日就月將 終章

 

 

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夏祭りの日の昼過ぎ、
政宗は元就の家を訪ねた。
時間があるならば早目に来ても構わないと元就に言われたので
言葉に甘え、独りで先に。

小十郎と元親は仕事があるので終わり次第、
夕方頃に合流予定だ。

二人は居間で政宗が淹れた紅茶で寛いでいた。
と言いたいところであったが。

会合の計画を立てて以降、
政宗はそわそわとどうにも落ち着きがない。

「別に、サスケが還ってきて直ぐじゃなくてもいいんじゃねーかなぁ」
挙げ句、ぼそりと呟かれた言葉はまるで。

「それは、
あやつに逢いたくないと言っているのか?」
元就にそう聴こえた。

政宗は慌てて頭を横に振る。

「逢いたいは逢いたい、けど、
顔合わせづらいって言うか気まずいって言うか」
「何かあったのか。
佐助は貴様に何をした。」
「っ!」

鋭い切り込みに政宗はかあっと顔を赤らめ
それを観て元就はぴくりと眉を動かす。

「お、俺はされてないけど」

どもりながら否定するが
伊達政宗として、佐助にされた、
別れ際に触れた唇の感触がやたらと鮮明に残っている。
政宗自身はファーストキスはまだだと言うのに。

「したとすれば貴様ではなく伊達の方にか。
だが記憶があるならば同じことだ」
「元就?」

険しくなる元就の表情に、政宗は逆に落ち着きを取り戻した。

「貴様には他人事ではないだろう」
記憶があるなら当事者といっても過言ではない。

その記憶に引き摺られ、
もしや
「佐助が好きなのか?」
ぽろりと疑問が口から零れ出る。

「は?!」
思いがけない問い掛けに政宗は固まった。
身体も、思考も。

「そうだとしても心配はあるまい。
政宗と違い貴様はこの世界の住人だ。離れ離れになることもない。
周囲の偏見をものともせずいられるならば
幸せになれない事もない」
その間に元就は言葉を重ねていく。

最大の難関は
あのブラザーコンプレックスとは多少違った性質で政宗を溺愛する「小十郎」だろうが。
今回の事で多少は態度が軟化しているだろう。
だが政宗が男と恋愛関係になったと知れば、
以前に増して硬化しそうか。

元就はどんどん妄想を発展させた。

「ちがっ、政宗は少しはそうだったかも知れないけど―」
「そうか。佐助、でなくとも情人が出来たならば
其奴と身体を重ねた記憶も継いだか」
「情人?
ってかさすがにそっちの記憶はねぇよ!」
「ではどちらの記憶はあると言うのだ」

しまった、と思うが言った言葉は取り消せない。

なら方法は一つ。
「っそれは…っそれよりアンタ
何で急に興味持ち始めたんだよ!」
話を逸らす事しかない。
だが妙に思っていたのは確かだ。

政宗が持つ「伊達政宗」の記憶について
元就は今まで淡白だったように思う。
なのに急に激しく追及されて、政宗はたじろいでしまった。

「アンタこそ、政宗が好きだったんじゃないのか?」
「……」
「も、元就?」
押し黙った元就に
政宗は不安を抱く。

「それに答えれば貴様も口を割るのか?」
「う、あ、ああ」
政宗はぎこちなく頷き、
元就は「ならば」と顔を寄せた。

元就家の近くの路地。
以前、伊達政宗が行き倒れていた場所に
一瞬光が溢れた。

光が薄れると、佐助の姿が現れた。
視界から眩しさが消えると、周囲を見回す。
直ぐに、戻って来たのだとわかった。

「…時間は…
そこそこ経ってるんだな」

昼日中に向こうに行った筈なのに、
街は既に夕闇に染まりつつある。

携帯電話を確認してみる。
さしている時間は夏の逢魔が刻の頃。
正しい時刻のようだ。

ついでに新着メールの存在にも気付く。
元親からで、今日元就の家に集まらないか、との事だった。

政宗が還って一週間。
それも良いか、と考えながら広い道に出た時、
佐助は目の前にいた人物に目を見張った。

「っ片倉さん?!」
後ろめたさがあるため反射的に身構える。

「片倉?
人違いじゃねぇか?」
不審げに返され、
「そ、そうだよね。スーツだし。傷痕もないし。」
むしろ胸を撫で下ろす。

「傷痕?
…それと片倉、か。」
佐助が話し掛けた青年―小十郎は
相手を値踏みするように眺めた。

「てめえ、もしかして『佐助』か」
「へ? 俺様を御存じ?」
「ああ。政宗様から聴いている」
「…政宗?
政宗ってまさか…この世界の政宗?」
佐助はぎょっとする。
まさか、本当に存在するとは思っていなかったし、
だがこの時代の政宗が佐助を知っているとは意味がわからなかった。

