日就月將 拾

 

 

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翌朝、
元就は寝不足を押して
いつもより早い時間にベッドを脱け出した。

政宗はまだ布団にくるまり健やかな寝息を立てている。

理性を保ち続けた自分を褒めてやりたいが
手を出さなかった事を不甲斐なく思う気もする。

冷水で顔を洗い、
頭を覚醒させて身支度を整えた頃、
小十郎が元就の家の呼鈴を鳴らした。

病院ではなく、住居側の方を。

「朝早くからすみません」
「…政宗…君はまだ寝ています。
昨夜少々話し込んでいたので。
起こしますか」
「政宗様に対する喋り方と同じで構いませんよ。
それと、政宗様の呼び方も。
呼び捨てているのでしょう?」
「…うむ。
なれば貴様も我に敬語は要らぬ」

元就が、スリッパを出してやる事で上がって貰う意思を示し、
小十郎がそれを受け革靴を脱ぎ掛けた時。

「モトナリ? こんな時間に客か?
…なんだ小十郎か。」
「政宗さ…ま?」

ふぁあ、と欠伸を噛み殺しながら
政宗がひょこっと顔を覗かせた。
その服装を観、小十郎は唖然として固まる。

ただでさえ大き過ぎるシャツの襟を第二ボタンまで外していて
鎖骨と胸元が覗いている。
太股までを覆い隠す裾からは素足がすらっと伸びていて、
グラビアアイドルが写真集でしてそうな服装つまりは悩殺的な。

そんな格好をしているのが高校生男子だというのに
目の毒とは思うが
困ったことに気色悪いという感想にならないのがなんとも奇怪であった。

元就はその格好で寝ていた事を知ってはいた。
しかしまさかそのまま出てくるとは思っていなく、
直視出来ない。
横目ではしっかり視ているが。

悪友が知ったら「アンタやっぱムッツリ系か」とさぞや呆れていただろう。

小十郎ははっと我に返ると
「政宗様! なんという格好を!
こちらの先生と体格はそれほど変わらない筈ではっ?!」
と窘めた。

「突っ込みどころがそことはな」
「ah、これはモトチカのだ。
寝間着がわりに借りた」
「モトチカ?
…もしや昨日の方ですか。成程、それならば…
っではなく! はしたないではありませんか!」
「all right、着替えてくる。
朝っぱらからオメェの堅っ苦しいスーツ姿で目ェ醒めたし」
「そうして戴ければ幸いです」
素直に頷く政宗に、小十郎は胸を撫で下ろす。

政宗の姿が見えなくなると二人の間に沈黙が降りた。
遠ざかる、裸足で廊下を歩くぺたぺたという音だけが響く。

中断していた
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えるという行動を再開し
小十郎は
「…先生」
と低く呼び掛けた。

「元就で良い。
何だ」
「なら元就さんよ。
よもや政宗様に手を出したりしてやしねぇだろうな?
政宗様は高校生。
犯罪だ」
突然どこぞの極道のように凄まれるが
元就は怯まずに
「全く、面倒な事よな」
と嘆息した。

「今、なんと?」
「いや。手は出しておらぬ。
と言うか貴様、そのような発想をする事自体どうかと思うが」
「手『は』、か。
俺は政宗様は大事だがそのような目では観ちゃいねぇ。
だが貴様が政宗様をそー言う風に観ているように見受けられてな」

目敏いな、と元就は警戒を強める。
今はまだ大丈夫そうだが
確信を持たれたら妨害されるだろう。
気を付けなくてはなるまい。

妙な緊張感が迸る。
そこに、着替えを終えた政宗が戻って来た。

「なんか、仲良くなってねぇ?」
「なっておらぬわ」「なってなどおりませぬ」
「…そうか?」

政宗には返事の息の合い方からして
充分意気投合しているように感じられるのだが。

小十郎は通された居間で、
勧められたソファには座らず、その脇で
カーペットの敷かれた床にスリッパを脱いで正座した。

正座、と言っても膝は揃えられておらず、なんと言うか、
仁侠っぽい。

「政宗様。
昨日は…いえ、昨日までの御無礼申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる謝る小十郎に、
政宗は逆に恐縮してしまう。

