷り通る世界を変えるためには
しなくてはならない事だった。
人道を通すためには人道に背かねばならない、矛盾した時代。
戦に置ける生命の剥奪が罪ではないのは今の世も同じであるが。

「わかって…るけどっ。
政宗が、哭くから…」
「―?」
「…この世界を知ってしまった、政宗が後悔を覚えたから…
苦しくて」
「…政宗」

呟かれたのはどちらの政宗の名だったのか。
元就自身にもわからなかった。

だが慰めたい相手はわかっている。

「大丈夫だ。
あの政宗には味方が大勢居るのだろう?
その辛さに耐えられる強さも持っている。
だからこそ天下統一も果たせたのだろう。
貴様が気に病む必要はないし、苦しいと言うのなれば…」

手を伸ばし、掻き抱いた。
そうしたいと望んだ、心のまま。

「貴様には、我が居る」
「元就…」
政宗は躊躇いがちに元就の背中に手を回した。

密着することで、政宗の身体の冷えが良くわかった。
元就が湯上がり直後で体温が高くなっている事を差し引いたとしても。

名残惜しくはあるが、元就はそっと身体を離した。

「大分寝汗をかいたようだな。
着替えるが良い」
「面倒臭い…」
「そう言うな。
いっそ一風呂浴びさせたい所なのだぞ」
「…わかったよ」

渋渋頷き、
政宗は部屋に置きっぱなしにしてあった何着かの服を漁り、
めぼしい物を見付けたのか着ていた服を脱ぎ始めた。

元就は部屋を出るタイミングを逃し、
辛うじて背を向け着替えを目にしないよう努める。
気配は感じ取れてしまうが。

「元就」
脱いだ服をきちんと畳んで脇に置き、
再び布団に潜り込みかけて、
政宗は用は済んだとばかりに部屋を出て行こうとする元就に声を掛けた。

「何だ」
応じた元就の背中に
「アンタのベッドで一緒に寝てもいいか」
と、小さな声で、尋ねた。

「……。
貴様、何を言っている
…っ!」
動揺して振り返り、新たな動揺が生まれた。

「無理だよな…悪ィ」
「い…き、貴様その格好はなんぞ…っ」
「だって寝間着に出来るズボンねーし」
「それでそのチョイスか…間違ってはおらぬが…
…それはさておき貴様」
「ん?」

「よもやあの男とも共に寝ているのではあるまいな…」

半分は他人の上名義上も他人。
それに加え、あの風貌。
想像すると犯罪的な絵面だ。
想像したくもなかったが。

「ah、小十郎の事、か?」
政宗は思いもよらぬ質問に、ぎょっと眼を見開く。
「ねぇよ!
夢が怖いなんて今までなかったし、
…アンタにだけだ」
「…っ」

殺し文句か、と思いきや。
「思った以上に汗かいてて
この布団で寝るのはつらそー…ってどうした元就」
「…どうもしておらぬ」

表に出てしまうほど気落ちしてしまったのだろうか。

そうならそうと、と口の中で呟くが
普段の元就ならば政宗が確かめるよりも先に気付き
先回りしてなにがしかの気を利かせていた筈の当然の有り様だ。

それもあって、
結局元就は政宗が自分のベッドで眠ることを許してしまった。

この夜の出来事は元就にとって有り得ないことの連続だった。

年下の同性と同衾する事も、
そのせいで鼓動が乱れ勝ちになっている事も。

大の大人が二人では多少狭いが、
二人とも寝相は悪くないので多分問題ない。
政宗が甘えるように元就にひっつき気味で、
別の意味で大問題であったが。

「なぁ元就、小十郎に
俺の―政宗の記憶の事、話して良いか?」
「貴様の判断で構わぬ。
我に尋ねる必要はなかろう」
「けどよ」

政宗だけの話ではないし、
何より、
心細かった。

小十郎に、また真っ向から否定されるのではないかと思うと。

「…話す時は我が傍に居よう。
頃合いを計って機会を設けたなら、
遠慮せずに呼ぶが良い」

その言葉に、政宗は破顔した。

「THANX、元就」

擽ったそうでいて子供のような満面の笑みに、
元就の心にほの温かい想いがじんわりと広がった。

自分らしくない、と戸惑い
返事の代わりに
髪を整えてやる振りをして頭を撫でてしまう。

頃合いを計らずとも、
その機会が案外近くに訪れるとは露とも思わず

二人は擡げそうな欲を無理矢理押し込めて眠りに就いた。
 

                                                      【拾】   

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政宗甘えモード。(人生初)
テンパる元就は面白い。(え)

                                                  【20101115】