「ん? そういやまだ教えられてねぇんだったか。
なら連れてった方が早ぇな。
おい。てめぇも招待されてる筈だな。
元就の家まで一緒に行くか。」
「いやっ」 
「…いや?
テメェ、政宗様に逢いたくねぇと言いやがるのか」
「いやその今日は都合が悪くて」

良くはわからなかったが、自分を知っている政宗に今逢うのは
とてつもなく面倒になりそうな気がした。
場所が元就の家だと言うのもどうにも嫌な予感がする。

「祭を楽しむ気満点の格好をしてるってのにか」
「えっとその急に体調が悪くなって」
「ならなおのこと、早く元就に診て貰え」
「ああっ! そうだナリさん医者だった!」

言い訳で墓穴を堀り、がっくりと肩を落とす佐助に
背後から声が掛かる。

「…何やってんだ佐助。
と、小十郎が一緒か」
「「元親」」

元親と小十郎もあれから話す機会があり和解していた。
互いに名前を呼び捨てにするぐらいには親密になっていた。

佐助は本格的に逃げそびれた事を悟る。

元就は、ずい、と政宗に迫った。
「我が好きな政宗は目の前に居る貴様だ」
「え」
「さあ言え。佐助に何をされた」
「さ、」
突然の告白に頭が追い付かないまま、
政宗は声を震わせた。

「最期…別れ際にキスを…んっ、」
された、と言い終わる前に奪われた。
言葉と、唇を。

「っふぅ…っ」
鼻から息が漏れる。
長く塞がれ息苦しいと感じると
僅かに離れて角度を変えられ呼吸が少し楽になり
だがまた深く重ねられる。

「っも、」
隙をついて名を呼ぼうとした丁度その時
「元就、政宗、ここか?」
三人が部屋に入ってきた。

玄関の鍵がかかっていなかったのを良い事に
先頭の元親が呼び鈴も鳴らさず家に上がったのだが。

それぞれ友人の、義弟の
衝撃的な光景を目撃し言葉を失くす。

「…邪魔者が」
仕方がない、と元就は政宗から離れた。

やっとの事で解放され、政宗はその場にへたりこむ。

「っ元就、お前…!」
「ま、政宗様っ! 御無事で?!」
元就に詰め寄る元親や
政宗を心配し駆け寄る小十郎と違い、
佐助は
「…なんかすっごい既視感…」
顔を引き攣らせ、その場に立ち尽くしていた。

同じ事をつい先刻同じ顔の人物にかました身としては肩身が狭い。
と言うかもしや自分が原因ではないだろうか。

違いがあるとすれば。

佐助はようやく足を動かし
座り込んで口を押さえている政宗の顔を覗き込んだ。
真っ赤に染まった顔は、困惑はあるが嫌悪はなく、
興奮の中に歓喜が混じっていた。

つまり。

「政宗君、
もしかしなくてもナリさんの事好きなんだ?」
「……!」
政宗は弾かれたように顔を上げた。

「さ、サスケ?
な…なんで…っ」
政宗としては初めて逢った。その筈なのに。
「…いきなりバレてんだ?」

「政宗様っ?!」
「え、コレでいいのか? 政宗」
「……!」

「そっか」
三者三様の驚きを見せる中、
佐助だけは祝福の笑みを浮かべていて
政宗は安堵を覚える。

直前まで敬遠していたのが馬鹿みたいだ。

「サスケ。
戻って来たアンタに頼みたい事があったんだ」
「ん。わかってるよ。
メアド教えて?」

ぴくり、と反応する元就に、佐助は苦笑する。

「ナリさんが心配する事ようなじゃないよ。
俺様、可愛い政宗より綺麗な政宗の方が好みだしね」

政宗に向かい「可愛い」と言ったことがあると記憶していて反射的に顔を上げた政宗に
佐助はウィンクして見せる。

佐助は政宗に失恋した身だ。
あっちが駄目ならこっち、と即座に切り換えるほどは図太くはない。

「っとはい送信。」

送られて来たメールを確認した政宗は、
艶やかな笑顔を浮かべた。
「……THANK YOU、サスケ」

佐助が、戦線離脱を後悔しかけた程。

政宗の携帯電話には
佐助が向こうの世界で撮影した「小十郎」と「佐助」の姿が映されていた。

政宗の中にある伊達政宗の、
大切な二人の姿が。

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 えーっと回収しそびれたのがちょこっとあるので後日談があるかもしれません。

…でもあれを正式続編にするのは気が引ける…

                                     【20101121】