「んな畏まらなくても」
「いえ。
時代が時代なら切腹ものです」
「…その顔で言われると洒落になんねぇって」
「何か?」
「なんでもねぇよ」

「それでこの小十郎、
一晩頭を冷やして考えたのですが」
小十郎は背筋を伸ばし、ソファに座る政宗を見上げた。
「寝ないと逆にover heartしねぇか?」
「御心配有り難く。
ですが問題ありませぬ。
頭の中は冴え渡っております」

その言葉を証明するように
小十郎は静かに滔滔と語る。

「政宗様、
この先生…元就殿と、
昨日の眼帯の男性…モトチカ殿と申されましたか、
彼と御友人になられたようですが、
昨日今日知り合ったような間柄とは思えない程
密な関係のように見受けられました。」
「…そう、か?」
「はい。
そもそも、
この小十郎と一緒に元就殿と逢った時からしておかしくはありませんか。
つい先日訪れたはずの病院を覚えておられないとは。」

それはその場で取り繕った言い訳だからだ。

「遡るならば、
政宗様が雷に直撃されたと言う日が転機になるのではありませぬか?」

「…然したるヒントもなくそこに辿り着くとはな」
元就は感心した。
確かに
政宗が彼こそ跡継ぎに相応しいと思っても不思議はない炯眼。

政宗は、小十郎から切り出して貰い
話し易くなってほっとした。

「ah、その事について、
俺も話そうと思ってたとこだ。
信じて貰えるかわかんねーが…」
「話して下さい。
もう二度と貴方様の言葉を軽んじたりは致しません」
「いやそんな固く考えんなよ。
むしろ気楽に聴いてくんねーと困る」

何せ漫画みたいな話だし、と政宗は困ったように笑った。

元就にも補足して貰いながら
判り易く、なるべく手短にかい摘まんで話す。

話を聴き終えた小十郎は
「成程…それで『伊達幕府』」
と深く頷いた。
「何で覚えてんだよソレ」
なんとなく気恥ずかしく、政宗は身を縮ませる。

「政宗様が口になされた後よくよく考えましたら
そうだったらさぞや面白い歴史になっていただろうと思いまして」
「よくよく考えんなよ」
「違う世界ではそうなったみたいだがな。
…いい加減ソファに座ったらどうだ」

元就に促され、小十郎は「では」と座り直す。

「些か絵空事じみてはいますが、
合点がいきました。」

駄目押しのように元就の携帯電話に残された写真データ、
「伊達政宗」の姿を見せられては納得するしかない。

政宗と見た目は良く似た、だが明らかに別人と判る人物。
右目に眼帯をした隻眼で、
政宗より歳が上のようで、
何より、政宗にはない、自負からくるであろうふてぶてしさが滲み出ていた。

政宗は存在は知っていた
元就と「伊達政宗」が二人で写ったデータを実際に観て
羨ましい、と思った。
小十郎がいる前で口に出すのは憚られたが
…居なくても、言えたかどうだか微妙なところだ。

「そうなるともう御一方…佐助殿ともお逢いしてみたいものですな。
政宗様も是非早くお逢いしたいでしょう」
小十郎の言葉に
「っそ、そう、だな?」
政宗はどもりながら頷き、
「…?」
元就はえもいわれぬ不審を抱いた。

仕事の準備があるだろうと二人は連れ立って元就の家を後にする。
一応、祭の夜に佐助と逢う予定を立てて。
小十郎も政宗の保護者として同行する気満満である。

「政宗様。
伊達政宗公から受け継がわれた記憶には
腹心…片倉小十郎殿の姿は御座いましたか?」
「なんでんな事訊くんだ?」
「もしやこの小十郎と似ておられたのでは、
と思いまして」

政宗は、これだから扱いづらい、と苦笑する。
教えてやるつもりは無かったのだが。

「てめーにゃ左頬に傷痕がねーけどな」

「それは…ますますもってその筋の人間のような風貌ですな」
「自覚してたのかよ…」
 
                  
                                  【終章】

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 元就も小十郎のことはうすらぼんやり気付いてます。
というか何故ココまで小十郎が出張る事に。(義兄弟設定のせいです)

あ、ぱんつは穿いてますよ?

                                          【20101117】